リオ オリンピックアジア最終予選 イラン戦 その4
後半戦のキックオフは俺達日本から。
すると、開始早々、日本のエースの翔太がドリブルで左サイドを駆け上がる。
一人抜き、二人抜き、ゴールに迫ろうとするが、イランの組織的でしつこいディフェンスになかなか決定機まで持ち込めない。
けれども、翔太はこの大会どんどんと調子を上げている。
やはり、日本のエースはお前なんだな翔太。
イランのディフェンス陣も翔太の危険性を十分熟知しているのか、常にマークを付け、最大限の注意を払っている。そして、自軍に十分な人数を確保したうえでイランは相変わらずディフェンスラインからロングボールを放り込んでくる。
しかし、イランも前半開始早々からのワンパターンの攻撃に手詰まりを覚えたのか、徐々にだがリスクを背負って前線に人数を割き始めた。
やっと俺の役目が回って来た。
ハーフラインを超えた瞬間に俺はイランの11番に向かって猛烈にプレスを掛ける。
途端に嫌な表情になるイランのサイドアタッカー。
前半何度かデュエルを仕掛け、俺の激しいプレスは骨身に染みているはずなのだが、虎穴に入らずんば虎子を得ずというくらいに、虎の子の1点を欲している今のイランにとっては、だからと言って攻め上がらないという訳にもいかない。
火の出るような体のぶつけ合いに徐々にだが俺の中の闘争心がめらめらと燃え上がって来る。
日本ではなかなか出会うことの無いフィジカルの強さ。
これはもしかしてミキチッチさんとどっこいどっこいかな。
恐るべきはアジアの雄のイラン。
できれば1回戦なんかではあたりたくはなかった。
今大会で初めてのガッチガチの真剣勝負だ。
負けたら終わりのノックアウトステージ。
必然と俺の背筋に冷たいものが走って来る。
と、その時、日本の右サイドを突破できない苛立ちからか、イランの左サイドバックがライン際をオーバーラップしてきた。
どっちだ?
パスか?ドリブルか?
俺は一瞬、わざと3番のパスコースを開ける。
すると渡りに船と言った感じで、イランの11番はオーバーラップした左サイドバックにスルーパスを出した。
俺はその瞬間を見逃さなかった。
直後、パスコースに向かってスライディングをするとインターセプトに成功した。
イランの左サイドバックが上がったために、俺の目の前には広大なスペースが広がっている。
俺は瞬時にその空いたスペースにボールを蹴り込むと一気に走りだした。
すると、すぐに目の色を変えて俺を追いかけてきたミラノ選手。
自らのミスを取り返すべく声を上げながら俺に向かって襲い掛かって来た。
さあ、やっと俺のフットボールが始まった。
まだまだ、後半は始まったばかりだ。
ボールを見るのが嫌になるほど付き合ってもらうからな。途中で逃げるなよ。
俺はゴールライン際まで一直線に走ると、ゴール前に走り込んでいた朝野さんにクロスを上げる。
だが、朝野さんの頭にヒットしきれずボールはゴールラインを割っていった。
「おおおー」とどよめきが沸き起こるアブドゥッラー・ビン・ハリーファ・スタジアム。
さすがに決勝トーナメントとあって、観客はそこそこ入っているみたいだ。
「ナイスクロス神児」
朝野さんが俺に向かって手を上げる。
「おしかったです。朝野さん」
俺も朝野さんに手を上げる。
時計を見るとまだ後半5分を回ったところだった。
そこからの日本は、俺のいる右サイドから徹底的に攻撃を仕掛け始めた。
そうなると、俺と対峙することになるミラノ選手やヨーダリヤ選手も守備に体力を割かれることとなる。
大久保さんと原山さんと俺で、時にはワンツー、時にはドリブルで徹底的に右サイドを引っ掻き回す。
幸いに、前半に相当体力を消耗してしまったのか、イランの選手の推進力は目を見張るように落ちてきた。
その間も、日本は何度か惜しいシュートを放つが、今度は前半のイランのように日本のシュートはイランのゴールポストやクロスバーに阻まれることとなる。
……あれっ?もしかしてフットボールの神様は俺達に味方してるのではなく、ホーム側のゴールに住み着いてらっしゃるのですか?
そんなことをふと思いつつも、俺は俺の託されたミッションを確実にこなしていく。
そして守備の寄せが甘くなるや否や、一気にカットインしてスカッドを放つ。
そうなるとますますミラノ選手もヨーダリヤ選手も守備の強度を下げるわけにはいかなくなってくる。
まあ、その間にさっさとシュートを決めちまえばいいのだが、今大会に入ってからというもの、枠には飛ぶのだがなかなか決め切れないでいる。
ただ、あくまでもこの試合での俺のミッションは、イランの左サイドのミラノ選手とヨーダリヤ選手の首に鈴をつけることなのだ。色気を出して持ち場を離れカウンターなんかを食らったら目も当てられない。
点を取るのは翔太や司に任せて、俺は着々とイランの二人を削り続ける。
前の世界から、我慢比べなら誰にも負ける気はしないのだ。




