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フットボーラー補完計画 序 その4

「どうだ、優斗。これが『まぼろしの左』だ」と司。


「ま……まぼろしのひだり?」と優斗。


「まぁ、滅多に決まらないから『まぼろし』なんだけれどな」そう言うと、クックと自嘲気味に笑う司。


 ま……『幻の左』か……ネーミングセンス無し夫のくせしやがって、結構かっちょいいじゃねーか。少なくともトルメンタの時の『ぐるぐる』よりはマシだな。ぐぬぬぬぬ。


 いつの間にかギャラリー達の間にも「あれが、『幻の左』か……」とヒソヒソと囁き合っている。


 まあ、それくらいキャッチーな名前だ。


 ふんっ、どうせお前の事だ、きっと寝ないで考えてたんだろうが……クソが!!


「じゃあ、優斗交代」


 司はそう言うと優斗にボールを渡した。


「えーっと……」優斗はそう言うとボールとゴールを見る。


「立ち位置はさっきの俺と同じ。ってか、よくあるパターンだろこれって」


「うっ、うん」


 確かにこのシチュエーションは試合中本当によく見るアレだ。


 大体はここから縦に抜けて内に折り返す。ウチのお得意の得点パターンと言ってもいい。


 まあ、どのチームでもよくやるよね。筑波の三苫君なんかはここからスラロームして利き足のアウトサイドでボールを出すのが得意だし、司はここからカットインして外を巻くシュートを打つ。


 ちなみに翔太の野郎はこの前のイラン戦、ここから外を巻くシュートとニア上ドスンを立て続けに決めやがった。


 マジスゲーな。あいつ。


「じゃっ、じゃあ、いくで」と優斗。


「おっしゃ、こーい!!」と俺。


 正直、日本代表の看板を背負っている俺としては、立て続けに点を決められるつもりなんか毛頭ないんだからね!


 ガチで行くぞ、優斗、ガチで!!


 と、次の瞬間、ゴール前左斜め45度の場所からエラシコを決める優斗。


 分かっているとはいえ、どうしても一瞬遅れる。


 そしてそこから一気にトップスピードに取ると……やべえ、司よりも速えーや、コイツ!!


 一瞬体を前に入れられると、そこからニア上にドスーンッ!!


 ……と、宇宙開発をする優斗。


 ヤッバ、完璧に体一つ分入れられちまったけれど……まあ、そう簡単には決められないわなあのコースは。


 すると、膝に手を付き悔しそうな顔をする優斗。


「うーん、イメージでは分かってたんやがなー」


「まあ、そう簡単にはあそこは決まんないのねー」と拓郎。


 確かに二人して内をしっかり締めてしまえば、シュートコースなんかまるで針の穴を通すがごとくだ。


「しっかし、酷なことをやらせるなー。司の野郎も。狙って蹴れるんだったら誰だってやるさ」と順平。


 すると、その一部始終を見ていた司は、「まあ、そんな感じだな。大体思ってた通りだよ優斗」そう言うとうんうんと納得する司。


「何が、思ってた通りなんや?」とちょっとムッとして優斗。


「あの体勢からあそこを決めるのは難しいってことだよ」


「……たしかに」


 そう言うとギュッとこぶしを握る。


「まあ、そう簡単に必殺のシュートなんざ手に入るものじゃないさ」


 たしかにねー。とそんなあきらめにも似た空気が辺りに広がっていく……


 が、「だがな、あそこまでボールを持ち込めるのは代表ではお前だけだぞ、優斗」と司。


「あっ!」と周りにいたみんなも声を上げる。


 確かに、ゴール前のあそこまでボールを運べるのは、チームでも……そしてU-23代表でも今のところ優斗だけだ。


 俺の知っている限りでは……筑波の三苫君だが、三苫君はこのところチームではボランチを任されていて、代表にもお呼びがかかってない。すると現状、左サイドでアレが出来るのは……


「やるで」と優斗。


 どうやら優斗も今の自分の置かれている現状が分かったみたいだ。


 司はニヤっと笑うと「とりあえず最初はエラシコはいいから、左斜め45度から走り込んで左足のインステップの感覚を高めていけ」と。


「うん」


「ニア上を蹴るコツとしては……体の軸を上に向けることだ」と通常ではありえない角度で体を上に傾ける。


 そういうと司はシュートフォームを優斗に見せる。


「うわ、めっちゃキツイわ、この体勢」


 通常の体勢よりも、20度くらい体の軸を上に傾ける。


 確かにこの角度だと体幹の筋肉にめっちゃ負荷がかかる。腹の奥に力を込め続けないとあっという間にバランスが崩れてしまうのだ。


「ここから、上に目掛けて……」


 そう言いながら優斗はボールを蹴るがなかなか上には上がらない。


「まあ、足首の角度を変えて蹴ってみるってのもアリだが、だが、そうやって蹴るとどうしても確率が悪くなるんだよなー」そう言いながら司は足首の角度だけ変えてインステップで蹴ってみる……が、ボールはゴールの枠を超えて宇宙開発。


「うんうんうん」


 周りにいるサッカー部のギャラリー達もうなずいている。みんなにも心当たりがあるのだろう。


「あとそれから……」


「それからなんや?」


「右足のシュートのフォームは絶対に崩すなよ」と念を押すように司。


「……あっ」と優斗。


 そうなのである。


 左足のシュートばっかしに気を取られてしまって、肝心の右足の精度が落ちてしまっては本末転倒だ。


 あくまでもこの『幻の左』とやらは、現状の稲森優斗というフットボーラーの能力に上乗せしなければ意味は無いのだ。


 そこら辺のバランスが本当に難しい。


 当りを強くするために筋肉をつけたのはいいが、それまでの持ち味だった一瞬の体のキレを失ってしまった選手とか、何かを得ようとして、その代償としてそれ以上のものを失ってしまった選手は古今東西枚挙にいとまがないのだ。キング・カズとか、キング・カズとか、キング・カズとか……


「というわけで、北里司の必殺シュート……もとい、『幻の左』教室は、今日の所はおしまいです」とそこでMCの大輔が締めの言葉を言った。


 パチパチパチとギャラリーから拍手が鳴る。


「じゃあ、撤収ー撤収ー」司はそう言うと部室に戻っていく。


 と、「うーん……」と何やら納得できない優斗。


「んっ?どうした、優斗」と優斗の様子に気が付いた司。


「いや、せっかく『幻の左』教えてもらったんやからもうちょっと練習したいなーと」


 うん、確かにまだ、ゴール前には大輔と拓郎もいる。


 まあ、もうしばらく優斗の練習に付き合ってやってもいいのだが……


 すると司は何かを思い出したように優斗の方に近づくと何やら耳元でごにょごにょごにょ……


 なっ、なんだよ、司の野郎、こっち見ながらニヤニヤしやがって……気分悪いなー。


 司と何かの打ち合わせが終わると、今度は優斗がニヤニヤしながらこっちに近づいて来た。


 そして……、「ほな、神児君、シュートの練習しよかー」と。


 ぜってー優斗の野郎、腹に何か隠しもってやがる。上等だ、ぜってー止めてやっからな。


 司の野郎に何か裏技でも言い含められたんだ。そう簡単に思い通りになんかなるもんか。


 優斗はボールを持って所定の位置まで下がっていくと、俺はいつものポケットの隅で待つ。


「ほな、行くでー、神児君」


 優斗はそう言うとにっこり笑いながら手をぶんぶん。


「おっしゃー、来やがれ、優斗、ぜってー止めてやっからな」


 俺は歯をむき出しにして威嚇する。


「では、稲森選手の2本目です」となぜだか大輔がまたもや仕切る。


 お前はいいんだぞ。さっさと部室に戻っても。


 すると……優斗は何かを思い出したように、「あっ、そや、神児君、ちょっと賭けせーへんか?」


「なっ、何をだよ」


 優斗にタイミングを外されてちょっとばっか気勢を削がれてしまった俺。


「ファミチキ代賭けようや」と優斗。


「ファミチキ代!?!?」


「うん、僕がこの1プレーでシュートを決めたら、今日のファミチキ代神児君奢ってや」


「ファミチキ代って……」


 ふと振り返ると拓郎がにっこり笑いながらうんうん頷いている。


「こいつの分も入ってんのか!?」


 俺はそう言いながら親指で後ろで構えている拓郎を指す。


「もちろんやで」そう言うとニッコリVサインの優斗。


 それか……司から言い含められてたことって??


 すると、「俺の分はー」とさっきから若干空気になっていた順平が物申す。


「ええでー、順平君の分もやー」


「俺のはー?」と大輔。


「ええでー、負けた方が三人分のファミチキ代払ったるでー」


 おいおい、段々と掛け金が大きくなってないか?


「おれもー」「おれもー」「おれもー」「おれもー」


 その場に残っていた部員たちがどんどんと乗って来た。


 おいおい、お前ら、リスク背負わないで美味しいところだけ頂こうなんざ調子よすぎじゃねーのか?


「じゃあ、俺も」と司。


「………………」


 というわけで、どういうわけだか、この勝負に負けた方が何故だかここにいるサッカー部員のファミチキ代を持つこととなってしまった。


 一体どうしてこうなった??


 まあ、でも、いいか。


 勝敗のルールは、「俺が抜かれたら」ではなく、「優斗がシュートを決めたら」なのだから。


 別に抜かれたってシュート決められなきゃいいんだもんね。


 そんな簡単にニア上の神コースなんか決められっかよ。


 俺は優斗に気付かれぬようにほくそ笑む。


 すると……「では、稲森選手の二本目ですっ!!」大輔が声を上げた。


挿絵(By みてみん)

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