白い小さい闘牛士 その9
もちろん、神戸も直ぐに手を打ってきて、左右のCBを交換して今度はアーノルドさんを長井さんを当ててきたが、大して違いは無し。
しかも、その直後、アーノルドは長井さんのユニフォームを引っ張って倒してしまい、イエロー喰らってもう後が無い状態。
そうなってくると神戸も迂闊にDFラインを高くすることは出来なくなってしまった。
だって、スペースがある状態で「よーいドン!!」をしたら絶対に負けるんだもん。
とんでもない神戸のバグを見つけてしまった我らが東京。
未だかつてないこのビックウェーブを逃してなるものかと、長井さんに向かってやけくそ気味で縦一本を入れ続ける。
ボールポゼッションとか、丁寧なビルドアップとか、そんなの知ったこっちゃ無い。だって、DFラインで一対一させたら絶対に勝てちゃうんだもん。
こういうのを濡れ手に粟っていうんですよね、上司!!
本来なら神戸には渡邊さんという絶対的なCBがいるのだが、今日は累積警告でお休み中です。
今、俺達は、すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。
風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。
中途半端はやめよう。とにかく最後までやってやろうじゃん。
だって俺達には沢山の仲間がいる。決して一人じゃない。
信じよう。そして共に戦おう。
ユーウィル ネバー ウォーク アローン。
おっおー!!
そんな感じで、馬車馬のように長井さんを働かせる俺達。
その後、何度か決定的なチャンスを掴みかけるも、生来の決定力の甘さからか、最後の最後で決め切れ無い長井さん。
まるでジョホールバルの時の岡ちゃんのようだぞ。
でも、大丈夫。だって、決めるまで、絶対に許さないんだもん!!
うぉらぁぁぁぁああー。
と、縦一本マシーンと化した東京のゆかいな仲間達。
永井さんの顔がみるみるやつれてくる。
だが、そのスピードは決して衰えず。やっぱスゲーな、この人……
しかし、『好事魔多し』とはこういう時の事を言うのだろう。
直後、一英の野郎が、単純なトラップミスをやらかすと、そのボールを三郷さんに掻っ攫われ、前線で張っていたイエニスタさんに通ってしまったのだ。
やヴぁい、マジピンチ。
一瞬でひっくり返る東京vs神戸。
気が付けばゴール前の人数が2対4となっており、神戸圧倒的有利。
いやーん、ほんとにスリリング。
そして俺は反射的にイエニスタにハードスライディングをかました。
ゴリっという確かな手応え……もとい、足応え。アレッ?
直後、「ピピピーッ」と耳を劈く主審の笛が。
どうやら、相当深く入ってしまった俺のスライディング。
足を押さえて痛そうに転げまわっている『白い小さいマタドール(時価総額32億円)』。
まるで水を打ったように静まり返る『キングアマラオスティディオンinチョーフ』。
VIP席で、手すりに足を掛けて俺に中指をおっ立てている美樹谷オーナーの勇敢なお姿がよく見える。
審判は笛を咥えながら、左手を胸のポケットに突っ込んでお馴染みのポーズで走って来た。(本日二度目!)
うわっ、やっちまった……と背筋から冷や汗が滝のように流れて来た。(本日二度目!)
ヤダヤダヤダヤダ、リーグ戦最後の試合で一発退場だなんでシャレになってませんて。(本日二度目!)
ある意味伝説になっちゃいますよ。悪い意味で!!(本日二度目!)
赤はやめて、赤はやめて、せめて黄色でご勘弁を~……と、心の底から願いつつも覚悟を決めたその時だった。(本日二度目!!)
審判さんは俺の顔にくっ付けるようにイエローカードを提示した。(もしもし、鼻にくっついちゃってますよ?)
そして……「鳴瀬選手、分かってますよね。次はありませんからね」と、名指しでどこまでも冷静に最後通告をする審判さん。
「……ういっす」
ふー、命拾いした。あーやれやれ。
尚もイエニスタさんは足を押さえてチョー痛そう。
もしもし、大丈夫ですか?
するとその時だった。
「テメー、神児!!イエニスタさんに何してくれちゃってんだよー!!」と、まさかの味方の一英が血相を変えてやってくると、俺の襟首をぐいんぐいん掴みながら怒鳴って来た。
あれー……どうして味方のお前が詰めて来るの?
俺、キミの先輩なんだけれどなー?
薄れゆく意識の中でそんなことを思う僕……あれ、なんだか多摩川の河川敷が見えて来たぞ。(ハート)
「ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ」と一英の常軌を逸した激おこっぷりに、神戸の選手達が止めにかかる。
神戸FCの皆さんのおかげで、どうにか命からがら一命を取り留めた僕。
すると一英は俺に向かって、「burro」(※4)と罵った後、イエニスタさんに駆け寄り、「大丈夫ですか、イエニスタさん、ケガはないですか」……と、おそらくスペイン語かなんかで話しかける。知らんけど……
すると、「オー、ダイジョウブネー、カズ……ボクタチノムスコ。ボクタチニナガレテル ブラウグラナ(青とエンジ)※5 ノ チハ エイエンネー デモ マドリーイッタラ ブッコロシマース」と、なぜだか片言の日本語で応えて来るイエニスタさん。日本語上手っすね。
気が付けば、東京、神戸関係なく、全てのお客さんから ♪ そして~ イエニスタ~ ♪ とイエニスタさんのチャントが歌われている。
なんだろう。この、かつてない一体感は。
そして、なんだろう、この……まるで『埼スタ』でのレッズ戦のようなアウェイ感は……
俺は思わず、何かに縋るように、東京のゴール裏を見てみると、イケイケの皆さんから、ジトーっと、嘗てない程の冷たい視線が注がれていた。おー怖っ。
すると……「信じらんねー、イエニスタさんにするか、フツー」と司の声が。
振り返ってみると、傍らには、まるで蛇蝎でも見るかような目で俺を見る司。
「いや、まあ、何ていうか、これもフットボーラーとしての本能かな」と、ニッコリとスマイル。
すると司は、そのままスタスタと何も言わず立ち去っていった。
おーい、どこ行くんだよー。
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(閑話休題)
――5分後、
どうやら大事が無いことが分かると、念のためという事で、仲間達(なぜだか一英も含む)に肩を借りながらピッチを後にするイエニスタさん。
アマスタのお客さん達は敵味方関係なく、『白く小さなマタドール』に向けて万雷の拍手を送る。
その感動的な光景に思わず俺も「パチパチ」と拍手。
すると……まるでシリアルキラーでも見るかのような冷たい目で俺を見つめる仲間達。
おーい、どうしたんだい。
僕たちは青赤の血が流れている仲間達じゃないか……仲間達じゃないか。
ところで、イエニスタさん。
最後、なんか、おっかねーこと、言ってませんでしたか?
※4、後で寮に戻って辞書で調べたら、『burro』=ブーロ、ロバの意で 、会話で使われると、「馬鹿」とか「間抜け」とか「がさつ者」って意味なんだってさ。なぁ、一英、ちょっと屋上行こうぜ。
※5、ブラウグラナ=カタルーニャ語で青とエンジ色を指す言葉です。この青と臙脂は一英のいたバルセロナのチームカラーであり、バルセロニスタのアイデンティティーといえるものだそうです。でも一英、お前のいるチームは青赤だからな、勘違いすんなよ。




