天皇杯準決勝 対レッドデビルズ戦 その8
スタジアムの熱狂が収まらなくなってきた。
レッズの圧倒的な攻撃を見続けてるサポーターは完全に火が入ったような状態になった。
俺たちはすぐに集まり作戦を立て直す。
「どうする、北里、今からでも5バックにするか?」と木本さん。
「今さら変えたところで修正している間にまたやられます」と司。
「レッズの中盤が全く抑えられなくなっている」と徳重さん。
「すいません徳重さん、阿部野さんにマンマークお願いします」と司。
「北里、俺らは何したらいい?」と恒田さん。
「すいません。レッズの流れが終わるまで中盤まで下がって来て守備をたのんます」
「わかった」と恒田さん。「オッケーやで司君」と優斗。
「それから神児」
「なんだ?」
「悪いが頼まれてくれ」
「なんだ、言ってみろ」
「レッズの左サイドを潰してくれ」
「…………分かった。何人だ」
「出来たら二人……いや、三人だ」
司はそういうと三本の指を立てた。
「ってことはあれだ、兵藤さん、宇田川さん、そして……槇原さんか」
俺はそういいながら指を数える。
言うは易く行うは難しだがもうそれしか手段は残されてない。
「順番もそれでいい」と司。
「ってことはアレか?ボールを神児君に集めときゃええんやな」と優斗。
「はい、前半終わるまで、右サイド中心でプレーをお願いします」と司。
「分かった」と大場さん。
「まあ、しゃーねーわな。他にできることと言ったらもうないんだし。俺もなるべくフォローに入るわ。明和の粉砕機さん」と中野さん。
「へっ?なんすか?その粉砕機って?」
「あれ、お前ツイッター見てないのかよ。この前の炎上騒ぎで、なんかどっかのサッカーマニアがお前のプレー集動画をかき集めて、『ハッシュタグ 明和の粉砕機』でトレンド入りしてたぞ」
「……はい?」
いや、ツイッターの方は一昨日アプリごと削除してしまってあの後どうなってるのか分からないのだ。
「あー、見た見た、どこでかき集めたのか、神児君のえっぐいスライディングばっか集めた動画やったなー」と優斗。
「あー、翔太の奴かわいそうに」と大場さん。
「いやー、三苫君も3回くらい削られてたぞ」
「そうそう、なんか、5年前の韓国戦の試合もあったねー」と拓郎。
「一体誰なんだろうなー、あんな昔の動画まで見つけたもの好きは。よっぽどのマニアかなんかだろう」と木本さん。
一体どんな動画なんだろう。
試合が終わったらもう一回アカウント作って見てみるか。
俺たちは簡単な打ち合わせをすますと試合が再開した。
俺は右サイドに大きく張り出して兵藤さんを誘い込む。そして拓郎からパスを渡されると、兵藤さん目掛けて一直線で突っ込んでいく。
大学生にデュエルを挑まれたとあっては逃げるわけにもいかないのだろう。
肩をガツガツとぶつけながら右サイドでの攻防を繰り広げる。
みんなも慣れたものなのか、兵藤さんのフォローに入るレッズの選手にはマークを付けて迂闊にボールを出せないように網を張る。
段々とヒートアップしていく兵藤さん。
レッズもレッズのサポーターも俺と兵藤さんがボールを取り合うたびに「オーレ!!オーレ!!」と掛け声を上げてくる。
一介の大学生プレイヤーに負けたとあっては、プロの沽券にかかわるというのか、俺が思っていた以上に、兵藤さんも俺との1対1を付き合ってくれた。
そうなってくると、レッズの真骨頂である華麗なパス回しに寄る攻撃にも陰りが見えてきた。
俺なんかさっさと無視して前にボールをはたけばいいのに……なんて敵である俺が思ってしまうくらいに、兵藤さんは俺に1対1で勝つことに執着してきた。はてさて、一体どういうことだと思ったら、レッズのベンチ前で「ヒョードー!!ソンナコドモニ マケンジャアリマセーン」と監督のペドロ・ミハイロビッチさんが、真っ赤な顔して声を張り上げているのだ。
そうだった、J一番の戦術家であるミシャさんは、実はJ一番の好戦的な監督だった。
そんな年下の大学生からデュエルを挑まれたのなら完膚なきまでに叩き潰さねば納得がいかないのであろう。
すると、レッズのサポーター達も「やっちまえー」「そんなガキにやられてたまるかー」と兵藤さんの後押しをする。
どうやら司の挑発が予想以上に効いていたみたいだ。
盤石だと思えた埼玉レッドデビルズの牙城にもほんの僅かにだが隙が垣間見えた。




