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始まりの竜  作者: 朱漓 翼
五部 氷鬼なる琅悸編
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思い出の歌3

 凄まじい爆発を起こし、二人は同時に吹き飛ばされた。そのままどちらも、地面へ叩きつけられる前に体制を立て直す。


(強い……私、こんなの殺そうとしていたの? できるわけがない)


 なんて無謀なことをしていたのか。過去で一戦交えたとき、彼が万全な状態だったらと思うと華朱は震えた。


 間違いなく殺されていただろう。


「琅悸?」


「さすがに、ダメージがでけぇな」


 体制は立て直せたが、受けたダメージは飛狛の倍以上。直撃を受けたのだから、いくら彼でもただでは済まされない。


 結わえていた紐が切れ、表情を隠すように髪が流れ落ちた。腕には赤いものが流れている。今の一撃でやったのだろう。


「今のを受け止めきるとはね」


 威力を落としたとはいえ、気絶させるつもりで放った一撃。飛狛も驚きを隠せない。


 流れ落ちた血を拭いながら、飛狛は次の手を考える。彼は同じ技に二度もかかってはくれないだろう。


 ならば、違う技で気絶させるしかない。それも、今度は威力を落とさずにだ。


「琅悸……」


 祈る氷穂の前で、彼は一歩を踏み出す。まだ殺意は消えていない。その瞳は敵を捉えたままで、戦いを続けるつもりなのだ。


「やめて……」


 仲間が傷ついていく以上に、琅悸が傷ついていくのが耐えられなかった。それでも戦おうとしている姿は、先代に囚われた琅悸を見せつけられているように感じるのだ。


 本当にこれが取り戻す道なのか。今まで傷ついてきた彼を傷つけて取り戻す。そんなことはしたくない。


 そう思う反面で、こうでもしなければ止められないことも理解している。理解しているが、止められない気持ちがそこにはあった。


「もう、やめて……琅悸!」


「氷穂? バカ! 戻れ!」


 飛狛と琅悸の間に割り込む氷穂に、誰もが慌てた。さすがの飛狛も驚いたように腕を伸ばす。


 間に合わないと思った。想定外のことに、飛狛も対応が遅れてしまったのだ。


「琅悸…お前……」


 氷穂が血に染まることを誰もが想像したことだろう。けれど、わずか数ミリを残して剣が止まっている。記憶から消されていても、どこかに残っているのか。


 琅悸自身も酷く驚いた表情を浮かべていた。なぜ止めてしまったのか、わかっていないようだ。


「琅悸……私が、わかるの……」


 まるで時間が止まったように、誰も動かない。その中、氷穂は驚く琅悸を見つめる。


 今の琅悸は氷穂がわからない。わからないが、彼の中に微かでも残されているのかもしれないと期待した。


 白い手が琅悸の頬に触れる。その瞬間ハッとしたように払い除け、華奢な身体が簡単に吹き飛ぶ。


「氷穂!」


 我に返った飛狛が受け止め、迫る剣を槍で受け止める。片手で受ければ、さすがに身体が押されてしまう。


 相手は琅悸だ。片手で相手をできるわけがない。かといって、このまま氷穂を放置するわけにもいかないのだ。


 そのようなことをしてしまえば、激しい戦いの巻き添えを受けてしまう。彼女の力は認めるが、その力で身を護ることはできない。


 状態は一気に不利となった。双子に視線を向けながらどうするかと考える。


 小さな声で氷穂が歌う。決して大きな声ではないが、その場にいた全員に聞こえた歌。


 なぜ歌いだしたのかと飛狛は思ったが、彼は見逃さない。今まで反応を示さなかった琅悸の感情が、わずかだが揺らいだことに。


(この歌が、琅悸が聴いていたもの。巫女護衛を引き受けたきっかけか。ここになにか意味がある)


 琅悸が巫女護衛を引き受けたのは、歌の練習を聴いてのこと。その歌は、氷穂の記憶を失っていても彼を揺さぶれるほど、深い意味を持つなにかなのだ。


「歌え…俺が攻撃はすべて受け止める。その歌を歌い続けろ!」


 パッと氷穂を離し、飛狛が全力で攻撃を受け止める。


 今までは琅悸の動きを止めるため、攻撃にすべての力を使っていた飛狛。その力を今度は防御のためだけに使う。


 そうすることで、氷穂へ余波すらいかないようにしたのだが、このようなことができるのは飛狛だから。


 琅悸を相手に、普通ならやれるようなことではなかった。


「歌いなさい! 今の歌なら、琅悸に届きます!」


 戸惑う氷穂に夜秋が怒鳴る。彼も気付いたのだ。この歌が琅悸にとって、なにか意味のあるものなのだと。


「氷穂!」


 微かな剣筋の変化。ユフィも気付き、歌うように呼び掛けた。


 再び歌声が響く。今度は先程より大きい声で、琅悸へ聴かせる為だけに歌い続ける。


 どれほどの意味があるのかわからないが、よほど思い入れのある歌だったのだろう。琅悸の変化はあからさまに表れた。


 攻撃が止まるまでに数分とかからなかったほどだ。


 けれど、氷穂が近寄れば揺らぐことなく剣を突きつける。


「琅悸、よく前を見てみろ。お前が剣を突きつけているのは、誰よりも大切な存在じゃないのか?」


「……知らない。そんな奴、俺は…くっ……」


 揺らぎ始めた。なにかを振り払うように頭を振る姿に、ようやく兆しが見えたと黒燿は思う。


 彼の感情は今、氷鬼から巫女護衛に戻ろうとしている。


 しかし華朱のときとは違い、彼を縛るものが見えない。見えれば干渉して解けるのにと、黒耀は歯痒さを感じていた。


(華朱で失敗したから、改善したのか)


 たまたま華朱が額にでていただけかもしれない。だとすると、自力で琅悸が解くしかないだろう。彼ならできるはずだと、黒燿は信じていた。






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