リオ オリンピック アジア最終予選 その3
「北里!」西島監督が声を上げる。
「ハイッ」と返事をする司。
その後も立て続けに、「鳴瀬!」「ハイッ」、「稲森!」「ハイッ」、「森下!」「ハイッ」と名前が呼び続けられる。
そして……「以上だ」と残念そうな西島監督。
その途端、自分のチームから4人もの代表選手が選ばれたというのに、そこにいたみんなはまるでお通夜状態となる。
それもそのはずで、なんと、U-23日本代表で不動のレギュラーだった室田さんがこのタイミングで落選してしまったのだ。
「……室田、残念だったな」
キャプテンの木本さんが悲痛そうな顔で室田さんに声をかける。
「いえ、大丈夫です、木本さん。覚悟はできてましたから」
室田さんはそう言うと残念そうに自分の足元に視線を落とす。視線の先には痛々しそうにギブスで固定された左足が……
実は室田さん、先月の練習中にジョーンズ骨折……いわゆる第5中足骨の疲労骨折をしてしまったのだ。
これはスポーツ選手にとって職業病ともいわれている怪我で俺も以前にやってしまったことがある。
治るのに時間がかかるんだよなーコレ。
「室田さん、俺……」
司が気まずそうに室田さんに話しかける。
「気にすんな、北里。しっかり勝ち切ってオリンピックの出場権手を手に入れてこい。それまでには絶対に間に合わせるから」
室田さんから強い意志が伝わって来る。
「はい、オリンピック一緒に行きましょう室田さん」
司はそう言って、室田さんの手を握った。
すると……「僕も、室田さんの分まで頑張るのね」と、いつになく凛々しい顔をして拓郎が言う。
「任せたぞ、拓郎。最終予選ではお前の高さが絶対に必要な時が来る」
室田さんはそう言って拓郎の手を握る。
「分かったのね」そういってこっくりと頷く拓郎。
そこに優斗もやって来ると、「室田さん、俺、絶対にオリンピックの出場権手に入れてきますんで」と。
「稲森、U-23初招集だったな。おめでとう。しっかりと戦って来い、頼んだぞ」
そう言って優斗の肩をポンポンと叩く室田さん。
ならば、俺もと、「室田さん、俺も室田さんの分までしっかり戦ってきます。オリンピックの出場権任せてください」
すると……「あっ、お前は出場権さえ取ってくれれば、そんなに目立たなくっていいから」と、いきなりいけずな対応の室田さん。……アレッ、想像してたのと違う。おっかしーなー。
ならば、もう一回。
「俺も、しっかりと頑張ってきますから!!」と。
だが、室田さんは「お前はそんなに頑張らなくていい。出場権さえ取ってくれれば、あとは最低限の仕事だけすればいいから」と。
アレレー、室田さんそれってジョークですか?
でも目が全然笑ってないですよ、おっかしーなー。
司や拓郎と違って直接ポジションがかぶっている俺にはなんか塩対応な室田さん。
そういや、U-15の時も、U-17の時も、U-20の時も、たしか途中でポジション奪ってたような気が……テヘ。
ならば、ちょっと話題を変えてみよう。
「そういえば、怪我の方、大丈夫ですか?」
「まあ、なんとかな」
そういってちょこちょこと左足を動かす室田さん。あっ、あんまり動かさない方がいいっすよ。それ。
「全治どのくらいですか?」
「四カ月、オリンピックまでには十分間に合うから安心しろ」
……なんだ、十分間に合うのか。チェッ!。
「お前、今、なんか舌打ちしなかったか?」
「いえいえ、とんでもない」
舌打ちしたのは心の中だけですよ。おっかねーなー。
「そういえば、ジョーンズ骨折ってアレやっかいなんですよねー。俺もやったことあるけれど、しっかり完治させないと癖になるから気を付けてくださいね……」と建設的なアドバイスをする俺。
俺の社交辞令ってやつもなかなか堂に入ってるだろうと思ってたら、なんか変な空気が……
「お前がジョーンズ骨折したなんて初耳なんだけれど、一体いつやったんだよ、神児?」と険しい目の室田さん。
……アレッ。
たしか、ジョーンズ骨折やったのは……大学3年生の時だっけ……前の世界の……って、ヤバッ!
ふと視線を逸らすと、頭を抱えている司の姿が……
俺はすぐさま話を合わせようと頭の中で逆算する。
室田さんに会う前って、えーっと、えっとー、
「そ、そうです、中学の時、中一の時やっちゃったんです」と俺。
「へー、そうだったんだー、神児君もジョーンズ骨折だったのねー。ぼくてっきりオスグットだと思ってたー」と一人魚肉ソーセージを食べている空気の読めない拓郎。ガッテム、テメー、後で覚えてろよ!
苦し紛れの嘘で取り繕ってしまったおかげで嫌な空気になる。
すると……「あっ、テメー、舐めてんのか?何調子乗って、フカシこいてんだよ、シンジ」と目が逆三角形になってしまった室田さん。ヤダ、おっかなーい。
「すいません、勘違いしてました。自分、オスグットでした」
直立不動で素直に勘違いを告白する正直な俺。(まあ、間違いではないんだが……)
「いいか、神児、よく覚えておけ!!」
「ウスッ!!」
「出場権逃したら、簀巻きにして津久井湖に沈める」
「ウスッ!!」
「活躍しすぎても、簀巻きにして津久井湖に沈める」
「ウスッ!!」(活躍しすぎてもですかっ!!)
「お土産忘れても、簀巻きにして津久井湖に沈める」
「ウスッ!!」(お土産のリストちゃんと渡してくださいね!)
「ポジション取れなくても、簀巻きにして津久井湖に沈める」
「ポジションって……」
「ったりめーだろ!!俺の代わりに代表に行くんだ、ベンチ温めるためにわざわざドバイまで行くつもりじゃねーだろうなー!!」
「ウッス!!」
「しっかりと、明和の右サイドバックのすごさ、世界に見せつけてこい!!」
「ウッス!!」
活躍しすぎるなと言いつつも、本音ではしっかりと俺のことも応援してくれる室田さん。
絶対にオリンピックの出場権を手に入れてきます!!
泣かせるねー。
「まあ、手身近にいれば本番までどうとでもなるからな……」
室田さんはそう言うと、今まで見たことの無いようなどす黒い笑みを浮かべた。
ベンチの脇に置いてあった蓆が嫌な感じで目に入った。




