フットボーラー補完計画 ーThe last lesson Ⅰー その7
その後、再び明和大学が勢いを取り戻すも、町田の守備網はますます固くなり、明和大学vs町田SCの試合は、前半を0-1で折り返すことになった。
「ようやくハーフタイムやな……北里さん、鳴瀬さん、ちょっとすいませんが、少しだけ休ませてもらいます」
おじさんはそう言うと、ゆっくりと目を瞑った。
「とうちゃん、大丈夫?」と心配そうに陽菜ちゃん。
「ああ、大丈夫や、陽菜。悪いけど、試合が始まったらとうちゃんに教えてや」
おじさんはそれだけ言うと、がっくりと力なく項垂れた。
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「とーちゃん、後半、始まんで」
陽菜ちゃんがおじさんの耳元で優しく話しかける。
「おお、すまんな、陽菜、大分、楽になったわ、ありがとうな」
おじさんはそう言うと、ゆっくりと目を開ける。
テレビでは、明和のキックオフで後半戦が始まろうとしていた。
「北里さん、明和はメンバー変わりましたか?」とおじさん。
「いいえ、替わってません、もちろん、優斗もです」と司。
「ありがとうな、北里さん」
おじさんはそれだけ言うと、後はテレビを見ることだけに全神経を集中させた。
おじさんの右手を陽菜ちゃんが握り、左手はおばさんが握っている。
少しでもおじさんの力になれば……そんな二人の願いが痛いほどに伝わって来る。
ゲームの主導権は相変わらず明和が握っていた。
『しかし、明和、ボールを持ちながらもなかなか、決定的なチャンスを演出できません』
『はい、町田も、既に明和を格下だとは思っておらず、少しでも不利と見るや、すぐにゴール前で5-4のブロックを敷いてきますね。おそらくこのまま1-0で終わらせられれば上出来とでも思っているのかもしれません』
テレビでは相変わらず優斗が果敢に左サイドを攻略しているのだが、最後の決め手に欠いている。その上、町田は優斗に対してしっかりとDFを二枚付けているのだ。
こういうところからも、町田は明和のことを格下だなんてこれっぽっちも思っていないのが伝わって来る。
J2のプロが真剣に大学生から勝ちを奪いに来ているのだ。
無言の病室の中、テレビから実況を伝える声だけが聞こえている。
すると、後半65分を過ぎたところだった。
前半から偽CBの役割をしていた拓郎が、突如そのまま、町田のアタッキングサード迄ボールを持って上がっていった。
一瞬で警戒心MAXになる町田DF陣。
八王子の鯱の攻撃参加を何よりも恐れているのだ。
すぐに町田の選手達が拓郎の周りを囲みボールを奪いに来る。
ここで奪いきれればすぐさまカウンターも発動できる。
だが、町田の選手に囲まれながらも必死にボールをキープし続けた拓郎は、相手を散々引き寄せてから、フォローに入った阿倍野選手にボールを出す。
阿倍野選手はそのボールを納めると、ダイレクトで左サイドに張っていた優斗に出した。
そしてそのままゴール前に飛び込んでいく。
「走れ、優斗」おじさんの口が開いた。
まるでそれが合図とばかりに、優斗は左サイドを切り裂いていく。
幸い、拓郎が優斗に付いていたマークを一枚剥がしてくれたおかげで久しぶりに左サイドで一対一を作り出せた優斗はそのまま町田のPA横に侵入すると、そのまま十八番の‶エラシコ”で張り付いていたもう一枚も引き剥がした。
角度は無いが、遂に町田のGKと一対一。
すると優斗、GKを睨みつけながら、全くのノールックでゴール前に折り返した。
そこに飛び込むのは優斗にボールを入れた直後、ワンツーで走り込んでいた阿倍野選手。
町田DF陣を引き連れながらゴールニアサイドに突っ込んでいく。
激しく交錯する町田のGKとDFと阿倍野選手。
ボールは非情にも跳ね返り、ゴールの枠から逸れて行く……
「「ああー!!」」と思わず声を立てる病室内のみんな。
すると……「まだや」と、おじさんがつぶやいたその時だった。
町田のゴール前で黒い影が跳ね上がる。
最高到達点2m88cmの化け物が町田のゴール前でリクレクションしたボールを確かに捉えたのだ。
誰一人競ることすら許さないカムイ・フンペ(神の鯨)はゴールネットよ裂けろとばかりにボールを地面に叩きつけた。
第98回天皇杯3回戦、町田SCvs明和大学は、後半65分、拓郎のゴールにより1-1となる。




