リオ オリンピック アジア最終予選 その11
前半が終わると、俺達とスタッフの皆さんは控室に行く。
控室では手師森監督と選手のみんながミーティングを行っている。
「前半は予定通り、タイにほぼほぼ攻撃させなかった。チャライップの対応も完ぺきだったぞ」と手師森監督。
「拓郎、チャライップ、前半終了間際からお前の裏狙ってたぞ。上田さんとのディフェンスラインのズレ気を付けておけよ」と健斗。
「わかったのね、健斗君。任せておいてね」と拓郎。
例え下馬評では有利だと言われていても、やはりこういう国際大会ではディフェンシブに戦わざるを得ない。
その上、ホームでもなく、ここにいる選手みんなもほぼ初めてのドーハ。
1月とはいえ、気温は25度を超えている。どうしたって慎重にならざるを得ない。
「前の試合でも分かっていた通り、タイは後半になるとプレスの強度が弱まって来る。そのタイミングで追加点を狙っていけ」と手師森監督。
「タイのCBには、勝てているから、もっと俺の足元にボールをよこしてくれ。少しくらい無理めでもかまわないから」と大和選手。
「後半はもっとシンプルにクロス入れてくるからゴール前しっかり詰めておいてくれ」と大久保選手。
「稲森、予定では後半15分過ぎに翔太と交代で入ってもらうからアップしておいてくれ」と手師森監督。
「わかりましたっ!!」と優斗。
その後も選手達はスタッフの皆さんと細かな修正点と後半の予定を詰めていく。
「おう、神児、そろそろスタンドに戻るぞ」と司。
見るとスタッフの皆さんも機材片手に控室から出始めて居る。
俺と司は足早にスタンドに戻っていった。
すると後半が始まると同時に日本の選手達が一斉にプレスを掛け始めた。
どうやら試合をここで決め切るつもりだ。
タイの選手からボールを奪った円藤選手が大和選手の足元にボールを入れる。
ペナルティーエリア手前5m、タイの両CBの前でボールを受け取った大和選手はがっしりと腰を落としてボールをキープする。
三人の選手に囲まれながらもボールをキープし続ける大和選手。
その様子を見ながら一気に右サイドに駆け上がる大久保選手。
大和選手はDFを外しながら大久保選手にスルーパスを入れる。
ボールを受け取った大久保選手はそのまま右サイドをえぐっていくと、ペナルティーエリア手前でクロスを上げた。
するとそこにはパスをはたいた後、そのままゴール前に走り込んだ大和選手が……
タイのディフェンダーに比べて明らかに頭一つ抜け出している大和選手。が、ジャストミートしたはずの大和選手のヘディングはタイのGKのファインセーブに阻まれてしまった。
おしいっ!
だが、そのこぼれ球を、今度は翔太が素早く反応してシュート。が、そこでもタイのDFが必死に体を投げ出してブロック。
おしいっ!!
タイの選手達のこの試合に賭ける意気込みが伝わってくるようなプレーだ。
しかし、それもつかの間、今度はそのこぼれ球を拾った後半原山さんの代わりに入った矢田選手が豪快なインステップキックでタイゴールに叩き込んだ。
後半4分、日本対タイのスコアは2-0となった。
「おおー、矢田さん、ファーストタッチでゴールかよ」と俺。
「こういうの持ってる人っているんだよなー」と司。
その後もオープンな戦いが続く日本対タイ。
チャライップさんもどうにか1点をもぎ取ろうと、少ないチャンスのなか積極的に日本のDF達に勝負を挑んでくる。
だが、そうはさせじと、上田さんを中心とする日本のディフェンス陣が立ちはだかる。
いいぞ、拓郎。しっかりと守備が整っている。
二試合連続でのCBのスタメンだ。間違いなくこの2試合でCBとしての序列が上がっている。
「やっぱ、身長190オーバーってのは魅力的だよなー」と俺。
「ああ、北朝鮮戦から、ほぼほぼ空中戦では負け知らずだからなー」と司。
この後戦う予定のサウジアラビアをはじめとする中東のチームは、軒並み大型のFWを取り揃えている。
拓郎の高さが絶対に必要なのだ。そのためにも少しでも実戦でのコンビネーションを高めるために、手師森監督は拓郎を使い続けているのだろう。
と、そんなことを思っていたら、交代盤に18番、優斗の背番号が映し出された。
「えーっと、変わるのは……10番、翔太か」
「まあ、既定路線だろ。今日もワンアシスト。前の試合では1ゴール。しっかりとエースの役目をこなしたな。大したもんだ」と司。
優斗は翔太とハイタッチしてピッチに入っていく。
さあ、前の試合ではほとんど何もせずに終わったけれど、この試合はどうだ?
ゴール前をガチガチに固めた北朝鮮よりも戦いやすいだろ。
1点でも失点を減らそうとした北朝鮮と、何とかして1点をもぎ取ろうとするタイ。
こういうグループリーグの戦いでは前者の方が正解かもしれないが、見ていて楽しいのは圧倒的に後者だ。
行けっ!優斗。1点取って来い!
交代して入ったばかりの優斗に、チームのみんなは積極的にボールを回す。
優斗はそれに応えるべく、タイの選手達にデュエルを仕掛ける。
だが何度か効果的な突破を見せるが、なかなか得点には結びつかない。
しかしそれでも、スタミナだけはまだまだ豊富とあって献身的に前線からのプレスを仕掛け続ける。
いいぞ、優斗。今やお前の持ち味は、ドリブルだけじゃない。現代サッカーのFWには必要不可欠の前線から守備をも得意とするフットボーラーになったのだ。
守備だけで見たら、エースの翔太よりも間違いなく上だ。
ビクトリーズユースで3年、明和で1年、俺と司で徹底的に守備のスキルを鍛え上げたのだ。そんじょそこらのFWとはわけが違う。
優斗のプレスに引きずられるように周りの選手達も連動してタイの選手を追い詰めていく。
2-0で勝っているチームなら普通は受けに回ってカウンター狙いでも十分なのだが、ここで相手のとどめを刺すべく、3点目を奪いに行く。
すると、後半39分、ついに優斗の執念が実る。
左サイドを優斗はドリブルで駆け上がる。だがタイDFの執念のスライディングで優斗はボールを失った。
一瞬、「ファールか!!」とみんなの足が止まった瞬間、優斗は審判の笛など期待せず、誰よりも早く立ち上がるとすぐさまタイ人DFからボールを奪い取る。
「カウンター!!」
優斗の怒声がピッチに響き渡る。
スタンドにいた俺達の耳にも伝わってくるような大声だ。
優斗の意図を感じ取った前線の選手達は一気にゴール前になだれ込んだ。
ショートカウンターの発動だ!
虚を突かれた相手CBが優斗に詰めてくるよりも早く、優斗はゴール前にグラウンダーのクロスを入れる。
するとお約束通り、相手DFを引き連れた大和選手が、タイゴール前のニアでつぶれると、ゴール前のスペースがぽっかりと空いた。
勝負あり!!
そして、そこにフリーで走り込んだ大久保さんが確実にタイゴールにボールを流し込んだ。
後半39分、日本対タイのスコアは、3-0となった。
優斗を中心にして喜びをあらわにする日本の選手達。
それとは対照的に致命的な3点目を奪われ、がっくりと項垂れるタイの選手達。
だが試合はそこで終わらなかった。
是が非でも1点を奪い取ろうとするタイの選手達。
そのメンタルの強さには本当に恐れ入る。
だが、そのメンタルに既にフィジカルが追いつかなくなっていた。
後半のアディショナルタイム、不用意なミスからボールを奪われ日本にCKを渡すと、それまでほとんど上がることを見せてなかった拓郎がタイのゴール前で満を持してのスプラッシュジャンプ。
タイ人GKの伸ばした両手のさらに上の打点から渾身のヘディングシュート。
いったん地面にバウンドした後、まるでゴールネットの天井を破るかの勢いで突き刺さっていく。
完璧に相手の息の根を止めた4点目を奪いそれと同時に試合終了のホイッスルが鳴った。
AFC U-23選手権2016(リオデジャネイロオリンピックアジア最終予選)グループリーグB第2戦、日本対タイの試合結果は4-0で日本の勝利となった。




