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始まりの竜  作者: 朱漓 翼
五部 氷鬼なる琅悸編
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大切な想い人2

 琅悸の実力を見れば、あっさりと敵を退けたことだろう。舞うような剣技で軽々と。


 聞いただけでも氷穂は想像してときめいたほどだ。実際に見ていたら、想像なんかより格段にかっこよく見えたことだろう。


 思わず見てみたかったと思ってしまったほどに。


「年齢に関係なく、女は女ってことだね。僕は、さすがにそうなりたくないかな」


「先代は確か……」


 夫婦関係にあった男性はいなかった、と氷穂は思いだす。だから彼女は引き取られた。


 捨て子だった氷穂は、精霊眼を持つことから巫女の家系だと判断され、先代が跡取りとして受け入れたのだ。


 それ以前のことは記憶に残っていないため、氷穂自身も本当に捨て子なのかは知らない。


「誰にでも優しいってぇのが、仇になっちまった。先代は日に日に琅悸への想いを募らせた。優しくされれば仕方ねぇのかもしんねぇ。村や神殿の奴らが襲撃を恐れて、度々琅悸を呼ぶから余計だよな」


 襲撃からしばらくすれば、氷穂が村へやってきた。琅悸か妹に護衛を頼む話も、この辺りから出ていたとすべてを知るユフィは言う。


 当然、本人達にも話はしている。了承がもらえなければ意味がないから。


「妹の霖香は断った。あいつは、仕事があるからな」


「あっ、霜月」


 一度会った女性を思いだして朱華が言えば、瑚蝶と蒼翔がえっという表情を浮かべる。


 二人も霜月のことは知っていた。それだけ女性に人気の洋服店だからだ。


「へぇ、まだあんのか?」


「嬉しいですね。紫漓の頑張りが無駄ではなかったわけですし」


「あー、初代店長の旦那がそいつな」


 穏やかに笑う夜秋を見てユフィは言う。驚いたように女性陣は彼を見た。


「今じゃ、各地に店を出してる状態さ。だから、霖香は忙しいんだ」


 店を管理しながら護衛などできない。やる気もないと彼女は言った。


 剣術は琅悸と学んだため実力は高いのだが、剣を使った仕事をするつもりはなかったのだ。剣で生計を立てるつもりなど、初めからない。


 妹が断り、琅悸はどうするか悩んでいた。彼にも決して余裕があるという状態ではなかったからだ。


 道場のこともあり、しばらくは行き来をしながら考えた。


「出会い、覚えてるか?」


「え、えぇ。叔母様に紹介されて」


 突然の問いかけに、なにか意味があるのかと不思議そうに答える。


「琅悸はな、その前から知ってたんだよ。中庭で歌の練習してたんだってな」


 ユフィも話で聞いただけで、その場にいたわけではない。話してくれただけでも珍しいと思ったほどだ。


 聞いた氷穂はハッとしたように琅悸を見た。あの練習を知っていたなど、思いもしなかったのだ。


「あいつが護衛を引き受けていいと思ったのは、そのときだ」


「琅悸……」


 きっかけは、中庭で見ていた歌の練習。それぐらいしか知らないとユフィは言う。他にもあったかもしれないが、彼はなんでもかんでも話してくれるような相手ではない。


 しかし、狂い出したのもこの辺りからだと、ユフィは苦しげに言う。これが始まりで、琅悸は氷鬼と呼ばれる殺し屋という道へ進むこととなった。


「女の醜い嫉妬、ねぇ。私達まで同じに見られそうで、嫌ね」


「しかも、子供に嫉妬? やだなぁ」


 華朱が言えば、朱華も同意するように言う。聞いている話なら、まだ幼かった氷穂に嫉妬したことになる。


 さすがに理解できないと、二人は嫌そうな表情を浮かべた。


「琅悸は、誰にでも優しい。だが、女に興味を持つことはなかった。誰に対しても対等だったが、特別扱いしたのはいなかったんだ。妹の霖香すら、特別扱いはしなかった」


 まぁ、本人が強かったから気にしなかったのかもな、とユフィが言うから、どれだけ強い妹なのだと言いたくなる。


 自分へ振り向かないとわかるなり、嫉妬した巫女は苦しめることを選んだ。


 氷鬼と呼ばれる殺し屋にしたのも、そのための手段でしかない。優しい彼が、意味のない殺しをさせられれば苦しむだろうと。


「嘘…でしょ……叔母様が……」


 彼女にとっては優しい叔母だった。とてもじゃないが信じられない。あの叔母がそのようなことをしていたなど。


「けどよ、あいつはバカじゃねぇ。はめられても気付くし、なんとかするだろ」


「素直に転がされるようなタイプでは、ないはずですよ」


 双子の言葉に虚空と黒耀は頷く。あれだけの観察力持つならば、彼が気付かないわけがない。


 なぜ自分から抜けようとしなかったのか。そこが酷く気になった。


「……んー」


 ここに来て、ユフィが渋る素振りを見せる。言うべきか悩んでみせたが、続きを待つ仲間に覚悟は決めたようだ。


 どちらにしろ、正確なところは琅悸しか知らないのだから、自分が知っていることを話すだけなら問題はないと思ったのだろう。


「巫女として引き取られたのは精霊眼を持つとわかったからって、言ったよな。なんでわかったか、わかるか?」


「それだけのことがあったから。そして、琅悸が従った理由もそこか」


 氷穂が出会ってすぐに惹かれたよう、琅悸も惹かれていたのかもしれない。もちろん憶測でしかないのだが、黒燿はそんな気がしていた。


 詳しいことはユフィも知らない。先代から聞いた琅悸だけが、すべてを知っているのだ。


 ひとつ言えることがあるとしたら、氷穂が見つかったときのことが原因で、琅悸は先代に従っていたということ。


「殺しの指示もか?」


 すでに気付いていたが、虚空はあえて問いかける。


「あぁ。無差別というか、実際は先代が琅悸に入れ込んだのを知って、悪口を言ってた奴らだ」


 多少の噂にはなっていた。琅悸自体がメリエート区では有名だったからと、先代に伴侶がいなかったからだ。


 女性に興味がなく、誰も特別扱いしないことも知られていたからか、噂は琅悸の評価を下げるものではなかったが、巫女の評価は下がった。


「……だろうな。あの巫女はそれなりの年齢だったし。俺も知っている」


 虚空の元にも届いていた先代の噂。あくまでも噂だと、彼は気にしていなかった。伴侶がいなければそんな噂も立つだろうと。


「無差別に見えるわけだねぇ」


 蒼翔は深くため息をつく。そんなことのために振り回されたのかとうんざりする。


「俺は……見てることしかできなかった。最初の頃は止めたんだけどな」


 氷穂のなにかが絡むだけに、なにを言っても無駄だと、それぐらい全員わかることだ。






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