天皇杯準決勝 対レッドデビルズ戦 その13
ダイレクトで打ち抜かれたボールは唸りを上げてレッズゴールに迫る。
と、その時、視界の片隅に赤い稲妻が走った。
「まだまだー」
槇原さんはそう叫びながら両手を後ろで組み、俺のスカッドに向かって頭から突っ込んで行く。
えっ、それ、だめだって。
直後、バカーン!!と大歓声にも負けないくらいの衝突音が埼玉スタジアム2002に鳴り響いた。
至近距離で俺のスカッドを顔面で受けた槇原さんは、まるで免許更新時の講習ビデオで観るトラックに撥ねられたダミー人形のようにゴロゴロとレッズゴール前まで転がっていくと、パタリと止まってピクリと動かなくなった。
まるで水を打ったかのように静まり返る埼玉スタジアム2002……俺のせいじゃねえからな。
本来のスカッドが1とすると、俺に向かって飛んできたボールをダイレクトで蹴ったので×2倍。そして槇原さん自身が自分から飛び込んでいったので×3倍。
司の家で読んだ『あしたのジョー』の矢吹ジョーのトリプルクロスカウンターと同じ原理だな……ピクリとも動かなくなった槇原さんを見ながら俺はそんなことを思い出していた。
ってか、俺が埼スタをシーンって黙らせたかったのはこういう事でじゃないんですよ!!
もっと、フットボーラーとしてゴラッソでファンタジー溢れるプレーでですねー!!ってそんなこと言っている場合じゃない。
人はあまりにも凄惨な事故現場に居合わせてしまうとただ木偶のように突っ立ってるだけなんだなー……
呆然としている明和とレッズの選手達を尻目に俺は槇原さんに駆け寄った。
と、その時、絶命したかと思われた槇原さんはむっくと起き上がり「はっはっはっはっは」と高笑い。
えっ、槇原さん、ヤバいところ打っちゃってませんか?
尚も槇原さんは、「どうだ、神児、俺のシュートブロックは!!これが日本代表のセンターバックの実力ってやつだ!」と勇ましく声を張り上げる。両の鼻の穴から大量の鼻血を滴らせながら……
もう、誰も怖がって槇原さんの近くに寄ろうとしない。
すると何とか冷静さを保っている阿部野さんが、「槇原さん、鼻曲がっちゃってますよ」と…………
「えっ………………」
そう言って槇原さんは掌で顔をぬぐって見てみると……真っ赤に染まる己の掌。まるでレッズのユニフォームのようだ。ってか、大量の鼻血もユニフォームが赤かったせいで気が付かなかったみたいだ。
そのまま、ふらーっともう一回倒れてピクリとも動かなくなった槇原さん。もしかして血とか苦手なタイプですか?
哀れ槇原さんはそのまま担架で運び出される。
槇原さん……僕たち明和イレブンはあなたの勇姿を決して忘れやしません。
ちなみに槇原さんがブロックしたボールはゴールラインを割っていた。
さっ、コーナーキック、コーナーキック。
「司ー、お前が蹴るかー?」
仕切り直してコーナーキック。
槇原さんは当然すぐに交代かと思ったら、なにやらレッズのベンチ前でミシャ監督と騒いでる。
なんなんだ、あの人……
俺達は気を取り直してコーナーキック。まあ、レッズが一人少ないのならそれに越したことはない。
すると、ボールを持った司が俺たちに近づいてきて「トルメンタ」やるぞ……と。
「マジすか?」と俺。
「あれ、通用すんの?」と優斗。
「サンアローズに破られちゃったからなー」と大場さん。
すると司が声を潜めてゴニョゴニョゴニョ。
「オッケー、分かったー、それで行ってみよー!!」
木本さんが大賛成。
そんなわけで浦和のゴール前で俺と大場さんと優斗と恒田さんが手を握ってスタンバイ。
こんな感じでスタンバイ。
槇原さんの怪我でいまだ混乱しているレッズイレブン、そこにさらに司のトルメンタでひっちゃかめっちゃかにしてやろうという魂胆だ。
つくづく人の弱みに付け込むのが上手い奴だ。絶対に敵にだけにはまわしたくはない。
審判の笛がピッとなる。
うん、明和のゴール前になるとさすがに聞こえるか。
すると、俺達四人は手を繋いでグルグルグルグルトルメンタ~
やっべ、最近全然練習してなかったから、ホントに目が回ってきた。
「今だっ!!」木本さんの声が聞こえた。
それと同時に俺達4人は手を放してゴールニア側に一気に駆け込む。
だが、司の右足からインスイングで蹴られたボールは俺達4人の遥か上。
上の図を見たらお分かりだと思うが、本来なら槇原さんがマーカーの拓郎が、レッズゴールのファー側にぽつんと一人、ノーマークで立っている。
レッズの選手たちは混乱のさなか俺達のトルメンタの動きにつられてニアに集まる……がただ一人我関せずとファー側に立ち続けていた拓郎の頭に、司からピンポイントのコーナーキックが飛んできた。
ジャンプ一番、垂直飛びでこの前3mを叩き出した八王子の鯱は、名誉挽回すべく渾身のスプラッシュジャンプ。
日本代表西山さんの伸ばした手のさらに上からの大上段のヘディングシュートは一旦地面に跳ね返ると、そのままゴールネットの天井を突き破らんかという勢いで埼玉レッドデビルズのゴールに入っていった。
天皇杯準決勝、埼玉レッドデビルズvs明和大学のスコアは、後半9分、森下拓郎のゴールにより3-2となった。




