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始まりの竜  作者: 朱漓 翼
五部 氷鬼なる琅悸編
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大切な想い人3

 ひたすら耐え続けた。巫女が代われば、この日々が終わると信じて。


 村と神殿では、氷穂から巫女護衛をつけることが決まったところ。護衛は琅悸にすることも確定。


「けどな、氷穂が巫女になっても終わらなかった」


 終わりにしてくれなかったのだ。


「氷鬼の情報は確か、先代が亡くなった辺りで消えたな。突然消えたから、誰かに殺されたと言われたが」


「数年だったけど、殺されたのは三百人はいたはずだよ。僕の街でも五十七人死んだ」


「そんなに!?」


 数を聞いて氷穂が青ざめる。悪口だけで罪もない民が殺されたには、多すぎる。


 彼が笑わなくなるのも当然だと言えた。心を凍らせでもしなければ、耐えられなかったのかもしれない。一方的な殺戮に。


「戦い方を意図的に変えたのは……」


「同じことをしないために。もしくは、殺し屋の自分を隠すため、か」


 そのような理由だとは、さすがに思わない。先代がそんなことをしていたとも、思いもしない。


 すぐ身近で起きていたことに、なぜ気付けなかったのか。虚空は拳を握り締めた。


「それで、巫女護衛じゃなきゃ傍にいられない理由ってなに?」


 まだそこが話されていないと、柊稀が訴える。


 それは琅悸が離れてしまった理由であり、今の現状だと彼でもわかることだ。


「先代が残した遺物。死んだ後も琅悸を縛るもの。あいつの真面目すぎる性格と頑固さをよく理解した手だったよ。腹が立つぐらいにな」


「……神殿の規則ですね」


 巫女殿は本来、聖域と呼ばれ立ち入り禁止となっている。巫女と数少ない傍付きのみ入れるのだ。それも男子禁制。


 例外があるとすれば、巫女が伴侶を得た際には伴侶は入れること。また、魔竜族の長、天竜王、魔法槍士などは入れる。


 巫女が招いた客人も例外になり、柊稀達は入ることができたのだ。


 琅悸が中へ入ったのも同様の理由だし、妹を連れて行ったのもそういった経緯を持つから。


「巫女護衛であれば、中への出入りは自由です。ですが普通の民、それも村の住民でない琅悸は、本来なら入れません」


 閉鎖的な村はよそ者を嫌う。琅悸が受け入れられたのは巫女を救った者で、現在も巫女護衛をしているからでしかない。


 巫女護衛を解かれた今、彼は巫女殿に入れない。けれど巫女殿の外にいる今、なぜ離れなくてはいけないのか。


 氷穂にはそれがわからなかった。この旅には関係ないはずだと。


「そこが頑固なんだよ。バカみたいに真面目で頑固。あいつは、氷穂の護衛だからついてきた。つまりな、自分の意思で旅に参加したわけじゃねぇ」


「護衛でなくなった今、あいつには氷鬼の肩書きしか残らない。殺し屋が巫女の傍にいるわけにはいかない、ということか」


 自分に殺し屋の肩書きがあったらと考えれば、虚空はわからなくもなかった。


 バレないなんてことはない。いつかはバレるだろう。そのとき氷穂といれば、巫女の評価は間違いなく下がる。先代と同様に。


(下げたかったのか)


 虚空はなんて巫女だ、と内心苛立っていた。精霊の儀式を行う巫女としては恥ずかしいと。


「そっか、だから戦い方を変えてたんだね。氷穂のために、氷鬼とバレないようにしてたんだ。彼、すごいね」


 バレて氷穂の評価を下げる。そんな意味もあってやっただろう先代の巫女。


 どう転んでも二人を苦しめる。バレなければ琅悸が一人で苦しみ、バレれば二人とも苦しむ。


 先代の恐ろしいまでの嫉妬に、言葉を失う一同。そこまでやるのかと言いたくなる。


 この分だと、ばらすための手も打っているかもしれない。見つけ出す必要があるな、と虚空の表情は険しくなる。


 同様のことを黒燿も考えていたのか、その視線が虚空へ向けられ、二人は無言の会話で考えを共有する。


「氷穂が琅悸を好きなのも、気付いてたと思うぜ。巫女護衛の決まりには、巫女との恋愛禁止ってぇのがある」


「叔母様がやったの?」


「あぁ」


 二人が絶対にくっつかないようにだと、すぐさまわかる出来事だ。


 決まりにしてしまえば、真面目な琅悸は絶対に破らない。一度引き受けたものも簡単にはやめないだろう。


「俺みたいな性格なら、平然と破るけどな」


「あなたと一緒にしないでください、と言いたいですが、今回ばかりは破ってしまえと言いたいですね」


 どう見ても先代の私情によって作られた決まりだ。納得がいかないと、双子でなくても思う。


 これが私情でないなら話は違ってくるのだが、誰が見ても私情とわかる。


 ユフィに口止めをしていたのは、もちろん氷穂に知らせたくなかったから。


 先代を慕っていた彼女を気遣っていたのと、彼女に引き取られる前のことを言いたくなかったからだ。


「あいつにとっちゃ、自分がなんて言われてもいいんだ。先代の醜い姿を教えたくなかった。あいつが知っているはずの、氷穂が引き取られたときのことを言いたくなかった。それだけだと思うぜ」


 どこまでもあいつに似てやがる、と吐き捨てるように言えば、意味がわかった夜秋と秋星は苦笑いを浮かべる。


 二人から見ても、琅悸は似ていると思えたからだ。


「すごいね……そこまで大切に想うって。虚空、なんとかなるかな?」


 氷鬼の問題、先代の問題、巫女護衛の決まり。魔竜族の長なら対応できるのではないか。


 蒼翔の言いたいことはわかっているし、なんとかしたいとも思う。けれど、と表情が翳る。


「難しいな」


「でしょうね。先代の巫女が氷鬼を作ったなど公表できない。私情ですが、巫女護衛の決まりも先を考えればこれがいいです」


「あの頑固を説得するしかねぇな」


 あっさりと言う秋星の視線は、飛狛と激戦を繰り広げる琅悸へ向けられた。


「まずは取り戻しますか? 選択肢は取り戻すか殺すか、二択しかないですよ」


 ハッキリと突きつけられれば、氷穂の答えはひとつしかない。


「取り戻します」


 他の選択などあるわけがないのだ。殺すなど、できるわけがない。


「というわけです。飛狛、いけますか?」


「いけんだろ! 魔法槍士だからな!」


 ここまであっさりと言われれば、逆に気分がいいかもしれない。


 ちらりと視線を向けた飛狛は、一瞬だけいつもの笑みを浮かべた。彼女の答えに満足したように。






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