真夜中のフットボール その1
俺は住宅街の一角にある、ちょっとおしゃれな洋館風の家の前に立っていた。
手入れが行き届いた庭には、スイトピーやナデシコが咲き、時折キンモクセイの香りが鼻腔をくすぐる。
俺はいつものように、門扉の横についているインターフォンを押した。
すると、いつものように、司のお母さんが出てきた。
「こんにちは、鳴瀬です。司君いますか?」
「ああ、神児君、いつもありがとう。司は、その……部屋にいます」
気まずそうなお母さんの返事。
でも、俺はそんなことにはまったく気付かぬように、能天気な男子中学生を演じる。
「学校のプリント持ってきたんで、司君に渡しに来ました」
「ありがとうね、神児君、今開けますから」
司のお母さんはそう言うと、オートロックの鍵がガチャリと開いた。
玄関に入ると、相変わらず、気まずそうなお母さん。
「これ、今日学校から配られたプリントです」
そう言って司のお母さんにプリントを渡す。
「ごめんなさいね。司、まだ、自分の部屋で寝てるの」
そういうと、司のお母さんは、ふーっとため息をついた。
俺はちょっと、緊張しながら、
「あの、よかったら、司君に会いに行ってもいいですか?」
と司のお母さんに尋ねた。
すると、司のお母さんは申し訳なさそうに、
「ええ、よかったら、是非……」と言った後、 気まずそうに伏し目がちになると「ゴメンね、いつも、……神児君」と言った。
俺は司のお母さんに会釈してから、階段を上がっていく。
二階に上がると、俺は司の部屋の前に立ち、コンコンコンとドアをノックした。
「………………」
やはり、反応がない。
司の家に来る前に、念のため携帯を入れたのだが繋がらなかったのだ。
きっとまだ寝ているのに違いない。
もう、夕方の5時だぞ。俺は心の中で思わず毒気つく。
実は司は、二学期に入ってからまだ一度も学校には来てなかったのだ。
俺はもう一度ドアをノックする。
「だれー」と気の抜けた司の声がした。
「俺だ、神児だ」俺は声を上げる。
そして、司の部屋のドアを開けた。
むわっとした陰湿な空気が体を包み込む。汗のにおいも混ざっていた。
真っ暗な部屋の中は散らかったまま、カーテンの隙間からはわずかに夕日の光が漏れていた。
ったく、せめて空気の入れ替えくらいしとけよ……と、独り愚痴る。
足元には布団にくるまったまま、もぞもぞと体を動かす司がいた。
2009年10月、俺たちは13歳になっていた。




