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第2話


「オギャー!オギャー!」


 高らかな産声を上げて、元気な男の子がこの世に生を受けたのが丁度五年前。男の子は家族に祝福されながら、何不自由なく育ってきた。


 グローリー男爵家のとある一室。書物庫と呼ばれるその部屋の片隅で床に本を置きながら読書に勤しんでいる男の子こそ、何を隠そうこの私──


 アレックス・グローリーである。


 この五年間ですくすくと成長した私は、五歳にしてこの部屋にある書物の半分以上を読破していた。二歳半を迎えた頃、母から絵本を読むように言われて、この部屋の存在を知ってから、毎日のようにこの部屋に訪れては本を読んでいたためだ。


 本は私の知らない『知識』を沢山教えてくれた。私が暮らす国の歴史や、人間がどうして生まれたかなど。多くの本を読んでいくことで、私はもっと、もっとと知識を欲するようになっていった。


 その中で極めて魅力的だったのが『魔法』という存在だ。


 この世界で暮らす動物は、どんな存在であろうと、体の中に『魔力』を宿している。『魔力』とは血液のようなモノで、体中を巡っているらしいのだが、それを視認する術は無い。


 その魔力を消費することによって、何かしらの結果を生み出す芸当の事を『魔法』という。主に火、水、風、土、光、闇と言った六つの属性に分類され、書物によれば指先に火を灯したり、手のひらから水を放出したり出来るらしい。


 この屋敷に住む人間の中でも『魔法』を行使することが出来る人間は居る。だが父も母も二人の兄も魔法を行使することが出来ない。これもまた面白いもので、どうやら人間には神様から『職業』と呼ばれるものが与えられ、その職業によっては『魔法』を行使できる人間と出来ない人間に分かれるというのだ。


 一例を挙げるとするならば、私の父の職業は『剣士』であり、メイドのルナは『魔術使い』である。父は剣の腕に優れ、その体は筋肉の鎧で出来ているかの如く丈夫である。しかし魔法は使えない。一方のルナは、か細い腕をしており、重い物を持つことさえ一苦労といった様子だ。しかし、そんな体でありながらも、彼女は魔法を放つことが出来る。


 私はワクワクしてならない。八歳になれば教会で『洗礼』を受けて私も職業を授かることが出来る。果たしてどんな職業になるのだろうか。とんでもなく面白い職業であって欲しい。そう願ってやまないのである。


 期待に胸を躍らせていると、書物庫の扉がノックされた。私が返事を返す間もなく、ギィーと音を立てて扉は開かれる。


「アレックス、またここに居たのかい?もう夕ご飯の時間だよ」


 私よりも二回りほど大きい子供が入ってきて私の名を呼んだ。私は床に置いてあった本を閉じ、脇に抱えて立ち上がる。空いた方の手でお尻を払い終えると返事をした。


「ユグル兄様も本を読んでみてはいかがでしょうか?面白い書物が沢山ありますよ?」

「ははは。僕は剣の訓練で忙しいから遠慮しとく。それより、今日はバンが『洗礼』を終えて帰ってきたから豪華な夕食だと思うよ!さぁ行こう!」


 ユグル兄様は私の小さな手を掴むと、優しく引っ張りながら歩きはじめる。私は兄の手を握りしめ家族が待つ食堂へと歩いていった。



「アレックスを連れてきました!」

「悪いなユグル。さぁみんな揃ったぞ!今日はお祝いだ!」


 食堂についたユグル兄様は、私を連れてきたことを父上へ報告する。父上がユグル兄様に言葉をかけた後、私達は握っていた手を放し、それぞれの席へと歩いていく。


私は母上の隣の席へと向かい、メイドに補助をして貰いながら椅子へ座る。母上は俺が手に抱えている本を見つけると、優しく笑いながら話しかけてきた。


「アレックス、また書物庫に居たのね?今日はバンの『洗礼』のお祝いが先だから、貴方の質問の時間は後にするのよ?」

「わかっております、母上」


 私が母上に返事をすると、私の前に座っていたバン兄様が喋りかけてきた。


「そうだぞアレックス!今日は俺の『洗礼』の報告が先だ!」


 フォークで私の事を指しながら、声を上げるバン兄様。私は無言でコクリと頷き、手に抱えていた本を机の上に置いて、バン兄様が報告するのを待った。


「さて、お喋りもその辺にして本題に入ろう!先日街の教会で行われた『洗礼』にバンが参加して来たわけだが……その結果をバンから聞くことにしようか!」

「はい、父上!私の『洗礼』の結果ですが……なんと「商人」の職を得ることが出来ました!これで自分の店を構える事が出来ます!」

「おー「商人」か!中々良い職業を手に入れたな!」


 父上に拍手をされながら褒められたバン兄様は、頭の後ろをポリポリとかいて照れ笑いを浮かべる。父上に続いて、私や他の家族もバン兄様へと拍手を送った。数秒拍手が続いた後──


「それでは宜しいでしょうか?」


 私はまだ続く拍手を遮るように、テーブルの上に置かれた本を開きながら声を発した。先程まで皆の注目の的だったバン兄様は、褒められた事に満足したのか、私の方には見向きもせずに食事を始めた。


「はぁ……良いわよ。今日はどんな質問かしら?」


 隣に座っていた母上が、呆れ笑いを浮かべながら私の本を覗き込み、そう尋ねてくる。私は質問をする予定だったページを開いて、母上に問いかけた。


「『勇者と姫』という、実話を基にした御伽話に関して気になる点がありました。物語の最後、勇者は国を襲ったドラゴンを無事討伐する事に成功します。ですが、勇者を守ろうとした姫が深手を負ってしまい、死んでしまいそうになる、といったシーンです」

「有名なシーンね!私も昔は勇者のような素敵な男性と結婚するのを夢見ていたわぁ!そして、あの人に出会ったのよねぇ!」


 母上はそう言ってうっとりした表情で父上の顔を見つめだす。父上もまんざらではない様子で頬笑みを浮かべるが、私は特段気にすることも無く、会話を続けた。


「問題は次の文章です。『勇者が姫に口付けをすると、淡い光が姫を包み、傷を癒したのです。』と書いてあるのですが、勇者の口付けにはその様な効果があるのでしょうか?」

「え、それは......」

「他の御伽話も読んでみたのですが、口付けをしたら力を授かった等の記載がありましたし、口付けという行為には、様々な効果が備わっていると理解しても宜しいのでしょうか?」


 私の質問に家族はそれぞれの反応を示す。母上は狼狽えて父上の方をチラチラと見始めた。二人の兄は我関せずといった様子で一心不乱に食事を口に運んでいる。私は父上の方へと視線を向けると、父上は一度咳払いしてから私に答えを教えてくれた。


「アレックス。それは御伽話の世界の話なんだ。実際には口付けにそんな力は無いんだよ」

「そうなのですか?ですが、これは実話を基にした御伽話のはずです」

「物語と言うものは脚色されるのが常なのさ」

「……なるほど。分かりました」


 私は父上の解答に納得し本を閉じた。私もそこまで馬鹿ではない。物語というのは、虚を混ぜた方が面白さも増すのである。多分この話も実際は別の手段で姫の傷を癒したのだろう。


 私はまた一つ知識を得られたことを神に感謝し、食事を始める。父上も母上も深くため息をついた後、残された食事を口に運んでいた。



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