大切な想い人3
ひたすら耐え続けた。巫女が代われば、この日々が終わると信じて。
村と神殿では、氷穂から巫女護衛をつけることが決まったところ。護衛は琅悸にすることも確定。
「けどな、氷穂が巫女になっても終わらなかった」
終わりにしてくれなかったのだ。
「氷鬼の情報は確か、先代が亡くなった辺りで消えたな。突然消えたから、誰かに殺されたと言われたが」
「数年だったけど、殺されたのは三百人はいたはずだよ。僕の街でも五十七人死んだ」
「そんなに!?」
数を聞いて氷穂が青ざめる。悪口だけで罪もない民が殺されたには、多すぎる。
彼が笑わなくなるのも当然だと言えた。心を凍らせでもしなければ、耐えられなかったのかもしれない。一方的な殺戮に。
「戦い方を意図的に変えたのは……」
「同じことをしないために。もしくは、殺し屋の自分を隠すため、か」
そのような理由だとは、さすがに思わない。先代がそんなことをしていたとも、思いもしない。
すぐ身近で起きていたことに、なぜ気付けなかったのか。虚空は拳を握り締めた。
「それで、巫女護衛じゃなきゃ傍にいられない理由ってなに?」
まだそこが話されていないと、柊稀が訴える。
それは琅悸が離れてしまった理由であり、今の現状だと彼でもわかることだ。
「先代が残した遺物。死んだ後も琅悸を縛るもの。あいつの真面目すぎる性格と頑固さをよく理解した手だったよ。腹が立つぐらいにな」
「……神殿の規則ですね」
巫女殿は本来、聖域と呼ばれ立ち入り禁止となっている。巫女と数少ない傍付きのみ入れるのだ。それも男子禁制。
例外があるとすれば、巫女が伴侶を得た際には伴侶は入れること。また、魔竜族の長、天竜王、魔法槍士などは入れる。
巫女が招いた客人も例外になり、柊稀達は入ることができたのだ。
琅悸が中へ入ったのも同様の理由だし、妹を連れて行ったのもそういった経緯を持つから。
「巫女護衛であれば、中への出入りは自由です。ですが普通の民、それも村の住民でない琅悸は、本来なら入れません」
閉鎖的な村はよそ者を嫌う。琅悸が受け入れられたのは巫女を救った者で、現在も巫女護衛をしているからでしかない。
巫女護衛を解かれた今、彼は巫女殿に入れない。けれど巫女殿の外にいる今、なぜ離れなくてはいけないのか。
氷穂にはそれがわからなかった。この旅には関係ないはずだと。
「そこが頑固なんだよ。バカみたいに真面目で頑固。あいつは、氷穂の護衛だからついてきた。つまりな、自分の意思で旅に参加したわけじゃねぇ」
「護衛でなくなった今、あいつには氷鬼の肩書きしか残らない。殺し屋が巫女の傍にいるわけにはいかない、ということか」
自分に殺し屋の肩書きがあったらと考えれば、虚空はわからなくもなかった。
バレないなんてことはない。いつかはバレるだろう。そのとき氷穂といれば、巫女の評価は間違いなく下がる。先代と同様に。
(下げたかったのか)
虚空はなんて巫女だ、と内心苛立っていた。精霊の儀式を行う巫女としては恥ずかしいと。
「そっか、だから戦い方を変えてたんだね。氷穂のために、氷鬼とバレないようにしてたんだ。彼、すごいね」
バレて氷穂の評価を下げる。そんな意味もあってやっただろう先代の巫女。
どう転んでも二人を苦しめる。バレなければ琅悸が一人で苦しみ、バレれば二人とも苦しむ。
先代の恐ろしいまでの嫉妬に、言葉を失う一同。そこまでやるのかと言いたくなる。
この分だと、ばらすための手も打っているかもしれない。見つけ出す必要があるな、と虚空の表情は険しくなる。
同様のことを黒燿も考えていたのか、その視線が虚空へ向けられ、二人は無言の会話で考えを共有する。
「氷穂が琅悸を好きなのも、気付いてたと思うぜ。巫女護衛の決まりには、巫女との恋愛禁止ってぇのがある」
「叔母様がやったの?」
「あぁ」
二人が絶対にくっつかないようにだと、すぐさまわかる出来事だ。
決まりにしてしまえば、真面目な琅悸は絶対に破らない。一度引き受けたものも簡単にはやめないだろう。
「俺みたいな性格なら、平然と破るけどな」
「あなたと一緒にしないでください、と言いたいですが、今回ばかりは破ってしまえと言いたいですね」
どう見ても先代の私情によって作られた決まりだ。納得がいかないと、双子でなくても思う。
これが私情でないなら話は違ってくるのだが、誰が見ても私情とわかる。
ユフィに口止めをしていたのは、もちろん氷穂に知らせたくなかったから。
先代を慕っていた彼女を気遣っていたのと、彼女に引き取られる前のことを言いたくなかったからだ。
「あいつにとっちゃ、自分がなんて言われてもいいんだ。先代の醜い姿を教えたくなかった。あいつが知っているはずの、氷穂が引き取られたときのことを言いたくなかった。それだけだと思うぜ」
どこまでもあいつに似てやがる、と吐き捨てるように言えば、意味がわかった夜秋と秋星は苦笑いを浮かべる。
二人から見ても、琅悸は似ていると思えたからだ。
「すごいね……そこまで大切に想うって。虚空、なんとかなるかな?」
氷鬼の問題、先代の問題、巫女護衛の決まり。魔竜族の長なら対応できるのではないか。
蒼翔の言いたいことはわかっているし、なんとかしたいとも思う。けれど、と表情が翳る。
「難しいな」
「でしょうね。先代の巫女が氷鬼を作ったなど公表できない。私情ですが、巫女護衛の決まりも先を考えればこれがいいです」
「あの頑固を説得するしかねぇな」
あっさりと言う秋星の視線は、飛狛と激戦を繰り広げる琅悸へ向けられた。
「まずは取り戻しますか? 選択肢は取り戻すか殺すか、二択しかないですよ」
ハッキリと突きつけられれば、氷穂の答えはひとつしかない。
「取り戻します」
他の選択などあるわけがないのだ。殺すなど、できるわけがない。
「というわけです。飛狛、いけますか?」
「いけんだろ! 魔法槍士だからな!」
ここまであっさりと言われれば、逆に気分がいいかもしれない。
ちらりと視線を向けた飛狛は、一瞬だけいつもの笑みを浮かべた。彼女の答えに満足したように。
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