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始まりの竜  作者: 朱漓 翼
五部 氷鬼なる琅悸編
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氷鬼なる琅悸

「琅悸……」


 ふらふらと氷穂が近づいていく。冷ややかな目をした青年へと。


 ずっと会いたいと思っていた青年。氷穂にとって、誰よりも大切な存在だった。片時だって離れたことがなかっただけに、寂しかったのだ。


「危ない!」


「キャッ!」


 微かな異変を感じ、間一髪で柊稀が氷穂を引き寄せる。


 振り返れば、氷穂が立っていた場所には氷の柱が出来上がっていた。あと少し遅ければ、彼女は氷漬けになっていたことだろう。


 彼が自分を攻撃したと理解するに、少しばかり時間を要した。ようやく理解すれば、氷穂は呆然と座り込む。


「琅悸……どうして……」


 もう流れることがないと思っていた涙が頬を伝い、誰もが気遣うように氷穂を見る。


「琅悸! お前、どうしちまったんだよ!」


 誰よりも氷穂を大切にしていた彼が、攻撃をするなど普通ではない。普通ではないなにかが、彼の身に起きている。


 信じたくないことだが、ユフィにはこうなってしまったことへ心当たりがあった。氷穂という繋がりを無くせば、琅悸を落とすことなど簡単だとわかっていたのだ。


 それでも、呼びかければ戻ってくるかもしれない。


「琅悸!」


「ユフィ! くっ」


 叫ぶユフィに、琅悸は剣を一振りして真空の刃を放つ。すぐさま虚空が庇いに入り、右頬を赤いものが流れる。


「俺の声も、お前には届かねぇのか。俺が、助けてやれなかったからか……」


 小さく呟かれた言葉は、誰にも聞こえなかった。けれど、握り締められた拳は誰もが気付く。いつも飄々としていた彼が、苦しげに琅悸を見ている。


 殺気を放つ青年に、誰もが戸惑いを隠せない。なぜ、こんなことになってしまったのか。


「知りたい? 教えてあげようか?」


 そこへ、黒いローブを被った人物が現れた。抑揚のない声だが、高さからして女性だろう。


 明らかに邪教集団の者だった。


 感情は一切感じられない、少女と思われる人物。邪教集団の一味ならば、彼女が琅悸になにかをした。


 そう考えるのは当然のことだし、事実であろう。


 ただ、簡単に落ちるようなタイプでもないと虚空は思っていた。彼ほどの実力者なら、敵がどれだけ強かろうと抗えるはずだ。


「ずっと欲しかったの。だから、手放してくれてありがとう」


「狙っていたのか…琅悸が一人になるのを……」


 黒耀を欠いている現在、虚空はヤバイと感じていた。彼は、間違いなく誰よりも強い。


 この場に彼とまともに戦える者がいるのか。それすら危ういだろう。


 わかっていてもどうにかしなければいけない。虚空は頭をフル回転させながら、どうすればいいのか考えていた。


「当然。彼は強いから。ここで、あなた達を皆殺しにしてくれる」


 ハッタリなどではない。誰もがわかっていた。本気で殺しに来れば、琅悸なら皆殺しも可能だと。


 地の神具での戦いを見れば、彼の実力は十分すぎるほどわかっていた。


 途中合流した仲間ですら、立っているだけで相手の力量は理解できる。自分より強いと感じ取ることぐらいはできていた。


「正気に戻すしかないわ。できるはずよ」


 杖を構え、瑚蝶が戦闘体制に入る。自分達が助かるためには、彼を正気に戻すしか道はないのだ。


 邪教集団の少女は愚かなと呟く。彼が簡単に落とせたのは、それだけの理由があるから。そうでなければ、さすがに手が出せるような相手ではなかった。


 隙をつくことができなければ、彼ほどの手練れなら返り討ちにされてしまう。


 だが、彼らはその理由がわかっていない。原因である当の本人ですら。


「彼は戻らない。だって……フェンデの巫女、あなたがいけないんだもの」


「えっ……」


 思わぬ言葉に、氷穂はどういうことかというように見る。


「あなたが、繋がりを切ってしまった。彼にとって、唯一あなたの傍にいられる繋がりを……切ってしまった。だから、簡単に落とせたの」


 淡々と喋る少女。感情のこもらない声は、氷穂が知らない事実を知っているのだと含んでいる。


「マスターは、彼がいればあとはいらないそう。だから消しに来た」


 言い切る前に琅悸が動く。


「朱華!」


 あまりの速さに、柊稀は押し倒すので精一杯。ドサリと二人が地面へ倒れる。消す、の意味は、華朱のために造られた朱華を示していた。


 頭上に振り下ろされる剣を見て、受け止めたのは華朱だ。


「うっ…」


 速さだけなら、華朱も十分速い。けれど、力は男である琅悸の方が上で、ジリジリと押されていく。


 あっという間に体制を崩され、後ろへ倒れ込む華朱。


「主殿!」


 慌てたように李蒼が主を助け、柊稀が朱華を抱えて距離をとる。


 不意を打つよう瑚蝶が放つ水流が襲うが、一瞬で凍りつき粉々に粉砕されてしまう。


「瑚蝶! 避けろ!」


「キャァァァ!」


 虚空の警告と同時に炎の渦が瑚蝶を襲う。その速さに、一同表情が険しくなる。


 警告をしたときには遅すぎるのだ。自力で察するか、助けに入るしか選択肢はないということ。


「やめろ! 琅悸!」


 次の攻撃に移る姿を見て、ユフィは怒鳴る。彼が本気で戦えば、尋常ではない被害が出てしまう。


 なによりも、彼をずっと見ていたからこそユフィは止めたかった。


 彼の抱えていることも、フェンデの巫女護衛巫女に固執したことも、ユフィはすべてを知っていたのだ。


(やっぱり、氷穂に言うべきだった。あそこで引き留めれば……)


 このような状態にはならなかったのだろう。


 悔いても現状は変わらない。今は、この状態を打破することだけを考えるべきだ。どうすれば彼を止められるのかを。






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