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始まりの竜  作者: 朱漓 翼
五部 氷鬼なる琅悸編
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思い出の歌4

 剣先が少しずつ下がっていく。対照的に琅悸は酷く苦しげで、思いだそうとするほど酷くなるようだ。


 そう、彼は自分から思いだそうとしている。自分の中に抜けた記憶があるのだと、歌を聴いて気付いてしまったから。


 それがわかったからか、飛狛も注意しつつ見守る。彼なら自力で抜け出せると信じたいのだ。いや、彼と彼女なら、と思っていた。


(俺は……なにを忘れて……)


 わからない。どれだけ考えてもわからなければ、考えるほどに頭が割れるように痛む。そこになにかが刺さっているかのような痛みだ。


 これが原因で大切なことを忘れている。それだけはハッキリと言い切れた。


(大切なこと?)


 なぜそのようなことを思ったのか。忘れていることが、大切なことだとは限らないのに。


 また疑問が増えたと同時に、忘れているのが目の前にいる女性のことなのかと思う。


(だから、泣いているのか)


 彼女はずっと泣いている。自分を見ながら。


 自分を見たまま涙を流す女性を見ていると、さらに頭が痛むようになった。


 痛みを振り払うように剣を構える。下がっていた剣先を上げ、目の前にいる女性をどうにかすれば痛みが引くだろうと考えた。


 この痛みは彼女がきっかけだ。だから消すのだと、なぜか思考が誘導されていく。


「琅悸……」


 なぜ、そんなに切なげに自分を呼ぶ。いや、それよりも、なぜ敵が名前を知っているのかと考え、ふと思考が止まる。


 なぜ彼女達は敵なのだろうか。誰が敵と言ったのか。今自分は、誰の指示で動いているのか。それすらもわからない。そんな事実に気付いて愕然とする。


(俺は……なにをしている……)


 どうして目の前の女性を消さなくてはいけない。目の前にいる青年と戦っていた意味はどこにあるのか。


 そして、それ以前に戦っていた者達がなにをしたというのか考え、なにもしていないではないかと思い直す。


 疑惑が膨れ上がっていく。頭痛すらも忘れてしまうほどに。


 琅悸の剣先が完全に下がったのを見て、誰もがこのまま彼を取り戻せると思えた。


 この瞬間、彼らはしてはならないミスを犯す。邪教集団の少女がいることを忘れていたのだ。


 戻ろうとする琅悸に意識が集中して、その動きを注意していた者は誰一人いない。


「キャァァ!」


「しまった!」


 誰の叫びだったのか。慌てたところですでに遅い。少女は琅悸を戻そうとする氷穂を黒い気で縛り上げる。


「うっ…っ……琅悸っ……」


 苦しげにしながらも、氷穂は琅悸を見た。ずっと彼だけを見てきたのだ。いまさら、他の誰かなど見られない。見られるわけがないのだ。


 紫の瞳から涙が溢れて止まらない。せっかく兆しが見えたというのに、邪教集団の少女が再び干渉を始めている。


(氷鬼に…なん…か…させない。死んでも…助け…なきゃ……)


 邪教集団に利用されるだけの存在にするなら、自分の手で殺してしまえ。けれど一人で死なせもしない。


(一緒に…逝こう……琅悸……)


 涙で赤くなりかけていた紫の瞳が、金色へと変化していく。魔力が凄まじい勢いで高まる。


「氷穂、なにをする気だ」


 ただの精霊眼発動ではない。違和感を覚えた飛狛が止めに入ろうとした瞬間、眩い光が辺りを包み爆発した。


「氷穂!」


 違和感を覚えた黒耀が叫ぶ。同じ精霊眼を持つ者なら、この違和感は感じたことだろう。


 表現しづらい違和感で、それでいて寒気を感じるほどの違和感。本能的に使ってはいけない力だと訴えてくる。


「待って!」


 駆け寄ろうとする黒燿に、華朱は腕を掴んで引き留めた。


「黒耀、あそこ」


 指差した先、誰もが引き込まれるように見て、息を呑む。


「琅悸……」


「戻ったのか?」


 虚空の問いかけに、誰も答えることができない。まだ確証がないからだ。


 だが、しっかりと氷穂を抱えている。身体を張って、命を投げ出す勢いで彼女を護ったことだけは、事実であった。


「精霊眼に、自爆能力があるなんて聞いてねぇぞ」


「ユフィ、あなたなにか知らないんですか?」


 その中、夜秋と秋星が険しい表情を浮かべる。このようなことができるとは思っていなかったのだ。


 精霊眼は可愛い甥も持っているもの。自爆能力があるとなれば、黙っていることはできない。


「自爆っつうか……まぁ、自爆に近いか。一歩間違えりゃ、死ぬし」


 頭を掻きながら、ユフィの表情も険しい。氷穂がこのような真似をするとは思ってもみなかったのだ。


 自爆をするためのものではない。ユフィはハッキリと言った。ただし、それは精霊が使うからだと。


 どのような力なのかは、さすがに言えないとも言われてしまう。口で説明できるものではないのだと。


「竜族はそもそも、精霊の力と反発するからな」


「じゃあ、それを利用して?」


 できるかもしれないと華朱は思う。氷穂が使った力も理解できた。同時に使う真似はしたことがないが、やれば今回のようなことができる可能性はある。


 彼女自身も、九兎から同時に使うなと言われていた。なにが起きるかわからないからと。


「琅悸を殺して、自分も死ぬ気だったのか。なんてことを巫女殿はするんだ」


 普段の彼女からしたら、とてもじゃないが考えられない。このようなことをするタイプではないからだ。


「ですが、それが今回は吉と出たようですね」


「あぁ……戻ったな、あいつ」


 氷穂を助けたということは、少なくとも敵対はしないだろう。誰でもわかったが、なぜ二人は断言できたのか。


 こちらからでは、琅悸の表情が見えていない。まだ、完全に戻ってきたとは判断できないのではないか。






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