カタールW杯アジア最終予選 Ⅰ その2
――翌日、
機内ではみな誰もしゃべらず、静かに目を瞑っている。
俺は今、日本代表のチャーター便の中にいる。その気になればファーストクラス以上の贅沢をしようと思えば出来るのだが、皆、三日後に控えたオーストラリア戦に向けて、時差ボケにならぬよう必死に体内時計を調整している真っ最中だ。
しかし、俺は離陸直後から爆睡してしまい、今さっき目が覚めたばっか。どうやらもう眠れそうもないので、ここで一つ、このカタールW杯アジア最終予選のフォーマットを説明したいと思う。
正式名称は『2022 FIFAワールドカップ・アジア3次予選』という。
というのも、今大会のアジアの出場枠は4.5、2006年のドイツW杯からずーっと一緒。
ってか、実は2002年の日韓ワールドカップの時のアジア枠は2.5枠だったが開催国枠として日本と韓国は決まっていたので、実質ここ20年間変わらずって感じだ。ところで余談だが、『ドーハの悲劇』でのアメリカW杯の時のアジア枠は2。その出場枠のままで行ったら、2010年南アフリカW杯は予選落ちしていたというのはここだけの話。※1
……コホン、話を戻す。
そして、この3次予選では両グループの上位2チームが出場決定するために4枠は決まるのだが、残りの0.5枠については『2022 FIFAワールドカップ・アジア4次予選』とうのが、用意されており、そんなわけで正式には『最終』という言葉が使われないのだ。
もっとも、日本のメディアなんかは『3次予選』=『最終予選』で括っており俺達もこの大会を『最終予選』と呼んでいる。だれもここで3位を狙おうなんて微塵も思ってないのだ。
2次予選を勝ち上がった12チームを6チームずつの2組に分け、ホーム・アンド・アウェーでの総当たり戦 (各チーム10試合ずつ)を行い、各組上位2チームが本大会の出場権を獲得する。また各組3位は4次予選 (アジア地区プレーオフ)に進出する。
そしてグループBに入った日本(23位)は、オーストラリア(37位)、サウジアラビア(60位)、中国(72位)、オマーン(80位)、ベトナム(92位)とW杯の出場権をかけて争う事になる。
このグループBで2位までに入れば無条件でカタールW杯にストレートイン。
もし3位になってしまったら、めでたく『2022 FIFAワールドカップ・アジア4次予選』に進出して、来年の6月に第三国で行われるプレーオフに進み、そこで勝てば、大陸間プレーオフに進み、さらにそこで勝てばカタールW杯に出場と、まあ、ともかくそんなところまでは絶対に行きたいないので、ここは何としてでも、このグループで2位以内に入ってW杯の出場を決めたいのだ。
そして第三節を終えた時点で俺達日本は1勝2敗の勝点3、中国やオマーンと並んでの三位タイ。
母さん、正直言ってピンチです。
史実ではここから怒涛の6連勝を決め、来年の三月には試合を1試合残した時点でカタールW杯の出場権を手に入れるのだが、果たしてそんなにうまく行くのやら……
主力が東京オリンピックに出場してコンディションが整わないのは分かっていたが、まさかここまで酷くなるとは正直思ってもみなかった。
もし三日後に行われるオーストラリア戦で後塵を拝すようなことになれば、それこそまさにSAMURAI BLUEの大ピンチ。
この時点で森監督の更迭論もちらほらと巷の噂に出ている。(現に前の世界でもそうだった)
ここでしっかりと踏ん張り切れるのか。ある意味、この世界に来て最大の勝負所と言っても過言ではない。
監督からはここで思い切ってフォーメーションの変更をすると聞かされている上に、酒井さんも永友さんもサウジ戦で軽傷ながらもケガを負ってしまい、実質、次戦のオーストラリア戦は俺と司のスタメンが確約されたと言ってもいい。
つまり、俺達がここで結果を残さねば、これまで積み上げてきた13年の努力って奴が水の泡になっちまう可能性が高いのだ。
ここまで追い詰められた戦いは、前の世界から数えても初めてのことかもしれない。
俺達が率先して、このSAMURAI BLUEを勝利に導かねば、この世界にやって来た意味が無くなってしまうのだ。
大げさではなく『絶対に負けられない戦い』って奴が俺と司の前に迫っていた。
俺達は今までに感じたことの無いようなヒリヒリとした空気を感じながら、決戦の地へと向かって行った。
※1、『2010 FIFAワールドカップ・アジア4次予選』では最終戦のアウェイオーストラリアにおいて1-2で負けたため、グループAでは1位オーストラリア勝点20、2位日本勝点15で確定。