クリスマスイブの夜
お久しぶりのリハビリです。
宜しく。
今日はクリスマスイブ。
仕事を定時の5時で切り上げ、7時に予約したレストランに電車で向かう私の携帯がラインの着信を知らせた。
「雄馬からだ」
それは恋人の秋田雄馬からの連絡。
一体何の用だろう?
今日は一緒に食事して、その後は私のマンションで泊まる予定なのに。
「…な、何よこれ」
急な仕事が入り今日は行けないとの短い文面。
余りにも唐突で、悪びれない言葉に怒りを堪えきれず、私は途中の駅で降り、雄馬の携帯に直接電話入れた。
「ちょっと雄馬、どういう事!」
『そのままだ、仕事が忙しくて』
「ふざけないで!
何日も前から約束してたじゃない!
今朝も念を押したでしょ!!」
『だから最初から言ってただろ、無理かもしれないって』
私の怒鳴り声に雄馬は全く怯まない、電話口の向こうで煩わしいそうな奴の顔が浮かぶ、ホームで電車を待つ人達の視線に慌てて声を抑えた。
「…今日はクリスマスイブなのよ」
『知ってるさ、だから?』
「…だからって」
なんでそんな冷たい態度を取れるんだ?
恋人達にとって…特別な日なのに…
『もう切るぞ、忙しいんだ、
今日はお前のマンションに行かないからな』
「待って!」
まだ話が終わってないにも関わらず、通話の終了を告げる電子音が流れる。
急いで電話を掛けるが、雄馬は携帯の電源を落としたのか、お繋ぎ出来ませんとアナウンスが返ってきた。
「…どうしよう?」
折角予約したレストランは人気のイタリアンで、3ヶ月前に押さえた。
現在時刻は6時。
今から知り合いを誘うなんて出来ない、みんな予定があるだろう。
レストランには事情を話せば、二人分のコース料理を一人分にして提供してくれるだろうが、そんな事したくない。
間違いなく店内は幸な人達で満席だろう。
そんな所で女が一人、寂しくコース料理を食べる…堪えられない。
「参ったな…」
レストランの料金は既に前金で電子決済されているから、キャンセルしても店に金銭的な迷惑は掛からない。
でも料理は無駄になってしまうなら、箱折に詰めて貰えないか聞いてみよう。
「なんでクリスマスイブに…」
惨めな気持ちを抱え、レストランのある駅に降り、店まで15分程の道程を歩く。
途中でレストランに連絡を入れた。
「ありがとうございます…」
幸いにもレストランは私の急な申し出にも関わらず、大半の料理を詰めてくれると言ってくれた。
元々テイクアウトもやっている店で良かった。
「さて…」
2時間のコースだったから、全ての料理が詰め終わるのは九時になるらしい。
先に作って欲しいなんて言えないので、それまで時間を潰さねばならない。
一旦自宅に帰ってもいいが、ここから一時間掛かるのを考えたら、それも出来ない。
なにより、今日は部屋に雄馬が泊まると思って綺麗に掃除して、彼の好きなワインや煽情的な下着まで用意したんだ、それらを見るのは虚し過ぎる。
「…早まったかな」
大通りに面した喫茶店、窓際の席に座り道行く人を眺める。
雄馬と出会ったのは今から六年前、私が大学一年の時だ。
勧誘されるままに入った大学の旅行サークル。
雄馬は大学の2年先輩で、何かと気に掛けてくれた。
すぐ交際に発展した訳じゃない。
それに当時私は付き合っていた恋人も居た。
「今頃どうしてるんだろ?」
脳裏に浮かぶのは元カレ、河合颯太の顔。
颯太とは高校一年から付き合いだし、5年間交際していた。
お互い違う大学に進んだ私達だったが、それでも最初の2年は上手くやっていた。
しかし遠距離恋愛も時間が経つにつれ、僅かなすれ違いから距離が生じ、やがて別れてしまう事になった。
「あの時に別れなければ…今頃…」
そういえば颯太と別れたのは四年前のクリスマス。
クリスマスイブの翌日、颯太から突然別れを言われたっけ。
イブは用事が有って、翌日の朝直接に。
「やっぱり早まった…」
同じ言葉が後悔と共に口から出てしまう。
颯太から別れを言われた時、アッサリ了解してしまったのは大失敗。
ちゃんと話し合えば、別れは回避出来た筈なのに、なんで私は…
今更な後悔に胸が苦しくなる。
結局颯太と別れ、交流を続けていた雄馬となし崩し的に付き合いだした。
あれから四年。
2年前に大学を卒業した私は地元に戻らず、雄馬の勤める会社の近くで就職を決めた。
それは過去との決別だった。
颯太や地元の友人も私がこの町に住んでいる事は知らないだろう。
「はあ…」
何度目か分からないタメ息を吐く。
あれだけ惹かれた雄馬の強引さは、今やただの自分勝手だと分かっている。
今となっては頼りなく感じた颯太の態度は、私を思う気遣いだったと痛い程分かるのに。
「失敗した…」
本当はハッキリ自覚している、颯太と別れてしまった事を。
過去は取り戻せない、そして雄馬と付き合い続けても幸せな未来は無い。
雄馬と早く別れて次に進まないと、私は来年25歳になってしまう。
貴重な二十代をこれ以上無駄に出来ない。
「…だとしてもよ」
かといって次の恋愛に踏み出すには結構なパワーがいる。
雄馬は自分勝手に私を振り回すくせに、束縛が酷い。
携帯のチェックや、私の行動を直ぐに見張るのだ。
そのせいで、私の交流範囲は狭まり、味気ない物になっている。
「…これも今更よね」
愛されていると勘違いしていただけ。
雄馬は滅多に自分の住むマンションに私を呼ばない。
セックスするのは私のマンションか、ラブホテルだ。
颯太なら私に絶対こんな扱いをしなかっただろう。
「今も一人かな…」
もし颯太が一人ならまた付き合ってくれるだろうか?
今度は絶対に離れたりしないのに。
「…え?」
通りを歩く一人の男性に私の視線は釘付けとなる。
「あれは颯太?」
間違いない、颯太だ。
お洒落なスーツに身を包み、すっかり大人な雰囲気を漂わせているが、見間違う筈ない!
喫茶店の料金を支払い、急いで店を飛び出す。
雑踏の中、私は聡太が去って行った方向を必死で追い掛ける。
「お願い…聡太ともう一度」
神に祈った。