ミッション ぽっしぶる その3
「なぁ、遥、見てごらん、あそこらへんが僕たちの住んでいる町だよ」
「へー、やっぱ八王子って山に囲まれてるんだねー」
「ほら、見てごらん、あれ、東京タワーだよ。ここからでも東京タワーって見えるんだね」
「司、よく知ってるねー。ここの観覧車乗ったことあんの?」
「うん、その昔ね」
「へーそうなんだー。ちなみにあれは?」
「アレは新宿のビル群だね。都庁とかあそこにあるんだよ。」
「あんた、物知りねー、ほら、神児もちゃんと聞きなさいよ」
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ここは多摩っ子ランド遊園地の観覧車の中。
俺はその隅っこで息を殺すように存在感を消していた。
別に、高所恐怖症ってわけじゃないんだからね。
俺は思い出しちゃったんだよ。
ここが、司が遥にプロポーズをした場所だってことを……
フリッパーズとの試合のことを話すだけ話したら、ハチスタまでのプリントを渡して本当にさっさと帰ろうとした司さん。
空気を呼んだ、クレバーな私は「じゃあ、俺、少し練習してから帰るわー」と司と遥を送り出そうとしたら、「じゃあ、私も少し練習するわ」……と。
司も渋々残り、本当に2、30分練習したら、遥と俺を強引に練習場から連れ出しました。
念のため上司にお伺いを立てて「俺、先に帰った方がいいかな」と言ったところ、
「遥がじゃあ私も帰るっていったらお前どう落とし前つけるんだよ」と詰められ……もとい、おっしゃられまして……
司の作戦で、多摩っ子ランドにいる間に、うまい感じではぐれろと言われたのですが、遥さんが私と司の手を握ったまま離さないのです。
私はこれほどまでに怒気と喜びを両面にあらわした人の表情というものを初めて見ました。
まるで上司は興福寺にある阿修羅像のごとき神々しいお姿でした。
胃に穴空くぞ……どうすんだよこれ!!
と、そんな感じで紆余曲折の今。
「てめー、ナニ、空気読まないで、一緒に乗ってんだよ、殺すぞ!」という司の声なき思念がガンガンと伝わってきます。
お願いですから、逆上してこの観覧車から突き落とさないでください。
観覧車だって、俺はほんとに乗るつもりは無かったんです。ほんとです信じてください。
実際、観覧車の入り口で「俺、ちょっと高い所苦手なんだよねー」といって逃げようとしたんですが、
「あんた、さっき、フリーホールでめっちゃ楽しんでたわよねー」と遥に突っ込まれ、高所恐怖症作戦はあえなくNG。
ならばという事で、真正面から「俺は後でいいから、司と一緒に乗って来いよ」といったら、
「やだ、神児と一緒じゃなければつまらない」と遥が言っちゃいまして……火に油を注ぐというのはこういう事をいうのですね。
その時の司の人殺しのような目は一生忘れられません……
観覧車の降り際に、「テメー、後で、覚えてろよなー」と昭和のチンピラのようなセリフがまたひときわ恐怖を煽る。
ホントマジ勘弁。
すると、「あ、神児ー、神児ー、これ入ろうよー」とお化け屋敷を指す遥。
だんだんと無表情になって行く司、やだ、マジおっかない。
ここで、部下神児はありとありゆるシミュレーションを行った。
どうにかして、遥が怖がって、司の胸に飛び込ませるためには一体どうしたらよいのかと……俺の高性能なコンピューターが導き出した答えとは……なるようになれだった。
ああ、冬のボーナスが遠ざかっていく……
入り口でパスを見せて、俺たちはお化け屋敷の中に入ってゆく。
俺の前に遥と司、そして、その後ろに俺。うん、完璧なフォーメーションだ。
俺の綿密に考えたシミュレートでは、遥がお化けに怖がり、司の胸に飛び込む。
すると、遥も安心する。司も喜ぶ。そうすれば俺のボーナスも安泰。三者三様それぞれが満足する。これぞwinwinの関係だ。
水も漏らさぬ作戦とはこういうことだと俺は思った。
お化け屋敷の中に入ると、背筋がゾクゾクするくらいに冷風が流れてきた。あっ、これ、けっこう気持ちいいかも。
俺はそんなことを思いながら二人の後ろを付いていく。
すると、前を行く二人の異変に気が付いた。
なんと、司、完璧に腰が引けちゃってます。
あれれー、おかしいなー。と思った次の瞬間、天井から糸にぶら下がったお化けが落ちてきた。
「イヤーッ!!」と叫んで俺の胸に飛び込んできた司。
その時、思い出した。そういや、こいつ、めっちゃビビりじゃん。
完璧かと思えた俺の行き当たりばったりの作戦は、初手から大失敗。
堤防のど真ん中にいきなり大穴が穿たれた。
今にも決壊しそうです。
その後も、「キャー!!」とか、「イヤー!!」とか、「ダメー!!」とかビビりまくりの司君。
俺も遥もすっかり、しらけまくってしまった。
ほら、真横でリアクション激しすぎると、ちょっと引くよね。
でも、そんな反応のいいお客さんに、アルバイトのお兄さんたちはノリノリになったのか、 次の角を曲がった瞬間、完璧にメイクしたゾンビが2体、司に襲い掛かってきた。
「ギャーァァァァァ!!!」と叫んで遥の胸に飛び込むと、恐怖のあまり、小六にしてはまあまあの遥のおっぱいにグリグリと顔を擦り付ける司君。
見ようによっては……ほら事案発生だよ。
直後、遥は「このヘンタイー!!」と言って、ものすごいビンタを司の頬にさく裂させた。
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お化け屋敷横の木陰に座り、ベソベソとベソをかく司。
「もういいかげんに、泣き止めよー」とさっきから司を慰め続けている俺。
遥にビンタをされて、その場にしゃがみこんで泣き出してしまった司。
アルバイトのお兄さんたちも、ちょっとやりすぎちゃったかなと心配してくれたのか、ゾンビ2体に出口までエスコートされてきた俺達。
すると、遥は怒ってしまったのか、それとも、あきれてしまったのか、「ちょっと待ってて」とだけ言い残して、どこかにプイッといなくなってしまった。
「遥に捨てられたー、俺はもうだめだー」と試合に負けた時でもこれほどまでに取り乱さなかった司。ああ、もう地獄です……
「はいはい、大丈夫、大丈夫、遥はちょっと驚いただけだって、すぐに戻ってくるから」
「いや、もう、二度と戻ってこない、太陽君、ダメなお父さんでごべんなさいー」とスンスン泣く司。
もう、いろいろ複雑すぎで何も言えない。
「だいたい、おかしいじゃねーか、普通、タイムリープするやつって、お前みたいにどっか心残りがあるやつとか、前の世界に満足してない奴がなるんだろ。俺は満足してたし、納得もしてた。早く遥と太陽に会わせてくれー」とオイオイ泣き始めた。
なんか、ごめんね、司さん。
俺もやり方を知ってたら戻してあげたいんだけれどねー……と途方に暮れていたら………「お待たせ」と言って遥が戻ってきた。
みると、手にソフトクリームを3つ持っている。
なんだ、遥、アイス買いに行ってたのかよ……
と、遥は「ハイ」と言って司にソフトクリームを渡す。
ソフトクリームを渡されてキョトンとした顔の司。
すると遥は司の横に座り、「ビンタして悪かったと思うけれど、私だって驚いたんだからね……」と。
スンスンと泣きながらこっくり頷く司。
「ってか、それよりも、遥が急にいなくなっちゃった方が驚いたよ、俺」
「あ、ゴメン、まあ、ちょっと待っててっていったじゃん」
そう言って、俺にもソフトクリームを渡す遥。
「まあ、確かに。ってか、お金お金」そう言って俺は財布からお金を出す。
「いいって、いいって、おごり、おごり、いろいろ騒がせちゃったから」
「いろいろ騒がせちゃったっていっても……」と言っても遥は頑としてお金を受け取らない。
まあ、そういう事なら……というわけで、俺も遥の隣に座り、ソフトクリームを食べる。うん、美味い。
「それに、司、アイス食べたら機嫌よくなるじゃん、それ思い出してさ」と俺にだけ聞こえるように小声で言う遥。
んな、馬鹿な、気難しいこいつがアイス程度で機嫌がよくなるわけ……と司を見ると、既にすっかり泣き止んでおいしそうにソフトクリームをペロペロ舐めていた。
「これ、おいしいな、遥」
おい、嘘だろ……
と、すっかりとはいかないまでも、だいぶ機嫌を取り戻した司君。
すると遥が、「さっ、司、時間がもったいないから、次のアトラクション行こう」と司の手を持って立たせた。
ああ、これはアレだ、お母さんがぐずった子供にするやつだ。
司はこっくりと頷き、遥に手を引かれてゆく。
すると、遥はすっと振り返り「ゴメンね神児ー」って感じで俺に目で合図を送ってくる。
いや、もう、全然オッケーです。遥さん。あとは司を任せます。
「じゃあさー、司、次は司が乗りたいアトラクション選んでいいから、どれにする?」と遥が司にやさしく聞いた。
すると、司は、目の前にある、アトラクションを指さす。
そのアトラクションの名前は、「メリーゴーランドドッグ」……また、ずいぶんとユルそうなアトラクションだな。これ。
普通メリーゴーランドと言ったら、絢爛豪華な白馬と相場と決まっているが、ここのはメリーゴーランドドックと犬の名前がついているだけあって、馬の代わりに犬がいる。
それにしてもまたずいぶんとユルそうな犬だな…………
みると、カップルで並んで跨いで乗る感じなので、俺は遥に合図を出す。司と二人で乗って来いと。
遥も分かってくれたのか、俺にゴメンと言った感じで会釈する。
その間、司は遥の上着の裾をつかんだまんま。
子供か!!お前は……いや、まぁ、今は子供なんだけれどさー………
俺はメリーゴーランドドッグの脇にあるベンチで二人が幸せそうに乗っているのを眺めながら、時折二人に手を振った。
これは、もう、アレだ、お母さんと息子に手を振る父親だ。
周りを見ると確かにお父さんばっかし。
遥も司も俺を見つけると、嬉しそうに手を振り返してくれる。
これはこれで、幸せそうだな、司。
その後も、司の選ぶ、ユルくて優しい幼児向けのアトラクションを楽しむ俺たち。
絶叫系もいいけれど、こういうお子様系の乗り物も悪くないな。
その後、俺たちは昼飯を食った後、午後はのんびりアシカショーなどを楽しんだ。
アシカにキスをされた遥を見て、アシカに嫉妬する司。それを見て笑う俺。
夏休みに入ってから、水泳とサッカーに明け暮れていた俺たちは、その日一日だけは小学生らしい夏休みを満喫することが出来たんだ。
散々楽しんでさあ帰ろうとした時、司からの今日最後のお願いということで、帰りはケーブルカーに乗った。
すると、今度はうまくタイミングがあったのか、司と遥は二人っきりでケーブルカーに乗ることが出来た。
二人で肩を並べてケーブルカーからの景色を楽しむ様子が伺える。
すっかり機嫌がよくなった司。帰りの電車では遥の横に座ることが出来てご満悦だ。
俺はそんな二人をちょっと離れた場所に立って静かに見守る。
時折遥がうつらうつらと司の肩にもたれていた。
結局、なるようになった、司と遥。
俺のコンピューターもなかなか捨てたものではないなと思っていた。
が、遥を家まで送った後、司と二人っきりになった途端、「神児、お前、今日のお化け屋敷のこと誰かにしゃべったら、ぶっ殺すかんな!!」と、そう吐き捨てて、一人でさっさと帰っていった。
そんな司の後姿を眺めつつ、俺は以前、司から、「ぶっ殺すって、殴り殺すって意味なんだってなー、おっかねーなー」と言っていたのを思い出していた。
ぐっすん。




