ドライビング Mr.室田 その4
超満員のスタジアムですらピッチの端から端まで届く司の怒声が、この狭い『スーパーフットボール』のスタジオの中で響き渡ったのだからたまったものではない。
隣にいた俺なんか、耳がキーンだよ、耳がキーン!!ヤレヤレ。
尚も司は「決勝トーナメントの3試合を観て、どこをどう観たら、オリンピックでメダルなんて狙えると思ってるんだ、その目は節穴かー!!」と、とりあえずMCの川藤さんに噛みつくと、今度は右手で逆向きのVサインを作り、自分で自分の目を指すポーズをする始末。
ちなみにこのポーズって審判に対する最大級の侮辱的ポーズなんで、試合中にやったりしたら、一発でレッドをもらっちゃうからね。
よい子のみんなはマネしちゃだめだぞ。ハート
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もう、誰も何も言えやしない。
静寂が続くスタジオの中、司の説教だけが延々と続く。
「そもそも、1回戦でイランが前半早々の決定的なシュートを外してくれなかったらそこで終わってたんだよ」とか、「イラクに対して1勝2敗ってのがこのチームの紛れもない実力なんだよ」とか、「その1勝だって審判がハンドを見逃してくれたお情けで勝てただけじゃねーか」とか。
でも、「そのハンドを犯したのってアナタですよね」なんてもちろん誰も言えません。ハイ。
さらに、「決勝だって、あれは日本が勝ったんじゃない、韓国が勝手に自滅しただけだ」とか、「そもそも3バックの練習を一度もしてなかったなんて、一体どういう了見なんだ!!」とか、おいおいおいおい、司、司。
サプライズで登場する予定だった手師森監督、セットの隅で固まっちゃってんじゃねーかよ。可哀そうに。
司のマシンガントークは尚も止まらない。
「あんなお粗末なサッカーをしてて金メダルを取ろうだなんて自己肯定感の高さだけはワールドクラスだな」とか、「一度でも他の地区の予選を観たら口が裂けてもあんなことは言えやしまい」とか、耳を塞ぎたくなるような極めてまっとうで、返す言葉すら見つからない大正論を次から次へと大上段からぶちかます北里大魔神。
セル爺だってもう少し優しい物言いをするぞ。
そうして、最後は今回の優勝に対して、「こういうのを最悪の成功体験というんだ。反省する機会すら我々は失ってしまったのだ」というお言葉で締めくくっていただきました。ぐっすん。
やめてやめて、もうやめてよ。
ねえ司、これは祝勝会なの。
俺達がACL U-23選手権2016で優勝したお祝いの場なの。
連合赤軍の自己総括の場じゃないんだからね。
時代はラブアンドピースだよ司。
愛は地球を救うんだよ。
だがしかし、俺のこんなささやかな願いすらも司の耳にはまったく届かない。
そしてそこから一体何がどう悪かったのかを、一つ一つVTRで徹底的に検証し始めた司。
地獄はまだまだ終わりません。
「そもそも、ポジショナルプレーってのはなー……」
おいおいおいおい、今からポジショナルプレーの説明ですか?夜中の1時とっくに回ってんぞ。正気かお前!!
すると、川藤さんが「ぽじしょなるプレー?ぽぜっしょんの勘違いじゃねーの?」なんて今日2回目の地雷を踏む。
その途端「ポジショナルプレーも知らねえクセして、いっぱしの司会者面してんじゃねーよ。サッカー舐めてんのかおっさん!!」とものすごいカウンターが飛び出すと、「そんなことも知らねえから、韓国に好き勝手やられてるのがどれだけ危機的な状況なのか分からねーんだよ」と返しの右まで決まる始末。
まるで酸欠の錦鯉のように目をまん丸にして口をパクパクする川藤さん。
北海道の狂犬vs明和の大魔神の対決は圧倒的大差で明和の大魔神の勝ちなのだー。
すいません、後で楽屋に土下座しに行きます。
そう、韓国との決勝戦。韓国は完璧とは言えないまでもポジショナルプレーを意識したサッカーを展開していたのだ。いや、決勝戦だけではない。そもそもあの大会全般を通してだ。
そして俺達はそれが一体どういう意図のもとで行われたプレー何かを理解し切れて無い。
まあ、俺と司と拓郎と優斗の明和の連中は分かってたけれどね。あと健斗もか……翔太の野郎はあやしいなー、オイ。
もっとも危険な状況とは、その当事者がその状況を危険だと認識していないことなのだ。
「ポジショナルプレーってのは、試合展開を優位に進めるためのプレーの概念であり……うんぬん、かんぬん」
「その優位性ってのは3つあって、一つ目は位置的優位、二つ目は質的優位、三つめは数的有利……うんぬん、かんぬん」
まぁ結局のところポジショナルプレーというのはフットボールという偶発性の高いゲームで、いかにして勝つ可能性を高めていくか、プレーの一つ一つ、選手の立ち位置の一つ一つをとことんまで突き詰めていく考え方みたいなものなのだが……まあ、ちゃんと説明しようとしたら、本一冊くらい簡単に書けちまう。
でもなあ、司。俺達、前の世界で教育実習を受けた時、受け入れ先の校長先生に言われたじゃねーか。「教えることと伝えることは違うのですよ」と。
そんな夜中の1時過ぎに小難しい机上の空論を口で言われてもさ、伝わる事すら、全然伝わらねーぞ。大半の人達はさっきから首を傾げてポカーンだよポカーン。
もっとも、司がこの場で一発ぶちかますというのはあらかじめ知ってはいたが、まさかここまで徹底的にやるとはおもわなんだ。
そうして解放されたのが真夜中の三時過ぎ。
最後に司が、「監督!次の招集は何時なんですか!!」と問い詰めて。
「はい、次は来月末にポルトガル遠征を予定しております」とのやり取りをして終了した。
最終的に、そこにいたほとんどの人間がみんなゾンビみたいな顔になっちまいましたとさ。とほほ。




