フットボーラー補完計画 ーThe last lesson Ⅱ- その2
『世界へ羽ばたけ東京の貴公子 北里司』
『世界を蹂躙!!東京のロードローラー鳴瀬神児』
俺と司はアマスタのゴール裏に張り出された横断幕を眺めていた。
まぁ、もう、何も言うまい。
ともかくこれが、SC東京での俺達の最後の試合となる。
この試合が終われば俺達はすぐに出国の準備をして、来週にはフットボールの母国イングランドでボールを蹴っているはずだ。
ゴール裏に陣取る東京サポーターのみんなに手を振る。
先日の神戸戦とまではいかないが、平日夜の天皇杯にもかかわらず、アマスタには2万人を超えるお客さんが来てくれた。本当にありがたいばかりだ。
すると……明和大の応援団が大太鼓と共に合わせて俺達にエールを捧げてくれたのだ。
思わず目が真ん丸になる俺と司。
まあ、確かに、今現在でも明和大学に籍を置いているのだけれど、思いもかけないサプライズに俺と司は、明和大学のゴール裏にも頭を下げる。
すると、スタジアム全体から拍手が聞こえて来た。
フットボーラーになってこれ程の幸せを感じたことは一度もなかった。
俺達は一通り挨拶を済ませる。
司が言った。「行くぞ、神児、気合入れろよ」と。
「おうっ、任せとけ!!」俺は司の肩を叩くと、アマスタのピッチに足を踏み入れた。
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本日の明和戦、SC東京は先日の試合からメンバーを6人入れ替えターンオーバー。明和大は、町田SCに勝った時のメンバーそのままできた。
両軍のメンバーはこう。
優斗や拓郎はもちろんのこと、八王子SCの時から同じ釜の飯を食って来た、武ちゃんに、順平に大輔……ある意味、日本で最後の試合に飾るにふさわしいメンバーだといえる。
いや、感傷的な気持ちは切り捨てなければ。
優斗が本気で俺達に戦いを挑んでくるのだ。中途半端な気持ちでいたら、大番狂わせを食らっちまうぞ。
選手控室では明和大は間違いなくうちの首を狙ってくると健太郎監督は最大限の警戒をするよう呼び掛けてきた。
もちろん、油断している選手達なんて一人もいない。
なぜなら、明和と戦った直近の公式戦では、当時俺達がいたチームにこのアマスタで負けているのだ。
もちろん、そのことを覚えている選手もここには沢山いる。
2018年8月8日(水) 18:30 『キングアマラオスティディオンinチョーフ』
天皇杯 JFA 第98回全日本サッカー選手権大会4回戦 SC東京vs明和大学の試合が始まった。
キックオフは明和から。
FWの小柱君がボールをDFラインに戻すと、GKの順平を含めての5人でゆっくりとボール回しを始めた。
先日の神戸戦から中3日、監督からは最初の10分は様子を見てから……と言われてたために、東京の選手達はあえて、積極的にプレスに行かなかった。
もっとも、先日の町田戦でも、明和のこのDFラインでのボール回しは十分通用しており、夏場のこの時期、試合の序盤からいたずらに体力を消耗するのは危険であると監督からも言われていたのだ。
それでも、じりじりとプレッシャーを掛けるように東京の選手達は明和陣内に侵入していく。
すると、トップから降りて来た小柱君がボールを納めると中盤で数的有利を作り出す明和。
東京のFW陣のランスさん、ナンチャン、一英が戻ってプレスを掛けるも、普段のメンバーではないためまだ連携がおぼつかない。
すると、来期より東京に内定が決まっている秋葉君が東京のプレスを躱して明和の左サイドいっぱいにまで張っていた優斗の足元にパスを入れる。
思いもかけず、試合開始1分もしないうちに、俺と優斗のデュエルが訪れたのだ。
公式戦で初めて戦う俺と優斗。
場所は東京のPAの脇、左45度。
優斗お得意のエラシコを出すには絶好の場所だ。
分かっていても一瞬で体を先に入れて来る優斗のエラシコ。
大学の四年間で、優斗は翔太のダブルタッチと引けを取らないレベルにまで高めてきたのだ。
だからこそ、だからこそなのだ。このゲーム序盤で、優斗のエラシコを防ぎ、流れを一気に東京に持ってくるのだ。
俺は集中力を限界にまで高め、優斗の右足の動きを注視する。
エラシコで縦に来るのか、それとも裏をかいて一気に中に入って来るのか……縦か中か、丁か半か。
だが、ピタッとその場で動きを止めた優斗。
今まで見せたことの無いようなその挙動に違和感を覚えた。
俺は間接視野で優斗の表情を垣間見る。
すると、そこには、先日優斗の家で見せたあの表情が……そう、獲物を見つけた時の豹やチーターのネコ科動物特有のあの顔だ。
思わず背筋にゾクッと怖気が走ったその時だった。
優斗はそこからノーモーションのチップキックで俺の頭上を抜いたのだ。
縦でも中でもなく上!?
優斗の予想外のプレーに思わず反応が一瞬遅れたその時だった。
俺の背後をまるで海の魔物のように拓郎が無音で通過していくと、直後、優斗の上げたチップキックを最高到達点3mに迫ろうかというスプラッシュジャンプで完璧に捉えたのだ。
〝ドゴンッ!!″と、およそヘディングのシュートから聞こえるはずも無い衝突音を残し、ゴールニア上を打ち抜く神の鯨。GKは一歩も動けず。
天皇杯 JFA 第98回全日本サッカー選手権大会4回戦 SC東京vs明和大学のスコアは前半1分、森下拓郎のゴールにより1-0となる。




