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始まりの竜  作者: 朱漓 翼
五部 氷鬼なる琅悸編
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思い出の歌5

 赤い血が白い肌へ落ちていく。滴が触れる感覚に、氷穂は生きていることを知る。


「なぜ……」


 自分はなぜ生きているのか。死ぬつもり、殺すつもりでいたのに。


 それともこれは死後の世界なのだろうか、などということを考え出す。


「ハァ…ハァ……なぜ…じゃない……」


「琅悸……」


 ようやく理解できたのは、彼の腕の中にいるのだということ。


「バカ…な…真似…するな……」


 そして、彼が助けてくれたから自分が無傷なのだと知る。代わりに琅悸は血まみれで、立っているのがやっとだ。


「琅悸…わかるの?」


 今度こそ、本当に自分がわかるのか。自分が知っている彼が、戻ってきてくれたのだろうかと問いかける。


「……あぁ」


 しっかりと自分を見ている彼に、再び涙が溢れた。長く失っていたものを取り戻せたような、そんな気持ちだ。


「懐かしかった…あの…歌……くっ……」


「琅悸!」


 膝から崩れ落ちる身体。それでも倒れるのだけはなんとか防ぐ。まだ言うことがあるのだ。


 言うまで倒れるわけにはいかない。琅悸の強い意思が、限界を越えた身体を支える。


「あの歌…母さんが歌ってた…母さんが…作った子守唄……」


「えっ…」


 思ってもみない告白に氷穂が驚く。それはどういう意味なのだろうか。自分はどこかで琅悸と関わっていたのだろうかと、思考は激しく動く。


「聴いて…わかった……お前を助けたのが…母さん達だと……」


 静かな空間に、なんとか紡ぎだされる琅悸の言葉が響く。誰もが思ってもみない言葉に、ただただ黙っていた。


 彼が語ろうとしているのは、なぜ巫女護衛を引き受けたのかだ。琅悸を簡単に揺さぶった歌がそこに関わるという事実と共に話している。


「だから…護衛に……」


「母さんが…護れと…言った気が…した……けど……」


 限界だった。言い切る前に、琅悸の身体は倒れてしまった。


「琅悸! 琅悸! 目を開けて!」


 倒れこんだ身体を受け止めた氷穂。白い服を真っ赤に染める血は、抱き止めた手にもべったりとつく。


「これ、出血やべぇぞ!」


 慌てたようにユフィが駆け寄ると、仲間達も我に返ったように近寄る。氷穂では彼の身体を運べない。


「いや…いやぁぁぁぁあ!」


「落ち着いて! まだ死んでないよ!」


 錯乱する氷穂を蒼翔が抱き締める。必死に落ち着かせようとする蒼翔と、錯乱状態の氷穂。二人を見ながら、飛狛は怒りが込み上げるのを感じていた。


 氷穂と琅悸、朱華、華朱と苦しめた邪教集団へ、抑えきれないほど苛立つ。


 槍を握り締める手。真っ黒な槍に赤いものが流れるほど、彼は強く握り締めていた。


「無駄な…もう助かるわけがない……また新しいのを作るしかない……」


 淡々と呟く少女に、飛狛は限界だ。過去から来たから未来に関わらないとか、どうでもよくなっていた。


「飛狛!」


「あいつ、ブチギレしやがった!」


 凄まじいほどの魔力を放ち、飛狛が少女へ斬りかかる。


 表情も今までと違い恐ろしさを感じたほど、飛狛は怒りを露にした。


 少女に切っ先が届くか届かないかという辺りで激しく爆発を起こし、視界を奪うほどの土埃が上がる。


 さすがの出来事に、全員の視線が飛狛へ集中した。


「ちっ…逃げやがった」


 吐き捨てるような言葉も彼にしては珍しい。それより驚かせたのは、振り向いた飛狛の瞳。


 金色に輝く瞳は、銀色の筋が入っていたのだ。


「……竜王山へいこう。他に休める場所はないだろ。それから、天使族を呼べ。医療は天使族が一番だ」


「そうだな。それしか道はないか。仕方ねぇ、移動は手伝ってやるか」


 さすがに笑顔でとはいかず、秋星も珍しく真顔で頷く。


 ふざけたことをすれば、今の飛狛では殴られかねない。双子ですら、キレた彼は手に負えなかった。


――飛狛殿、悪い癖がでていますよ。自分を追い込まないでください――


 誰よりも理解している黒欧が声をかければ、荒れていた魔力が落ち着いていく。


「……ありがと」


 ようやく穏やかな笑顔を取り戻し、飛狛は歩き出した。






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