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フットボールのギフト ~底辺Jリーガーの俺がフットボールの神様からもらったご褒美とは~  作者: 相沢孝
第二章 あすなろジュニアユース(中学生)編
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プレジデントがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! その2


    挿絵(By みてみん)


 帰りの会が終わり、部活に向かうと、司の後ろには何故だかクラスメイト達がわらわらと付いて来る。


 そして、それに釣られて他のクラスの生徒達も、なんだ?なんだ?と付いて来る。


 『ハーメルンの笛吹き』か、お前?


 この子らみんなどっかに連れてっちゃうのか?


 そして司は、大名行列のように生徒を引き連れながら、八王子西中サッカー部に凱旋を果たしたのであった。


 その一部始終を見ていたひとりの生徒がつぶやいた。


「北里司が……来た、見た、勝った」と……って、カエサルかよ!!


 そして司はまだ一度も着ていないのに、既にサイズオーバーになってしまった八王子西中の白地に青い縁取りのユニフォームをパッツンパッツンにしながら部室に入ってきた。


 既に司が今日学校に来ていることを知っているサッカー部の皆さん。もちろん、2年生も3年生もだ。一瞬、部室の空気が重苦しいものになる。


 すると、「大変遅れて申し訳ありませんでした。昨日、主治医より、サッカーをしてもいいと許しが出ましたので、大至急でやってまいりました。初めまして、北里司といいます。八王子西中サッカー部の皆さん。どうかよろしくお願いします!!」と随分と芝居がかった立ち振る舞いで深々と頭を下げる司。


 なになに、これから「義経千本桜」でも演じるんすか?


 一瞬で場の空気を持ってってしまった司。お前にとっては初対面の人ばっかかも知れないが、実はここにいる大半の人は既にお前のことを知っている。


 しかもほとんどの人が、去年のビクトリーズ戦でのお前の活躍を見ていた人達だ。


「ああ、そんなに、緊張しなくてもいいよ」と主将の神谷さん。


 そして、「そう言えば、ビクトリーズの方はいいのかな?北里君」と気を使われる。優しい世界。


 まあ、ここにいる全員が、ビクトリーズのジュニアユースを蹴っ飛ばして、ここに来ているのを知っている。


「もう膝の方、本当に大丈夫なの?北里君」と副キャプテンの立花さんも聞いてくる。


「はい、もう、大丈夫です。球拾いでもなんでもやります」と殊勲な司。嘘つけ!!


「あっ、球拾いとかはいいから、じゃあ、早速、アップでも始めてよ」と司にボールを渡す神谷さん。


 司は上級生に連れられてグラウンドに来ると、「じゃあ、とりあえず、ここらへんでアップでもして」と……


 そこから、司の曲芸まがいのリフティングが始まった。


 あちこちから「うめー」だの、「やっぱビクトリーズからスカウトされたのは本当だったんだー」だの、「なんでうちのクラブにいるの?」だの、そんな声が聞こえてくる。


 言っとくけど俺も、今、司がやったことくらいはできるんだからね!!


 その様子を見て、「リフティングって別にサッカーにはあんまし役に立たないけれど、サッカーを知らない人間を黙らせるには一番手っ取り早いんだよな」と以前、司が言ってたことを思い出す。


 ギャラリーの皆さん、あなた方は司に馬鹿にされてますよ。こいつ結構腹黒いんです。 


 すると、「神児ー、ちょっとアップ付き合えー」と司が言ってきた。


 どうやら、以前ハチスタでやった、ボールを落っことさないパス交換がご所望らしい。


 司はリフティングでボールを浮かせると、器用にインステップでボールを蹴り抜いた。


 糸を引くような美しい軌道を描きながらボールが飛んで来る。コースもスピードも文句無し。ミスったりなんかしたら後で何言われるか分かったもんじゃ無い。


 俺は幾分プレッシャーを感じながら、それでも正確に胸トラップで収めると、2、3回リフティングをしてから司に返す。


 途端に、教室から付いて来たギャラリー達がどよめき出す。


「ああ、これ、プロで見たやつだー」とか、「いや、プロよりも上手なんじゃないの?」とか……まぁ、一応プロだったんですけどね。


 今度こそはこいつよりも長く続けさせてやろうと思ったのに、逆に変な力が入ったせいか、10回目で失敗してしまった。くやちい!!


 おまけに司の奴、「大丈夫、神児、リラックス、リラックス」とか言ってきやんの。


 なあ司、お前は一体どの立ち位置からそういってんだよ!?


 悔しくで血の涙が出てきそうだよ!!


 一通りのアップを済ませると、既に司はギャラリーの大半をアップだけで魅了してしまった。なんか納得いかない!!


 さらに、その後のパス練でも、一対一でも、ミニゲームでも、その才能をいかんなく発揮する司。デブのくせに思いのほか動けて、俺の方がびっくりだよ!!


 そして、デブのくせに妙にサッカーが上手いと、それだけで人目をつく。ほら、ポール・ガスコインとかレアルの時の元祖ロナウドとか妙に人気あったじゃん。


 もっとも、そんな司にも、コイツの事をあまりよく思ってない人もいることはいる。


 その筆頭が3年生の大城さんだ。


「天才だか、ギフテッドだか、分かんねーけど、いるじゃん、小学校の時だけの天才少年ってやつ、実際、ほんとに才能があったらこんなとこにはこねーって。それに中学の部活サッカーなめんなよ!!」って言ってたんだよねー。


 事前に司にはその事は伝えていたのだが……事件は司がサッカー部にやって来て1時間程経ったところで起こった。


 ゲーム形式になって、CBの立花さんから右SBサイドバックの大城さんにパスが通った瞬間、「ちがーう!!」とピッチ全体に響き渡る声で司が叫んだ。


 雷を打たれたように、立ち止まる八王子西中イレブン。めんどくさいんで、以後、八西中と言いますよ。


 すると、ピッチ横のパイプ椅子に座っていた司が猛然と立ち上がり、立花さんに向かって歩いていく。


 ってか、司、その椅子、監督の座る椅子なんだけれど、お前何勝手に座ってんだよ。しかもさっきまで偉そうに腕組みまでしてたよな。


「ど、ど、ど、どうしたんだ、北里」と完璧にビビっちゃってる立花さん。


 すると、「立花さん!!、もっと、丁寧にパスを出さなきゃ、ダメじゃないですか。ボールに変な回転かかって、大城さんが上手くトラップできてないですよ」と。


「丁寧なパスって?」と司に質問する立花さん。


 ちなみに立花さんは司よりも背が低く体も二回りは小さい。ピッチの外から見ると、この状況、監督に叱られているようにしか見えない。


 司は大城さんからボールをもらうと、「こうです」と言って、バックスピンのかかったきれいなインサイドキックのパスが大城さんの足元に入る。

 

 例の足元に届く直前にバックスピンが掛かり、すっぽりと収まるパスだ。


 フットボールを少しでも齧った者ならば、一瞬でその凄さが分かるパス。どんなにリフティングが上手でも実際のプレイがお粗末だったら話にならない。


 事実、先ほどのサーカスまがいの司のリフティングを冷めた目で見ていた大城さんは、今の司のたった一本のインサイドキックで顔色が変わったのだ。


 そして、立花さんも司の出したパスをまじまじと見る。


「ねえ、北里君、今のキックどうやったの?」


 するとそこから司のレッスンが始まった。


「立花さん、膝をもっと落として」、「そうそう、ボールを蹴る瞬間まで体は脱力して」、「上手上手」と、ものの2、3分で立花さんのインサイドキックの質をガラリと変えてしまったのだ。


 しかも、「この練習、フリッパーズも取り入れてますから、ウォーミングアップの時に取り入れた方がいいですよ」と、今後のメニューについてもアドバイスをしてくる始末。


 すると今度は、「大城さーん」と言いながら、膨らんだ体をぼよんぼよんさせて大城さんのとこに行くと、「大城さん、さっきのトラップもう一回見せてください」と司。


「お、おう」と言って、既に司の言いなりになってしまった大城さんは、立花さんの出したパスをトラップする。


「あ……トラップしやすい」


「でしょー」と司はにっこり笑う。「でもねー」


「でもって、なんだよ」


「大城さん、悪いんですけれど、立ってる位置とトラップの方向が違うんですよ」と司。


「な、なにが違うんだよ北里?」


 たった一本のパスで、それまで司に対し反感を覚えてた大城さんの心をつかんだ司。北里司のレッスンが始まる。


 すると司は、「右サイドバックの立ち位置はライン際まで張らないで、あと、1.5m内に絞ってください」と、極めて具体的な指示を出す。


「1.5m内?」


「はい、そうです」と司。


 そうして、今までよりも1.5m内側に立つ大城さんと司。


 そして、「立花さーん、もう一本パスくださーい」そう言って両手をあげてジャンプする。ついでに膨らんだお腹がボインボイン。


「じゃあいくぞー」と立花さんがパス。すると司は、自分と自分の背後のタッチラインの間にボールを落とした。


「違い、分かりますか?大城さん」と司。


「あっ、ああ」と大城さん。


 さっきまでの大城さんは、タッチラインいっぱいに張り出し内側にトラップをしたのに対し、司はタッチラインから1.5m内に入り、自分とタッチラインの間にボールを置いたのだ。


  挿絵(By みてみん)

(サイドバックのボールの置き方)


 そして、「大城さん、これ、できますか?」と司。


「馬鹿にすんなよ、北里、このくらいできるわ」そういって、立花さんからパスを要求すると司と同じようにトラップをする。


「うん、上手い、上手い!!」と満面の笑みで大城さんを褒める司。年下からとはいえ、これほどの笑顔で褒められたら嫌な気分はしない。


「そ、そうでもねーよ」と謙遜しつつ、ちょっと照れくさそう。


 すると、司は大城さんの背後に立ち、「どうですか、大城さん」と聞いてきた。


「なっ、なにがだよ」と大城さんは返事をする途中で「あっ!」と声を上げた。どうやら何かに気付いたらしい。


「大城さん、CBからパスが入り、ここにボールを置くと、縦のスペースが空きます。このまま一気に上がってもいいし、ほら、見てください」


 そういって、司はフォワードの高橋さんを指さす。ずーっとピッチの上で立花さんや大城さんへのアドバイスの間中、待ちぼうけを食らっていた高橋さんは、やっと、お呼びがかかったと、嬉しそうに手を振っている。


「すいませーん、高橋さーん、大城さんにボールが入ったら、少し開いてくださーい」そういって、高橋さんの位置を動かすと、大城さんの方を見てニッコリ。


 そして、「ほら、高橋さんまでの、縦一本のパスコース、見えるでしょう」と。


 目から何枚もの鱗が落ちたような顔をする大城さん。


 「こういうことだったのか……」と思わずつぶやくと、「いや、あのさ、北里、俺、いつも思ってたんだよ。立花からボール渡されても、敵のボランチやハーフからのプレスが来ると立花に戻すか、苦し紛れのロングボールくらいしか選択肢がなくてさ……」


 そう言うなり、「おーい、立花、もう一本」と、大城さんはその感覚をすぐに自分のモノにすべく、立花さんにボールを要求する。そして「うん、うん、うん」と大切な何かを実感する大城さん。


 すると司は「ついでに、そこにちゃんとボールを置けると、敵のプレスをかいくぐりやすくなりますし、プレスが入ってくると、今度はコースが開くんですよ」と。


 このポジショニングでのトラップのメリットを分かりやすく言語化して大城さんに伝える。


 指導者としての完璧な立ち振る舞いだ。こういうところは俺も参考にしなくてはいけない。


 さらに司は、ボランチとIHインサイドハーフの位置にいる先輩方に声を掛けボールに寄せてもらうと、確かに右サイドバックからのコースがいくつも見える事を確認させた。


 視覚と言葉でこれだけ丁寧に説明されては、司のフットボーラーとしての資質に疑う余地など残されていまい。


「うん、うん、これ、すげーや」と、ものすごい手ごたえを感じている大城さん。すでに司を見る目がガラッと変わってしまっている。 


 そして最後に、「立花さーん、立花さんのパスからうちのチームのビルトアップが始まるんです。丁寧に、そして意志を持ったボールを渡してください」と念を押した。


 立花さんも「うん、分かった」と拳を上げる。


 もう、指導者として100%の完答です。


 そしてその直後……「神児、ちょっと来ーい」と何やら北里上司はおかんむり状態。


「な、なんだよ、司、いきなり、そんな声出して……」と、ちょとばかしビビる俺。


 すると、「おまえ、知ってたろ」と司。


「な、なにがですか?」と、直属の上司からの詰問にどもる俺。


「俺が今言ったこと」


「ま、まあ……」と、確かにこれはビクトリーズに入ってサイドバックの練習でいちばん最初に習ったことだった。サイドバックとしてのボールの置き方とその立ち位置。


 フットボールとはたった一つの立ち位置によって局面が大きく変わり、プレーの選択肢も千差万別になるという話だ。


「なぜ、教えてない」


 ヤバイ、これ、完璧な上司の顔になってる。


「あっ、いや、俺、ちゃんと言ったよ」……でも、ほら、上級生にあれこれ指図するのって、ちょっと気まずいじゃん。


 すると……「言っても出来て無かったら、意味ねーだろーがよ!!」と。


 えっ、まさかの、俺に雷ですか?


 尚も司の説教は止まらない。


「おまえ、何のためにここに半年以上いたんだよ!ビクトリーズで覚えたこと、ちゃんと伝えるのがお前の役目じゃねーのかよ!!」


「ご、ご、ごめんなさい」


「お前が、覚悟持ってアドバイスしてたら、大城さんや立花さん、もっと前の試合でこの技術、使えたんじゃねーのかよ」


 ……たしかに。実は今の3年生は、先日の地区予選のベスト8で敗退してしまい、ここにいるみなさんは、今月いっぱいで部活を引退することになっているのです。


 もっとも、それでも今残っている三年生は半分くらいで、残りの人たちはもう受験勉強に取り掛かっていた。


「ピッチの上に立ったら、歳が上とか下とか関係ーねーんだよ。その程度でビビってるくらいだったら、さっさとサッカーなんかやめちまえ!!」と周りを威嚇するような司の怒声。


 ああ、分かりましたよ、上司。さては俺を出汁に使って、先輩達を言いなりにさせるつもりですね。


 分かりました北里上司。不肖ながら鳴瀬神児、あなたの忠実な部下として、この作戦に乗っからさせていただきます……くっ、くやちぃー!!


「まあ、まあ、まあ、司君、落ち着いて落ち着いて」と、神谷さんがどうにか司を宥めてくれる。


「あっ、すいません、ちょっと感情的になっちゃって」と、わざとらしく頭を下げる司。その一挙手一投足が鼻に付く。


 おそらくここまでは全て奴目論み通りなんだろう。


 俺は一人、置いてけぼり……なんだか、とっても納得いかない。


 その後も、的確かつ完璧なアドバイスをし続ける司。


 終いには、上級生が司のことを「北里さん」呼ばわりして、助言を求めてくる始末。


 そして、そのアドバイス一つ一つに懇切丁寧な対応をする司。


 結局、司は、たったの一日で、八西中サッカー部を完全に掌握してしまったのだ。


 宗教ってのはこうやって起こるのだと俺は実感した。


  挿絵(By みてみん)


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[一言] 教祖様で上司。 おっかねえ。
[一言] 反抗期が誰もいないキセキのサッカー部やな…
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