リオ オリンピックアジア最終予選 イラン戦 その1
というわけで、フォーメーションはこんな感じです。はい、ドンッ!!
DFラインはハイボールに強い上田さんと拓郎が入っております。
両サイドバックは俺と司が前の試合からそのまま引き続き任されることになりました。
特にイランが両サイドを1対1で仕掛けてくることが分かっているので、デュエルに強い我々がその役目を承ることになりました。まぁ、俺はもともと1対1は強いのですが、司も負けず劣らず1対1が強いのです。えっ、意外だった?
ってか1対1が強いと言ったらちょっと違うんだよなー。司のディフェンスは俺みたいにガツガツした感じではなく、気が付くとコースを防がれて隅に隅にと追いやられ、円藤さんチームを組んでボールを奪いにかかるというなかなか狡猾なディフェンスを得意としているんです。
司に言わせれば、「お前と違って、こっちは頭使ってんだよ」ですって。
失礼な話ですねプンプン!!
まるでこっちが体力にものに言わせるだけの脳筋ゴリゴリフットボーラーみたいじゃないですか!!
こっちだってね、いろいろ考えてるんですよ。いろいろ!!
すると、イランのフォーメーションが掲示板に映し出された。
おおー、綺麗なモニターだなー。流石はお金持ち。Jのスタジアムでも見られないなかなか立派なモニターだ。
だがしかし…………現地語で書かれているために、よく、分からん!!
かろうじて判別できるのは、昨日のミーティングで俺がマークすることになった11番のミラノとかいう選手だ。
特にこの大会ではこの11番の選手のクロスからイランの得点が何度も生まれている。
そしてその11番と絶妙のコンビを見せているのは3番のヨーダリヤとかいう左サイドバック。
なんかドルトムントのU-23に所属しているとかいう話だ。
ドルトムントというと……クラップさん元気かなー。
そういやあの人、そろそろクビになるんだっけ?
前の世界では……コホンッ!
俺はそんなことを思い出しながら前日に行われたホテルでのミーティングを思い出す。
「というわけで、イランの攻撃はこの11番のミラノという選手と3番のヨーダリヤという選手を中心にして組み立てられる。特にミラノ選手を囮に使ってのヨーダリヤ選手のオーバーラップからのクロスが非常にやっかいだ」
手師森監督はそう言うと、予選で行われた中国戦でのプレーをモニターに映し出す。
「いやー、前線、みんな上背たっか!」とあきれた様子で優斗。
「攻撃がシンプルな分、破壊力も抜群なのね」と警戒心をあらわにして拓郎。
すると秋田コーチが新しい動画を映し出しながら「特に秀逸だったのは、3点目のこのプレー」そう言いながらモニターを操作する。
すると、ミラノ選手がペナルティーエリア手前までフィジカルを生かして強引に侵入すると、絶妙のタイミングでオーバーラップしたヨーダリヤ選手にスルーパス。
ヨーダリヤ選手はそのままダイレクトでゴール前に絶妙のクロス。
そして中国のDFよりも頭一つ分上から叩きつけるように10番のマタハリ選手のヘディングが決まった。
うーん、日本が一番苦手とする攻撃だ。
こういうシンプルかつ破壊力のある攻撃が一番やり辛い。
まあ、幸いなことに今の日本にはハイボールにめっぽう強い上田さんとうちの鯱がいるからまだ大丈夫なのだが。
「だが、ここで決められなくても、こういう展開の後、イランの選手達の押し込みがまた厄介なんだ」
今度は手師森監督がそう言いながらシリア戦でのゴールを見せてくる。
マタハリ選手が決め切れなかったこぼれ球をイランの選手達が一斉に詰めてくる。
「うーん、なかなかJでも見れない圧力だね」と川崎の小島さん。
「まあ、結局はクロスを上げられたら負けなんですよ」と司。
「そうはいってもなかなか難しいからなー。クロスあげさせないのって」と秋田コーチ。
「それって、ミラノ選手にマーク付きながらヨーダリヤ選手の動きをケアするんだよな、そりゃ無理だって……」とあきれた様子で円藤さん。
「いや、その前に足を売切れさせちゃえばいいんですよね」そう言うと司はどす黒い笑いを浮かべる。
そして、「なあ、神児」と俺に話しかけてきた。
「………………」
俺はあえて返事をしない。
が、みんなの視線が痛いくらいに突き刺さって来る。
「鳴瀬、行けるか?」
手師森監督が俺に話しかけてくる。
「なっ、なにがですか?」
「天皇杯でやったやつだよ」
あらやだ、監督、目がちょっとおっかねーですよ。
「ああ、あの、えっぐい奴だよ」と広島の朝野さんが言う。
そういや、あの場にいらっしゃったんですよね。
「できねーとはいわせねーぞ」
健斗の奴も何かを思い出したかのように睨みつけてくる。
「………………」
「ほーんと、あのスライディングは参ったよ。シーズン最終戦でホント良かった」と恨めしそうな顔で翔太はそう言うと意味深な感じで右足首をクニクニと動かす。
……ああ、その節はどうも。
「じゃあ、そう言うわけであとはよろしく、ロードローラーさん」
浦和にいらっしゃる円藤さんが丁寧な口ぶりとは裏腹にガン決まりの目で俺にそう言った。
スタジアムモニターを見ながらため息をついていると司が声をかけてきた。
「よう、スレッジハンマー調子はどうだ?」
「調子はどうだじゃねーよ」
「まあ、腐るな腐るな、この試合、お前が右サイドで圧倒すれば自然に勝ちが転がり込んでくるんだから」そう言いながら司が上体を捻っている。
「簡単に言うなよお前」俺も司に合わせて体を動かすと、視線の先にはピッチに上がって来たミラノ選手が……
「もしかして、きつそうか?」
司がこの大会で初めてといった感じでちょっと心配そうな顔になる。
「正直わからん。こっちの選手の間合いって独特だからな。ヨーロッパとも南米とも違うんだよ」
「たしかになー」
昨日の夜、ホテルの部屋で俺と司でお互いがマークする予定の選手の動画を見たことを思い出す。
リズムが独特というか、南米の選手みたいに抜きに掛かりに来るのではなく、クロスを上げる隙間を見つけるようなドリブルなのだ。別に抜けなくても、クロスを上げられればいいという考えが逆に厄介なのだ。
「まあ、やれるところまではやるさ。ってか、お前の方も大概だからな、注意しろよ」
ピッチ上には司と対峙する予定のイランの右サイドの選手もやって来た。
「まあ、頑張るさ。オリンピックの出場権持って帰らないと室田さんに簀巻きにされちまうかもしれないからな」
司はそう言ってニヤッと笑う。
「アレ?あの約束って俺だけじゃなかったっけ?」
「いや、室田さんの事だ。お前だけじゃなく、俺も拓郎も優斗もしそうだろ」
「たしかに……」
絶対負けられない試合がここにあった……って、違うか!?




