楽しいトゥーロン、愉快なトゥーロン その2
「んっ、なんだべ?翔太からか」
司はそう言いながらラインを開くと……スマホの画面から顔文字の泣き顔が見えた。
なんだか、嫌な予感が…………と、次の瞬間「ふあああああー」と司が声を上げ、珍しく取り乱している。
「ど、どした、司?」
すると司は口をパクパクさせながらLINEが開いたままのスマホを俺に渡した。
んっ?どれどれ。
みるとそこには顔文字の泣き顔とたった一言。「膝やった」と……
「ひっ、ひっ、膝だってぇぇぇー」思わず叫び声をあげる俺。
「ひっ、ひっ、膝だぁぁぁぁぁー」と司。
「「「なっ、なんだってー!!!」」」とみんな。
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――30分後、
翔太の部屋には春樹と陽菜ちゃんを除いたメンバーが集合していた。
「で、膝って何やったんだ?」と司。
「いやー、一昨日クラブの練習で膝をぶつけて痛みが引かないから病院行ったら……」と翔太。
「右ひざ前十字靭帯の損傷で全治5週間だって」と付き添いで一緒に病院に行っていた莉子が。
「ぜ……全治5週間か」と俺。
「靭帯切ったとかそう言う話じゃないんだな」と司。
「うん、単なる打撲かと思ったらけど、ちょっと痛みが違ったんで念のため病院行ったんだ。そしたらいろいろ検査されて靭帯損傷で全治5週間だって」と翔太。
とりあえず、一同ほーっと一安心。オリンピックにはどうやら影響はなさそうだ。
こんなところで日本のエースがいなくなったりしたらチームにとって大打撃だ。
「で、監督はなんて?」
翔太が軽傷だと知って一安心した司はすぐにトゥーロン国際の方に意識が回っていた。
「うん、代わりに甲府の伊藤君を招集するって」
「甲府の伊藤って、あのハマの稲妻の?」
「ハマの稲妻?」と首を傾げる翔太。
「ああ、そうだ。ハマの稲妻の伊藤さんだ。昨シーズンの途中から特別指定で甲府に行って右ウイングをやっている」と司。
去年の総理大臣杯で戦った伊藤さんか。
俺達がやって来た2022年では、右サイドから攻撃を引っ張っていた森ジャパンの大黒柱だ。
そうか大久保さんや浅野さんのイメージが強かったけれど、伊藤さんもリオ五輪では代表候補だったのか。
ここにきて2022年の森ジャパンのメンバーが続々と集まってきているU-23日本代表。そう言えば、鳥栖の釜田さんも呼ばれたんだっけ。
「くやしいなー」と寂しそうにポツリとつぶやく翔太。
「まあ、そういいなさんなって。ここで無理してオリンピックに影響が出ちまったらそれこそ取り返しがつかないぞ」と慰めるように司。
「まあ、リーグ戦でも忙しかったんだし、いい休みが取れたってポジティブに考えた方がいいって」と俺。
「でも、やっぱ悔しいよ」と翔太。
「まあ、悔しいのは分かるけれど、この怪我で翔太君がオリンピックの代表から外れるなんて誰も思ってないのねー」と拓郎。
こういう時はこいつの周りの空気をほんわかさせる雰囲気のお陰でいくらか心が救われる。
「でも、やっぱ、悔しいよ司君。たとえ試合に出れなくったってチームの役には立てると思うんだよ」と思いつめたように翔太は言う。
「おいおい、そんなに無理すんなって。オリンピック本番まで3カ月だ。ここで無理して何になる」と司。
「だけど、僕だってサポートメンバーとしてチームに帯同すればいくらかみんなの役には立てるはずだよ。ぼなぺてぃー」
……おやっ?
「まあまあ、翔太。そんなに焦らんでもオリンピックは逃げへんって。もなむー」と優斗。
「いや、でも、このトゥーロンではオリンピックに出るポルトガルや前回金メダルのメキシコだって出て来るんだよ。まどまぜーる」
「もしもし、翔太?」
「だから、僕も、絶対におフランス……ゴホンッ、フランスに行かなくちゃ……しゃるるどごーる」
「もしもし、翔太?」
ふと翔太の部屋を見ると『最新版おフランスの歩き方』やら『パリでの会話術』やら『パリのお土産マップ』やら観光客御用達のガイドブックがそこかしこに取っ散らかっている。もしもし、翔太?
すると司も何かを悟ったのか、ポケットからスマホを取り出しグーグルマップを開き、「ところで翔太?トゥーロンってどこにあるか知ってるか?」
「うぃ?」
――3分後、
「うん、僕やっぱり、神児君の言う通り、オリンピックに向けて全力で膝の治療を最優先する事にしたよ」と吹っ切れたような顔の翔太。
「………………」
「………………」
「はーい、撤収ー、撤収ー」
遥さんの鶴の一声で我々一同は翔太の家を後にした。お大事に。
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――翌日、
「……と、まあ、そんなことがありましてねー」
俺は部室で室田さんと話をする。
「ったく、しょーがねーな、翔太の奴。まあ、今回の大会は真剣勝負って言うよりも、サブ組との融合って意味合いが強いからなー」
「そういや、室田さん、骨折の具合はどうですか?」
俺はそう言うとギブスの取れた室田さんの足を見る。
「ああ、おかげさまでギブスも取れたし、来月にはボールも蹴れそうだ。オリンピックも大丈夫そうだよ。まぁ呼ばれるかどうかはわかんねーけどな」とニヤリと笑う室田さん。思わず背筋がゾクッとする。
「そっ、そんな室田さんが呼ばれない訳ないじゃないですか。大丈夫ですよ。怪我する前までU-23ではDFラインの要でしたし」
「まぁ、だったらいいんだけれどなー。ってそうそう、オーバーエイジ枠の事なんだけれどさ、お前なんか聞いてる?」
「……さぁ」
そうなのである。そういやオーバーエイジに誰が来るかによっては俺や室田さんも結構当落線上になるかもしれないのだ。そういや前の世界では誰が呼ばれたんだっけ?
「まあ、翔太の気持ちも分からなくはないわな。フランスなんてめったに行ける国じゃねーし、あいつも初めてだったんじゃねーか、フランス行くの。もんさんみっしぇる」
…………んっ?
「室田さんもフランス行ったことないんですか?」
「ああ、残念ながらな。ヨーロッパにはあんまり縁が無いんだよ。不思議と。そういやポルトガルはどうだったよ神児?とぅーるだるじゃん」
「まっ、まあ、普通ですよ。試合やって、オフの日はホテルの周り歩いたくらいですし」
「そ……そうかー。まあ、でも、手師森監督、サポートメンバーの事とかなんかいってたか?ほら、なんか手伝えることとかあったら……なんて、さ。えとわーる」
「…………」
ふと、机の上に置いている室田さんの手荷物を見てみると、テキストの間に挟まるように、『まっぷる 花の都パリ編』が……室田さん、あなたもですか。
意を決した俺は、室田さんに話しかける。
「そういや、室田さん、試合をやるトゥーロンってどこにあるか知ってますか?」
すると、首を傾げる室田さん。
「いや、パリの近くか?神児、むーらんるーじゅ」と興味津々の室田さん。
そうして俺はポケットからiPhoneを出してグーグルマップでトゥーロンの場所を教える。
――1分後、
「やっぱ、今の俺がやるべきことは、この足の怪我を完璧に治すことだと思うんだよ。お前もそう思うだろ神児。せぼーん」
「………ですね」




