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親愛なるSのために
第一話「スノーホワイト」
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銃の名前は知っていても、花の名前は知らなかった。殺しかたは知っていても、愛しかたは知らなかった。大切なことを、もっと、教えてほしかった。
戦いに出るとき、セナはいつもそんなことを思う。後悔とも恨みとも違うそれは、たとえるなら感情の砂の一握りみたいな思い。指の隙間からすぐにでもこぼれ落ちてしまう、弱々しい願いだった。
何かを望むようなことを、セナはめったにしない。そんなことをしても無駄だとわかっているからだ。彼女には望むということも、それを得るということも許されなかった。許されるのは定められた生と死とを甘んじて受けることだけで、そのほかのいっさいのものごとは、彼女にとって必要とされなかった。
ただ、それでもこうして死に立ち向かうときにだけ、セナは望んだ。今日死ぬかもしれないのなら、大切なことを、もっと、教えてほしかったと。
いま、向日葵の花が咲き乱れるなかを、セナは銃を手に駆けている。生温かい風に森の木立のさざめく音が響き、ヒグラシの高い鳴き声があとに続いた。また空を見上げれば、夕日に輪郭を縁取られた雲が星の瞬き始めた夜の領域を泳いでいた。
向日葵畑に身を隠して進むセナは、やがて前方に人影を認めて立ち止まる。黄色の花弁を透かして見る景色の片隅に、なだらかな丘を登ってゆく姿があった。
「見つけた」
セナは囁き、銃を構える。スコープをとおして見る少女は、セナが構えているのと同じ銃を手にし、怯えた顔で周囲を警戒しているが、こちらに気づいている様子はなかった。セナは少女の頭に照準をあわせたまま、引き金に指をかける。
ふいに風が凪ぎ、あたりを静寂が包みこむ。
死がやって来た。
セナは見えざる黒い手に導かれるまま引き金を絞った。しじまに銃声が鳴り響く。