私を沖縄に連れて行って その1
「1・2・3・4・5・6・7・8」とダンシングをしながら俺。
「2・2・3・4・5・6・7・8」とシッティングをしながら司。
俺達は今、与那林道の頂上めざしアタックを掛けたところだった。
「3・2・3・4・5・6・7・8」とシッティングをしながら俺。
「4・2・3・4・5・6・7・8」とダンシングをしながら司。
勾配10%を越えるタイトな上り坂。
俺達は一瞬の死角を利用して、集団から抜け出す。
「5・2・3・4・5・6・7・8」とダンシングをしながら俺。
「6・2・3・4・5・6・7・8」とシッティングをしながら司。
大腿四頭筋に乳酸が溜まる。
ハンドルに付けられたサイクルコンピューターからは心拍数が180を越えたとアラーム音が鳴りっぱなしだ。
でも、まだいける。
「7・2・3・4・5・6・7・8」と歯を食いしばりながら司。
「8・2・3・4・5・6・7・8」とありったけの力を振り絞りながら俺。
ツール・ド・沖縄2016。
俺達は頂上を目指していた。
…………二カ月前、
「よく頑張りましたね、これで治療は終わりですよ」と南海大医学部付属病院整形外科の鈴木先生。
まあ、俺の主治医ってやつだ。
「ありがとうございます」と深々とお礼をする俺。
「大丈夫ですかね、念のためMRI撮っといた方がいいんじゃないですか?」と横から口をはさむ司。
「まぁ、大丈夫ですよ。これだけ慎重に治療とリハビリをして来たのですから。もし、何かありましたら、また連絡をください」とニッコリの鈴木先生。
「だから、もし、何かあったら困るんですよ」とビキビキと額に怒筋を浮かべながら司。
チョイ、チョイ、チョイ、チョイ、司、司。穏便に、穏便に行きましょうよ、ね。波風立てずに、平和が一番ですよ。
……15分後、
俺達はいつの間にか診察の後のルーティンになってしまった大学の裏手にある31(サーティーワン)アイスクリームでいつものようにアイスを食べる。
司はいつもの大納言小豆と抹茶、俺はラムレーズンとチョコレート。上司、ゴチになります!
ラム酒の香りが仄かに香るレーズンが溜まらない。ストロベリー系のアイスも好きだけど、こういう大人の雰囲気のアイスも好きなんですよ!!
「なーんか、いまいち信用できないんだよなー、あの先生。『なんかあったら連絡ください』って。だからなんかあってからじゃ遅いんだよ!!」と相変わらずプンプンしながらの司。
「いや、まあ、そんな重いケガじゃないんだし、サッカーやってたらハムストリング痛めるのなんてよくある事だろ」と司をなだめながら俺。
「お前、ハムストリングのケガなめんなよ。アレ癖になってキャリア棒に振った選手何人も見てきてるだろ!!」と唾を飛ばしながら司。
ちょっとやめてくださいよ。アイスに唾が付いちゃうじゃないですか。
まぁ、自身の怪我の経験もあってか、こちらの世界に来てからというものケガに対しては人一倍神経質になった司。
今の心配性のその何分の一かでも前の世界の自分の怪我の時に気遣っていたら、こいつのサッカー人生は違っていたのだろう。
「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」と言ったのは確かドイツの鉄血宰相ビスマルクだったっけ?
愚者は愚者なりに二度目の人生ではいろいろと頑張っているのだ。
まあ、でも、予定よりも早く怪我が完治したのはこいつのお陰と言っても過言ではない。
それこそ、7月の末にケガをしてからの一カ月半、殆ど付きっ切りで俺の付き添いをしてくれて、おまけに車椅子まで用意してケアをしてくれたのだ。
俺は「なんなら、松葉杖でも大丈夫だし、痛みが引いたら自分で歩けるからいいよ」と何度も言ったのだが、頑として司は、「お前の怪我が治るまで俺がつきっきりで面倒見る」と言って聞かないのだ。
「大体、下手な歩行のクセなんか付いて体幹のバランスが崩れたら、それ修正する方が時間かかるんだぞ!」と脅されてしまい結局、司の言うがまま。
最後の方なんか、遥が変な目で見てたぞ。俺達の事。
この前なんか、「神児、あんたもう、普通に歩けるわよね」とか言われちゃったもん。
まあ、でも、司のいう事も分からんでもない。
怪我をした左足を庇ううちに逆の右足を痛めてしまうなんて、スポーツの怪我ではよくある事だし、なによりも、司自身がそれで痛い目にあっているのだ。
でもなぁ、司。ホント怖いから「神児、バランスよくするために右足のハムストリングもちょっと切っておくか」とか、冗談でもやめてくれよ。
顔が笑ってないんだよ。
それにお前と二人っきりになった時、「そういや、神児、昔、広島に前田智徳っていう、あのイチローさんが天才と認めた不世出のバッターがいたんだけれど、ケガで右のアキレス腱を切った時に『このままだったら左右のバランスが崩れて打撃が狂ってしまいます。お願いですから先生、左のアキレス腱も切ってください』ってお願いしたんだってさ。すごいな、そこまで野球に自分の人生の全てを捧げられるだなんて……尊敬するよな、神児」と言った時のおまえの顔、俺は一生忘れないからな。
ほんと、どこぞの死神博士かと思ったよ。




