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待つ女は美しく、探す男は浅ましい。
昔の女にそう言われたことがあった。どういう経緯で生まれた言葉なのかおぼえていないが、妙に印象的で、耳に残っている。
シンはいま、その台詞を空っぽの部屋のなかで思い出している。
寄宿舎の六六六号室にセナがいる。そう言われて向かってはみたものの、何度ノックをしても反応はなかった。だったら、カードキーを使ってなかに入ろうか。しかし、セナは女だ。見知らぬ男に部屋へ勝手に立ち入られて、よい思いをするわけがない。そんな逡巡を何分か続けた末、ようやく覚悟を決めて鍵を開けたシンであったが、室内には人っ子ひとりいやしない。
「ここにいるんじゃなかったのか」
シンは肩を落として、無人の室内をぐるりと見回してみる。六畳ほどの広さの部屋にはベッドと机以外に家具はなく、わずかに開けられた窓から入りこむ風が、白いカーテンをはためかせている。あまりに殺風景で、言われなければ女の部屋だとわからない。
虚しい風景だ。セナはものを持ちたがらない性分なのか。だが、それにしたってこの部屋は寂しすぎる。まるで、コラージュには戦いのほかになにもいらないと物語っているかのようだ。
主の性格までこの部屋のようでなければいいが。シンはまだ見ぬセナの俤に思いを馳せつつ、室をあとにした。
さて、これからどうしようか。
セナとの面会を果たせなかったシンは、悩ましげな顔で寄宿舎の階段を下っていた。
セナの行方は知れず、かといって、彼女の行きそうなところも思い当たらない。そもそも新参者のシンは、敷地内のどこになにがあるのかも把握できていない。
このままあてもなく探してまわるよりは、誰かに尋ねてみたほうがいいだろう。そう思って一階の廊下を歩いていた彼は、ちょうど曲がり角のところに人影を認めた。光を呑むようなノワールの制服は、国境警備隊の証である。
「きみ、ちょっと訊いてもいいかな」
彼女にそう呼びかけたシンは、しかし次の瞬間、彼女の隣に男の影を見つけてハッとした。壁に隠れていたせいで見えにくかったが、男は彼女を抱き寄せており、二人はいまにも互いの唇を重ね合わせようとしているところだった。
女のほうはすぐシンに気づき、慌てて男から離れる。
スーツ姿の男は一寸、驚きの表情を浮かべたが、
「それじゃあ、午後六時に約束の場所で」
女にそう言い残して、足早に去っていった。