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「そうだ、ついでにひとつ教えてくれ。さっき出会ったコラージュが、その、監察官の男とデキてるようだった。ああいうことは、ここではよくあるのか」
するとユミはあごに手を当てて、そうねえ、と言った。
「別に珍しいことではないんじゃないかしら。人間とコラージュといっても、男と女ですもの。もちろん、大っぴらにできることではないでしょうけれど」
シンは装甲車のなかでスキンヘッドの男が言っていた台詞を思い出す。森には楽しいこともいっぱいあるというのはつまり、このことなのか。運転席で奴が浮かべた下卑た笑みが脳裏に浮かんで、シンは眉をひそめた。
だが、本当に知りたいのはもっと根源的なことだ。
「コラージュも人を好きになるのか? おれたちと同じような心を持ち、同じような仕方で誰かを愛するのか?」
コラージュに心があるのか否か。その問いかけを、シンは今朝から幾度となく反芻していた。ここに来るまでは、コラージュとは感情を持たない機械のような生き物、あるいは生き物と呼ぶことも躊躇われるような非人間的な存在だとばかり思っていたが、この森で出会うコラージュたちは人間と何も変わらない。彼らの持つ心が本物なのか、あるいは肉体と同じく造り出されたものなのか。それをシンは知りたかった。
だが、ユミは首を横に振った。
「さあね。私もこれまでに何人かのコラージュとそういう関係になったけれど、でも結局、彼らのことはわからなかった。その性質上、彼らが人造人間であることは疑いようのない事実よ。では、造られた存在である彼らは本物の心を持っているのか。彼らの持つ感情と私たちの感情に違いがあるのか。そもそもコラージュは人なのか、そうでないのか。彼らの第一世代が誕生してから五十年が経ったいまでも、私たちは答えを導き出せずにいる」
長い金髪をかき上げる指が、耳元のイヤリングを揺らした。
「なぜわかりもしない相手のことを抱く?」
「馬鹿ね。わかりたいから抱くのよ」
ユミはたしなめるように言った。
「そんなものは屁理屈だ」
シンは持っていた石を放り投げるが、それは門の格子の隙間を縫って、旧射撃場のなかへと転がっていった。ここでいくら待っていても、セナはあらわれそうになかった。
「愛娘の捜索再開ね」
「まだ会ったこともない娘だがな。探す男は浅ましいが、待ってばかりいるよりはマシだ」
「なに、その言葉」
「さあ。おれも詳しい意味は知らない」
そのとき、施設内に警報がけたたましく鳴り響き、森の木々で羽を休めていた鳥たちがいっせいに飛び立った。
胸ポケットで小型の通信端末が振動した。それは、今朝迎えに来てくれた男から手渡されたものだった。取り出してみると、画面に赤字で『警告。コラージュ一体の逃走を確認』の表示があり、それを見るなり、シンは立ち上がって走り出した。
「ちょっと、どうしたっていうのよ?」
「セナが動く。脱走者が出たんだ。おれも行かなくては」
シンはまず武器庫へ向かって銃を用意すると、その足で車両用の格納庫へと向かった。
相手はひとりだ。大がかりな兵装を積んだ装甲車よりも、小回りのきく輸送車のほうがいい。ずらりと並ぶ輸送トラックのなかから最も小型の一台を選んで乗りこみ、緊張感にふるえる手でエンジンをかけたシンは、ヘッドライトが照らし出す先に人影を認めた。
そこにいたのはひとりの女兵士だった。銃を肩にかけ、重心を右脚に少し傾けて立っている姿がどことなく不機嫌そうに見える。だが、何よりもシンの視線を奪ったのは、彼女の髪の色だった。肩甲骨の下あたりまで伸びているその髪は艶めく雪色をして、ヘッドライトの光を煌々と照り返していた。
なるほど。だからスノーホワイトというわけか。
「きみがセナだな」
シンが窓から顔を出して言うと、女は見た目どおりの不機嫌そうな声で答えた。
「そういうあんたは、私の新しい父親だな」
すべてを凍てつかせるような青い瞳の輝きに、シンは肩をふるわせた。それはセナが猟犬と呼ばれる由縁を知らしめるにはじゅうぶんすぎるほど雄弁だった。