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ややあって、不愛想な答えが返ってきた。
「入れ」
シンがそっと扉を開けると、室のなかには白髪交じりの男の姿があった。
そして、彼の向かうデスクに掲げられているのは、『ウラガ・キョウイチ施設長』と記されたネームプレート。
シンは姿勢を正した。
「本日、着任致しました、ソノエ・シン監察官であります。ウラガ施設長へご挨拶に参りました」
「着任早々、ご苦労。私が施設長のウラガ・キョウイチだ」
黒く鋭い瞳がシンを捉える。銃で撃ち抜かれたかのような痛みを眉間に錯覚して、シンはたじろいだ。
「そう固くなるな。これからここがきみの家になるんだ」
ウラガはそう言うが、口ぶりは淡々として味気ない。なにかに怒っているのか、もともとそういう人間なのかもわからない。固くなるなという言葉とは裏腹に、彼の態度はシンをひどく緊張させた。
引き出しのなかから資料を取り出したウラガは、シンをデスクの前に立たせたまま話し始める。
「ソノエ・シン。三十五歳。元刑事、か。なぜ刑事がこの施設へ来る気になった?」
「お言葉ですが、私は好きでここに来たわけじゃありませんよ」
すると、ウラガはちらりとシンの顔を見る。
「なるほど。左遷か。まあ、珍しいことではない。警察庁もいまや軍の管轄下に入っているからな。畑は同じだ」
左遷。その言葉にシンは屹度なってウラガを睨みつけるが、ウラガはまるで子どもの癇癪に向き合うかのように鼻で笑った。
「プライドを持つのは結構。だが、ここに来たからには、少なくとも過去の自分のことは忘れてもらうよ。ソノエ監察官」
まるで相手の立場をわからせようとするかのような、悪意を感じられる口調だった。嫌な奴だ、とシンは思った。
「人に似て非なるコラージュ。彼らを観察し、監視し、適切に使用し、適切に処分する。それが監察官の職務だと聞きました。ですが、先ほど下の階で見たコラージュは人間となにも変わりません。少なくとも、使用だとか処分だとか、そんな言葉が彼らに似合うとは思えない」
「さっそく情が移ったか」ウラガは軽蔑するような眼差しでシンを見た。「姿形など些末な要素に過ぎない。きみは人の形をしたロボットに愛情を抱くのか」
「彼らはロボットじゃない。生きています」
「重要なのは生きているかどうかではない。人間かコラージュか、それが大事なのだ。きみも知っているだろう。コラージュは戸籍も生存権も持たない、ただのモノだということを」
ウラガが壁のスイッチを押すと、室の奥に下ろされているブラインドがゆっくりと開く。
急に差しこむ日の光にシンは目を細めた。開けた視界に広がったのは青い空。いや、違う。海だ。
窓の向こうには大海原が悠然と横たわり、日差しを受けて空よりも青くきらめいていた。その澄んだ輝きに、シンは思わず溜め息をつく。
ウラガは海を見やり、言う。
「この海の向こうで、わが国はいくつもの勢力と戦争を続けている。戦場にいる者は敵も味方もみなコラージュだ。われわれのような人間はひとりもいない。この静かの森だってそうだ。ここはコラージュを外界から隔離し、養成するための施設であるとともに、国境警備隊の拠点のひとつでもある。もちろん、警備隊にいる者もみなコラージュだ」
そして彼はシンのほうを振り返る。
「ここは、戦うためだけに生み出された報われぬ子らの森だ。そしてきみも、今日から森の住人のひとりとなる」
報われぬ子らの森。その言葉がシンの胸に深く突き刺さる。
コラージュがどういう存在であるかについては、世間一般の常識として知っているつもりだった。しかしここで出会ったコラージュの子どもたちはどうだ。彼らはシンと同じ言葉を話し、笑みを浮かべ、瞳を輝かせていた。身体的特徴や社会的地位を除けば、彼らは人間となにも変わらない。
シンの信じていた常識が、揺らぎ始めていた。
「まだ戸惑っているようだな」ウラガはシンの困惑顔を見て笑った。「心配するな。理解はやがて現実に追いつく」
「そうあることを願いますよ」シンは低く言った。「それで、私はとりあえずなにをすれば?」
「きみにはあるコラージュの専属監察官になってもらう」
「専属? 下の階では、大勢の子どもたちをひとりの女性が受け持っていたようですが」
「あの子どもたちはまだ養成課程中だからな。課程を終え、正規の警備隊員になった者には専属の監察官がつく決まりになっている。彼らが逃亡を図ったり、反逆を起こしたりしないか、監視するためにな」
ウラガは引き出しのなかからカードキーを取り出し、シンに手渡した。
「まずは担当するコラージュに会いに行け」
「会いに行くと言っても、いったいどこへ?」
「北の寄宿舎の六六六号室だ。そこにきみの担当するコラージュ、セナがいる。部屋の鍵はそいつで開く」それから少し間を置いて、ウラガは続けた。「セナは気難しい娘だ。気をつけることだな」
セナ。女のコラージュか。シンは溜め息をつく。仕事で出会う女にろくな奴はいない。特に、気難しい女は。
「承知しました。すぐに向かいます」
渋々といった様子で答えたシンは、しかしながら扉の前で足を止め、振り返る。
「ひとつ、訊いてもよろしいですか」
「何だ?」
「私を迎えに来てくれた男やコラージュの子どもたちが、私のことをパパと呼んでいました。あれはどういう意味です?」
「ああ、そのことか。なんでも、いつごろからかコラージュたちが監察官のことをパパやママと呼び始めるようになったらしい。理由はわからんが、まあ、古くからの習わしみたいなものだ。深い意味はない」
「なるほど。承知しました。では、失礼します」
シンは深々と頭を下げ、部屋を出た。