フットボーラー補完計画 ーThe last lesson Ⅰー その5
テレビからアナウンサーの声が聞こえて来る。
『本日は第98回天皇杯、町田SCvs明和大学の3回戦の模様をお送りします。キックオフは町田から……町田ボールを大きく蹴ったー』
すると、J2らしい当たりの激しいサッカーをしてくる町田SC。キックアンドラッシュを得意の戦法としているらしく、DFラインに向けて大きくボールを蹴ると、それを目掛けて選手達が押し寄せる。
『町田の深田選手の蹴ったボールを明和の森下が大きくクリア―』
だが、明和のDFラインにデーンと待ち構えるのは八王子の鯱こと森下拓郎。
『しかし、こうしてみると森下選手、明らかに他の選手に比べて、頭一つ……いや、二つ分飛び抜けてます。さすがは明和の巨人、ここにあり』
『Jのスカウトからも大変注目を浴びていると聞いてますからね~』とは解説者の西沢さん。
育ちも育ったり、ついに身長は196cmとなり、四捨五入したら、あらやだ2mじゃない。そんな馬鹿でっかく育ったCBを放っておくほど日本のサッカー界は節穴ではなく、目下、拓郎の周りでは、Jのクラブ同士の激しい争奪戦が水面下で繰り広げられている……らしい。(ホントか?)
『明和の中野穂積選手、右サイドを駆け上がっていく。そしてそのボールを阿倍野選手が納めて前線に走る背番号11、稲森選手に通ったー!!シュート!!……だが、惜しくもシュートはCBの奥村選手にブロックされてしまいました』
「優斗、調子良さそうですね」と司。
「うん、ええシュートやった。FWやったら、まず一発目にシュート打ってその日の感覚を整えなきゃあかん」とおじさん。
流石はサッカー経験者らしい的を射た感想だ。
その後、町田は何度も明和のゴール前にボールを上げるも……
『またもや、森下選手、ボールをクリアー!!』
『森下選手がゴール前にいる限り町田のキックアンドラッシュはほぼノーチャンスですね』
というわけで、明和のゴール前に上がったボールは鴨川シーワールドのシャチよろしく、全部、拓郎のスプラッシュジャンプによって弾き返されてしまってるのだ。
「いいなーあれ……」と言った感じの司の表情。
俺の脳裏にも、この前のロストフでのベルギー戦。あの時、ゴール前にこいつが居てくれたら、歴史は変わってたんじゃないのかと思ってしまう。いや、俺や司だけじゃなく、この試合を観ている人間なら誰だってそう思うだろう……ガッテム!!
「また、優斗のチームメートにはごっついのおるなー、森下君ゆうたらあれやろ、中学ん時からのお友達やろ?」とおじさん。
「ええ、そうですよ。僕と神児、そして拓郎と優斗君はみんな八西中の時の生徒でしたよ」と司。
「すごいなー、その同級生4人でオリンピック行けんやから」とほとほと感心したようにおじさん。
「まあ、それ以外にもあと三人このチームには中学ん時からの同級生がいますからね」と、ちょうどその時、GKの順平がナイスキャッチ。
「友達に恵まれて良かったなー」とおじさんは目を細めた。
前半が10分も過ぎる頃にはゲームは落ち着き始めた。
『4年生の稲森選手、中盤まで下りて来てゲームを組み立てます』
『はい、僕もこの選手、オリンピック前……というか、レッズと戦った3年前の天皇杯の時から知ってますけれど、ここ最近は、純粋なウインガーというよりも、中盤のゲームメークにも加わるようになってきましたね』と解説者の西沢さん。
「へー、よく見てるやん、この人」と感心しきりの陽菜ちゃん。
この解説者の言っている通り、優斗はこの2年でプレイスタイルが大きく変わった。
以前はタッチライン際に張ってサイドを上がったり、DFラインに張って裏抜けを狙う点取り屋だったのだが、最近は頻繁に中盤まで下りてきてゲームの組み立てに参加するようになったのだ。
ヒートマップで言うと、以前は左サイドの上が真っ赤っかだったのに対し、今では全体に均一化されている。
もっとも、どちらのプレーが優れているかという訳ではなく、今の明和にはそういうプレーを求められているという事だ。そしてそのプレイスタイルは同期の目の上のたんこぶ、今はポルトガルにいる翔太を意識してのものだというのも伝わって来る。
偽9番、偽サイドバック、偽CBとグアルディオルさんのお陰で、新しいポジションが次々と生まれたが、最近の翔太はさしずめ、偽11番と言った感じだ。
まあ、やってる事はメッシの偽9番と一緒だ。
本来なら左サイドに高く張ってるのを求められる11番だが、(11番は左Wの番号が多いため……レイマールとかギグスとか)それが、中盤まで下りて来てゲームメイクをして空いたポジションに他の選手が流動的に入るのだ。
これをビクトリーズの時では、司と翔太で臨機応変にやっていたのだから、相手のチームにしたらたまったもんじゃない。
ユースの時、よく相手の右サイドがパニ食ってたのを思い出す。まあ、左サイドが好き勝手やる分、右サイドはしっかりとリスク管理しなきゃいけないんですけれどね……
『先程から明和は、物怖じせず、J2のクラブ相手にもしっかりと中盤でゲームを作ってますね』と西沢さん。
『町田の選手達も、迂闊にプレスに行けなくなってきております』
『ええ、特に利いているのはこの8番の阿倍野選手。豊富な運動量でどこにでも顔を出して来ますね』
『今期も関東大学リーグでは首位を走っている明和、監督の西島さんは、今シーズンのメンバーに大変自信を持っていると聞いております。そしてそのチームのキャプテン、稲森優斗に再びボールが入った!!』
「行け、優斗」とおじさん。
『左サイドでボールを持った稲森選手、おおっと、ここでエラシコで縦を抜いたー!!そして折り返しー!!』
『惜しいっ!!』
「惜しい!!」
「惜しいで!!」
「惜しいやん!!」
優斗の左サイドを抉ってマイナスに入れたボールは逆サイドから走り込んで来た中野穂積君へはあともうちょっと……
『でも、確実にゲームは明和が押しております』
引いた守ってカウンターオンリーと言った弱者のサッカーからは程遠いしっかりと自分達のフットボールって奴を体現している。
『果たしてこれで勝っても明和は『ジャイアントキリング』と言われるんですかね……』とは西沢さん。
「「うーん、確かに!!」」とは陽菜ちゃんと春樹。
明和がしっかり中盤でゲームを作るのに対し、町田はロングボールを多用して一気に展開を打開してくる。
これもどちらが正解という訳ではない。その選手に適応しているフットボールであるという事だ。
だが、繰り返しになるが、明和のDFラインにはもはや大学サッカー界NO1の呼び声高い絶対的な存在がそこにいる。
すると……『ここで森下選手、DFラインからボールを持って上がると、そのままでパス回しに加わりましたね』
『そうなんですよ。とくに、森下選手は最近こういうプレーが多いんですよね。偽CBといいますか?』
『偽CBですか?』
『ええ、イングランドのマクレスターCとかが取り込んでいる戦術です。DFラインまでプレスに来ないのならば、積極的に中盤まで上がってゲームメイクに加わり、ほら、今みたいに、プレスが掛かるとDFラインに下がって相手DFを凌ぐ。なかなか難しいポジションですよ』と。
『大学生にしてはと言ったら失礼ですが、また、随分と先進的な戦術を取り入れてるんですね』
『ほら、このチームはJリーグでも売り出し中の北里選手と鳴瀬選手のいたチームですから……』と意味深に西沢さん。
『ああ、そうでした、只今行われているW杯のメンバーには惜しくも洩れましたが、日本代表の北里選手と鳴瀬選手がいましたものね。私もレッズとの試合は大変印象に残っております』
『はい、あの時、一年生だったんですよね、ここにいるメンバーの内の何人かは……』
『と言う事は、今年がこのメンバーの最終学年……総決算という感じですか?』
『明和自体はもともと名門でしたけれど、ここ数年は毎年のようにタイトルを復習も取っていますからね。ある意味、明和黄金世代の総括といっても過言ではありません』
『そんな明和なんですが、実はこの試合勝ち上がると、反対側のドローにはSC東京がいるんですよね』
『ええ、明和がこの試合勝ち、来週アマスタで行われる3回戦でSC東京が勝てば、ベスト32で両チーム同士が当たることになってます』
『これはちょっと、楽しみですね』
『ええ、SNSでは一部のサッカーマニアの方達に話題になってますよ』
すると、病室のみんなからチラチラと俺達に視線が集まる。
まあ、こういう注目のされ方も悪くはないよな。




