罪と罰走
「あんたねー、正月早々、人様のお家にお邪魔して悪いと思わないの!!しかも二日連続で!!」
と玄関を開けた途端、母さんからの説教を食らう、見た目は中坊、頭脳はそろそろ三十路の俺。
おっしゃることはごもっともだけど、俺の考えは違った!!(BY、ケイスケ・本田)
すると、「いや、僕が引き止めちゃったんで、なんかすみません」と司。
「あ、あら、やだ、司君いたの!?」と母ちゃん。
実はいたんですよ。
すると、「わーい、司くんだー」と司の大ファンの春樹もやって来た。
どうやら、体形がふくよかになったことでますます司の事が好きになったみたいだ。
いやー、デブってけっこうもてるんだな。遥の件もあるし、ちょっと認識を改めねば。
「おう、春樹ー、久しぶりだなー」というと春樹をハグ。
うーん、お兄ちゃん役、今度ちょっと変わらないか司?
そういやこいつ、同年代には愛想が無いけれど、子供には好かれるんだよなー。あと子煩悩だったし。ちょっと意外だ。
「ああ、そうそう、おばさん、これ、うちの母さんから、余り物ですみませんが」と、お重を渡す。
「あら、やだ、そんな、気にしなくっていいのにー」と目をキラキラさせる母さん。ちょっと母さん、態度に出ちゃってるじゃないですかぁー。恥ずかしいなぁー。もー。ってか、昨日もお重の残りを持って帰ってきてますよ、俺。
すると、「おーい、神児、司君、ちょっと来なさーい」とリビングから親父の声が……なんだべ。
リビングに入ると「おじゃましまーす」と司。
「おーよく来たなー」とニコニコの親父。おや、ちょっとお酒を飲んでるみたいだな。見ると司の家からもらったカラスミがある。
「おー、ちょっとちょっとちょっと、ここ座んなさい」と目の前の畳を指さす父さん。どうやら俺と司を正座させたいらしい。
お正月に正座させてやることっていったら、もう、アレだよな。いくつになってもこの瞬間って顔がにやける。
「なーんだ、その顔ー、さてはもう分かってんなー」と親父もニコニコ。
「えー、いや、なんでしょー」と司。こういうところは如才ない。
「まあ、いいや」と親父。そして、「はい、お年玉」
「ありがとうございます」
「今年も神児をよろしくね」
「いやいや、僕の方こそいつも神児君には助けてもらってるんです」と司。まあそういう事にしておこう。
と、「はい、神児。お前、正月早々司君のおうちにいっちゃうから渡しそびれちゃったじゃないか」と親父。
「すいません、あざーっす」と俺。
やっぱり、いくつになっても親からお年玉をもらうのはうれしい。
前の世界では、こっちに来る年までもらってましたが、何か?
「わーい、司君、あそぼ、あそぼー、」と春樹はゴムボールを持って司のところにやって来た。
「おー、春樹ー、何して遊ぶ」と司。
「サッカー」と即答の春樹。
「よーし、じゃあ、あっちの部屋でサッカーして遊ぼうか」と司。
「悪いなー」と俺。
「何言ってんだよ、お前も来るんだよ」と司。
「……ですよねー」
というわけで、せっかくサウナで汗を流してきたというのに、春樹に付き合ってまた汗をかいてしまった。なんだかもったいない。
「そういえば、司君、ご飯食べたのー?」と母さん。
「ああ、ちょっと食べてきました」と司。
温泉にある軽食コーナーで俺たちは軽くたこ焼きと焼きそばを食べてきた。
やっぱ炭水化物って大切だよね。
司はウーロン茶だけでいいって言ってたんだけれど、おじさんが、「明日も自転車乗るんだろちゃんと食っとかないと走れなくなるぞ」と言われ腹八分目で食べてたな。
「何にもないけど、お雑煮でいい?」と母さん。
「あ、俺、おばさんちのお雑煮好きです」と司。
「やだわー、そんなお世辞なんか、司君のおうちの方がすごいでしょ、いろいろ」と母さん。
「いやー、あの、俺、結構普通の料理の方が好きで、おばさんとこのダイコンやゴボウや鶏肉の入っているお雑煮の方が好きなんですよねー」
「そう言ってくれるとお世辞でもうれしいわ」と母さん。
「お世辞じゃないですって」
「まあまあ、ところでお餅はいくつ?」
「えーっと2つ」と司はVサイン。
「あら、若いのに2つでいいの?」と、
「ええ、さっき、ちょっと食べてきたんで」
そんな感じで我が家で晩飯を食うことになった司。そして春樹は司の横にべったり。いいよね、たまにはこんな日も。
そしてその後、司と俺は俺の部屋で、関東近郊の地図を開きながらパソコンとにらめっこ。
「うーん……明日、どこにする?」と司
「今日は羽田に行ったから、明日は山の方?」
「でも、山の方って、今の時期、雪残ってないか?」
「ああ、それ、ちょっと怖いなー」
なんて話していた。すっかり俺たちは昨日今日で自転車のとりこになってしまったのだ。
すると、テレビのニュースキャスターが「昨年末から問題になっております、熊本県〇〇高校でのサッカー部暴行問題の続報です」と原稿を読みだした。
途端に苦虫をかみつぶす司と俺。
こういう時は俺たちはそれぞれ、前にいた世界の指導者だった頃の気持ちになる。
「これ、ひでーよなー」と司。
「ああ、あの監督、たち悪いわ」
昨年末、その高校のサッカー部のコーチが部員に暴行している様子を他の部員が動画に撮り、それをツイッターに投稿したのだ。
そのショッキングな映像は瞬く間に広がり年末のトップニュースになったほどだ。
しかも、たちが悪いことに、謝罪会見を行った翌日に、さらに新たな暴行動画が投稿された。
その動画とは、撮影した部員を監督やコーチがつるし上げると言ったものだった。
やはり、指導者の立場としてこのニュースを見てみるといろいろと考えさせられるものがある。
一つはJのクラブのユースやジュニアユースと、高校の部活との違い。一番の違いは選手の数だ。
この高校、ニュースによると部員が200名以上いる。俺たちのユースやジュニアユースのチームの10倍以上の人数だ。
正直、俺だったら、これだけの大量の人数をまとめて管理できるとは到底思えない。それも含めて力不足だと言われたら何も言えないが……
「司、これお前の立場だったらどうする?」と俺。
「俺には無理だよ200人ものプレイヤーの一人一人を管理するなんざ」と司は端から匙を投げる。「お前だったらどうなんだよ」
「俺にも無理だよ。俺だってせいぜい15人から20人くらいまでだよ。一人一人の選手を見れるのは」
「でも、お前、高校や大学での部活の経験あるだろ」
……正直、管理する側とされる側では立場が違い過ぎて何とも言えない。
ただ、うちの高校は100人からの大所帯だったが、元ビクトリーズの看板に助けられたことは何度かあった。
練習試合などで、俺と同じくらいかもしくは俺よりも調子がいいんじゃないかと思った選手よりも、俺の方を優先的に使ってくれたことは何回もあった。
正直、その時は俺はそいつの顔をまともに見れなかった。
「むずかしいよな」そうとしか言えない。
一つのチームで200人とか、やはり歪なのだ。
プロのチームだってせいぜい30人がいいところなのだ。
プロが出来ないことをどうしてアマチュアの指導者が出来ると言えるのだ。
そしてそういう無理が重なってこういうことになってしまったのではと俺は思っている。
さらに高校の部活の選手たちが目標にしている大会の形式にも問題がある。
それはインターハイであり冬の選手権であるという事だ。つまり両方ともノックアウトステージのトーナメント方式なのだ。
海外からは既に警告が出されている。育成年代の選手に過度にプレッシャーを与えるトーナメント方式の試合は望ましくないと。そして、やるなら一定の期間を設けたリーグ戦が望ましいと。
サッカーの先進国ではそれが常識だ。日本も高円宮杯U-18などの大会が注目を浴びるようになってきたが、冬の選手権などに比べては、まだまだだ。
「俺はな、神児、洋平やユースやジュニアユース、レディースの選手、俺が関わった全ての選手にサッカーを好きでいてもらいたい。そういう気持ちで教えているんだ。
でもさ、ユースでトップチームに引っかかるかどうかの奴や、サッカーを生きる糧にしようとしている奴に、楽しいサッカーでいいんだよとは言えないんだ」
「……ああ」
「上に行けば行くほど、たった一つのプレーでその後の選手の人生が大きく変わる瞬間を俺は何度も見てきた。大げさじゃなく命を懸けてサッカーに取り組んでいる奴も何人も知っている」
「ああ」
「それをどこで線引きするのか、お前は楽しいサッカーをしたいからここまでな、けどお前はプロを目指しているからここまで要求するよ。なんて選手ごとに態度を変えていたらそのチームは崩壊してしまう」
「そうだな」
俺は過去そういうダブルスタンダードの指導者がチームを崩壊させたことを知っている。
「ユースはいいんだよ。あいつらはプロ予備軍というレッテルの元で所属してるんだから。ユースに選ばれた時点でほかの人間の夢を押しのけてここに来てるんだ。
そのための犠牲を払わなくちゃいけないという覚悟はここにいる奴なら誰でも持っている。
でも、部活って違うだろ。ユースに上がれなくてそれでもあきらめきれない奴から、プロにはなれそうもないから高校まではサッカーを好きなだけやろうって奴。そしてボールに触れられればなんでもいいやと言う奴。それぞれにサッカーに対する思いが違う人間がいる中で、それをひとまとめに教えることなど俺にはできない。
この瞬間にも全国で真面目に選手と向き合っている中学高校の部活の指導者には頭が下がるよ。
だからこそ、あの高校の監督はそういう人たちまで侮辱してしまったのだと俺は思うんだ」
「そうだな、あの監督は教え子だけじゃなくサッカーに携わる全ての人を侮辱してしまったんだ」
でも俺は知っている、これは氷山の一角なのだと。
「俺はここに来る前のコーチの研修でハッとさせられたテーマがあったんだ。」と司。
「なんだよ、それ」
「体罰とドーピングの問題だ」
「体罰とドーピング?どういう関係だそれ?」
「端的に言うと、体罰ってのは効果があるんだよ。」
「…………ああ、知ってた」
思い当たるシーンは幾つもある。
俺ではなくて対戦相手で……緩いプレスをかけてた相手がハーフタイムに監督にビンタされて後半死に物狂いで来た奴とか、横っ面を張られた直後、ゴール前のボールに頭から突っ込んでゴールを決めた奴とか……
俺は幸いにもそういう指導者には巡り合わなかったが、俺の周りでは多くのプレイヤーがそういう指導者の下で体罰を食らったという話を嫌って程聞いてきた。
そして、その大半が、それでも、暴力を振るった監督には感謝もしているとも言ってるんだ……
そう、体罰は効果があるのだ。それは歴史が示している。あの湘南や鳥栖のパワハラ問題。そしてその問題が明るみに出る前まで成績は上がっていたのだ。
しかも湘南はその監督でJのタイトルまで取っている。
体罰は効果がある。それはデーターにも表れているんだ。
「俺はその研修でなるほどと思った。これまでの研修では体罰に関しては頭から全否定した研修しか受けてこなかった。でも、その教授は言ったんだ。体罰は効果がある。そしてそれはドーピングと同じ類の効果だと……」
「ドーピングと同じ?」
「ああ、精神的なドーピングだ。肉体的なドーピングと同じで、その選手の将来と引き換えに、今の実力に上乗せしてるんだ。そして必ずその先取りした以上の利息を選手は払う羽目になる。
その研修ではそのデーターまで綿密に提示されていたんだ。俺は正直、体罰に手を出した指導者のことを他人事には思えなかった。
例えば、今日の試合勝てれば、優勝が出来る、もしくは降格を免れる。そう言った局面でもし俺にその選択肢が残されていた場合、絶対にそれを使わないという自信は俺にはまだない。お前はどうだ、神児」
「ごめん、そこまで突っ込んで考えたことは一度も無いんだ」でも、司に言われて初めて今考えることが出来た。
「だからこそ、俺はこのニュースを他人事ではないと思ってしまっているんだ。もし、その力を一回でも使ってしまったら、それによって成功体験を得てしまったら、次使う時は今までよりも確実にそのハードルが下がるだろう。
そして、どんどんと下がっていったその先に、この監督やコーチと同じ場所に立ってしまうんだ」
「そうだな、他人事ではないんだ。何かボタンを掛け違えてしまった俺や司かもしれないんだ」
人を教える立場に立つという怖さを俺たちはこの事件からあらためて学び取れた。
「ところで神児、お前罰走ってどう思う?」
俺は罰走という言葉を聞いて思わず顔を引きつらせてしまった。
ああ、高校、大学となんどその言葉を聞いたことか……
「司はどうなんだ?」
「俺はほら、ビクトリーズに入った時には既に膝がおかしくなってたし、監督やコーチも俺の膝の事は知ってたからな。幸いというか人生で一度もやったことは無い。お前は?」
「数えきれない程」俺は正直に言った。
「それで、お前は、お前の教え子に罰走をさせるのか?」
「いや、させたくはない」
「……そうか」
「司はどうなんだ?」
「……わからん」
「分かんないって?」
「そういう状況になってみないと分かんないんだ。でもな、神児、オシムはジェフの選手に罰走をさせてたぞ、知ってたか?」
司のその一言に俺は衝撃を与えた。あの、イビチャ・オシムが罰走を与えていた。
「そうだ、そして、ジェフは強くなった。間違いなくあの時期」
「…………」
「俺はそれを知ってから分からなくなったんだ。体罰はもちろんいけない、それは十分わかっている、そしてそれと同じカテゴリーの罰走もだ。
そういう風にずーっと思っていたが、その事を知って、そして、去年の神戸と大阪の試合を見て分からなくなった。おまえ覚えてないか?」
「ああ、覚えている」
問題のシーンはこうだ。神戸のカウンターが決まって、GKとの1対1になった。
その状況で、途中まで追っかけていた大阪の二人の選手が足を止めてしまったのだ。
確かにタイミング的には完璧に間に合わなかった。しかし、最初のシュートがポストを叩き、そのリフレクションがまたFWの足元に戻ってきたんだ。
もしその二人があきらめずにその選手を追っていたら、最初のシュートには間に合わなかったけれど、リフレクションした2回目のシュートには絶対に間に合っていたはずだ。
けれども、大阪の選手がそこで足を止めてしまったために、そのフォワードはシュートを打ち直し決勝点を決めることができたんだ。
「俺がもしその時の大阪の監督だったらその二人の選手に罰走を言っていたと思う」
司は言った。そして、「お前はどうなんだ神児」と。
「わからない」
これが俺の正直な答えだ。俺も未だにわからないのだ。
そう言えば罰走で思い出したエピソードがある。
中田英寿選手についてだ。
中田選手が中学2年生の時のエピソードで、その時の甲府北中サッカー部の監督をしていた皆川新一さん(後の日本サッカー協会のキッズプロジェクトリーダー)が練習試合の大敗にすっかり頭に血がのぼり、部員全員に50本のダッシュを命じたところ、中田選手は、「試合に負けた罰として走るのであれば、負けた原因は監督にもある。皆川さんも一緒に走ってください」と言ったという。
さて、もし、この相手がイビチャ・オシムだったら中田選手はどういう態度をとるのか興味はある。
「罰走かー。まあ、今のご時世、できないだろうなー。でも、私はイビチャ・オシムさんを生涯の師と仰いでおります。ゆえにオシム監督が行っていた罰走をわたしは信念を持って命じますと言ったらどういう反応を示すのだろうなー」と俺。
「うーん分からん」と司。
「まあ、けど、それはそれで興味はある」
もっとも、俺はビビりだからやんないけれどね。
そんな話をしながら夜は更けていった。
さあ、明日もサイクリングだ!!




