私を沖縄に連れて行って その4
与那林道を下り切る直前、山原の森の隙間から青い海が見えた。
ここからでもキラキラと水面が光るのが見える。
KOM(山岳賞ポイント)を過ぎてから与那林道を下り終えると、補給ポイントを過ぎ国頭東線を左に曲がる。
司は付いてきているのか?
俺は見晴らしの良い直線で振り返ると、確かに30m後方に司がしっかりと付いてきてた。
すると司はスルスルと俺の前に出て「付いてこい」とハンドサインを出す。
司の駆るシルバーのCANYON ULTIMATE CF SL9.0が沖縄の太陽を浴びて鈍く光る。
どうやら与那林道の昇りを俺がずーっと引っ張って来たそのお返しらしい。
そんなに登坂が得意じゃないくせに俺に借りを作るのが嫌みたいだ。
まっ、そういう訳なら、遠慮なく引っ張ってもらおう。
与那林道の昇りが終わったとは言え、コースはこれからも、しばらくの間アップダウンが続いていく。
その上、それが終わったと思ったら二度目の与那林道。体力を少しでも温存できるのならそれに越したことは無い。
それに虎の子の Lightweight Meilenstein Obermayerの性能にも興味はある。
俺のBORAよりも500gも軽い、前後の重量1kgを切る、別名ドーピングホイールの底力とやらを見せてくれ司。
山原の森を抜けると、名物の巨大な風力発電の風車が俺達を出迎えてくれた。
俺達は沖縄本島最北端の辺戸岬へと向かう。
……再び、一カ月前、
俺は沖縄についたその日の夜、ベッドの上からピクリとも動かないまま司に文句を言った。
「どういうつもりだ司、言っておくけど俺はリハビリ明けだぞ!!」
悔しいかな、ベッドに突っ伏したままピクリとも動けない。
「もちろんそんなことはお前に言われなくても十分に分かっているぞ」
そう言いながら司はノートパソコンを立ち上げ何やらメールを打っている。
「じゃあ、なんなんだ、今日のメニューは。こんな高負荷のサーキットトレーニング、ケガする前だって滅多にやって無かっただろうが」
思い出しただけでも吐き気がする。
ダッシュダッシュ、スクワット。
ダッシュダッシュ、ニートゥーエルボー。
ライイングバックエクステンションからのダッシュしてモモ上げしてからのマウンテンクライマー。
うっ……ちょっと吐き気が。
キャプ翼の歌じゃあるまいし、本当にいつか決めるぜイナズマシュートだよ!!
エロエロエロエロ~、ちょっとトイレ……
トイレから戻ってくるとニッコリと笑って司。
「大丈夫だよ、神児、どんなに高負荷なトレーニングをしても、沖縄の極上の砂浜が肉体の衝撃を全て吸収してくれる」と……
やっぱりな。沖縄に行くというからには何か裏があったと思ったんだ。
それから司は俺が聞きもしないのに自らの理論を滔々と述べ始めた。
曰く、昭和の時代からアスリートの中には砂浜で走り込んで大成した選手が数多くいるという。
経験者曰く、砂浜をランニングすることによって粘り強い足腰が作られるという話なのだが、司の見解はちょっと違う。
ランニングすることの弊害は以前にも述べたが、着地の際の衝撃により赤血球が壊れる(いわゆる溶血というやつだ)『スポーツ性貧血』がネックとなるのだが、砂浜を走る際には砂がクッションとなってそれが起こらない。
その上、膝や足首の関節にも優しく、純粋に筋力だけに負荷を掛けられる極めて理想的な環境らしいのだ。
さらに、筋肉が熱を持ったらリカバリーですぐに海で泳げるために願ったりかなったりなんだってさ。
へー、よかったねー……でっ!?
どうやら、関沢先生と連絡を取って随分と細かくトレーニングメニューを作っていたらしい。
それに司自身も、長年の疲労の蓄積により、故障とまではいかないが左膝と右の足首があんまし調子よくないらしい。
それをこの沖縄でしっかりとメンテナンスをしたいのだそうだ。
はーん……だったら、最初っからそう言っておけよ。
こっちにも心の準備ってもんがあるだろうが!!
せっかくのバカンスを心の底から楽しみにしていたのに……すると、「まさか、お前、車椅子の上で散々休んだ挙句、まだ休み足りないなんて言うつもりはないだろうな」と相変わらず人の心を勝手に読む上司。
「そんなわけ、無いじゃないですか」
俺はギリギリと歯ぎしりをしながらそう答えた。
と、その時ふと脳裏に疑問が沸き起こった。
「ちなみに司、お前のその御大層な理論とやらがもし間違っていたらどうするんだよ」と俺。
すると……「もし理論が間違っていたとしても、お前の体がパンクするだけだから俺の事は気にするな。じゃあ、明日もよろしくな、神児」
「………………」
ガッテム!!




