天皇杯ラウンド16 サンアローズ広島戦 その3
さすがは八王子SCが誇る天才アナライザーだった司さん。
今さっきまで遥とイチャイチャしてたのだが、キックオフの笛の音が鳴った途端、カチカチとノートパソコンにデーターを入力し始める。
一方の遥も、現役のフットボーラなだけあり、そこら辺の切り替えは素早い。
すると、今日のサッカー観戦に優斗と一緒に付いてきた陽菜ちゃん。
「ねえねえ、司君、広島と東京って、今どっちが強いん?」と。
「ああ、広島は現在2位、東京は4位、今日の試合、勝った方が順位が上になるよ」と司。
「じゃあ、だいたい互角って事?」と俺と一緒に付いてきた春樹。
「いや、どちらかと言ったら、分がいいのは広島かな。最近、東京とやって勝ち越してるからね」
「へー」
見ると、東京は4-3-3、そして広島は……えーっとスリーバック?うーん……
「なあ、司、広島って3バック、4バック、どっちよ?」と俺。
すると、目をキラーンとさせて、「ありゃ、可変式だ。攻撃時は4バック、守備時は3または5バックに変形する」
「お前が時たまやるやつか」
「いや、俺達なんかの付け焼刃とは訳が違う。完璧に確立されたシステムでミシャ式って奴だよ」
「ミシャ式ー!?!?」とみんな。そして、ああ、あれか……と俺。
見ると、広島のウイングバックのミキチッチ選手がボールを持って東京陣内に攻め込んでいく。
それに対する東京の選手は我らが先輩、がんばれー、室田さーん!!
「で、ミシャ式ってなんや?」と優斗。
「神児、お前説明できるだろ?」と司。どうやら、パソコンにデーターを入力するのが忙しいらしい。
たしか、司からは何度も説明を受けているけれど、他人に説明するとなるとなんといっていいか……
「……いや、お願いします」と俺。
「ったく、しゃーねーなー」そう言って、司はノートパソコンを閉じると、バックの中から携帯式の戦術ボードを取り出した。
えっ、なに、お前、そんなものまで持ち歩いてるの?
すると司は手早くカチカチとボードにマグネットを取り付けながら、「まあ、端折って言うと、守備時には5バックで守って、攻撃時には5トップになる戦術だよ」と。
「なんや、それ……どっかで聞いたことがある戦術やなー」と優斗。
「まあ、俺達がユースの時、似たようなことやってたからなー」とちょっと気まずそうに司。
「やねー。ドイツに行った時もバイエルン相手に似たようなことやってたもんなー僕ら」
「まあ、俺達がやってたのはその劣化版の簡易コピーであって、そのご本家が今広島がやっているペドロ・ミハイルビッチ監督が作り上げた戦術、ミシャ式だよ」
「「「ミシャ式ー」」」と再びみんな。
「ちなみにミシャ式の基本陣形は、今日はこんな感じな」
そう言って戦術ボードにマグネットを置く司。
「うんうん、ビクトリーズの時の3-4-3に似てるな」と俺。
「そうやね、ウイングバックがちょっと上がり目でフォワードが1トップって感じやね」と優斗。
「そうだな。それで、この3-4-2-1が基本体形なんだけれど、攻撃時になると」そう言って司はマグネットを素早く移動させ、
「こんな感じで4-1-5に」
それを見た遥、「あら、随分と好戦的なフォーメーションね、嫌いじゃないわ」
「うん、5トップってなかなかないよね」と弥生。
「こりゃまたずいぶんと複雑な動きやな」と優斗。
「そうなのねー。僕たちの場合は司君と神児君がそのまま上がって5トップって感じだったのに、広島はDFラインも随分と複雑な動きをするのねー、これって、ボランチの木崎さんがCBに入るの?」と拓郎。
「そうだ、そしてCBの両端の二人がSBに替わる」
「ウイングバックの榊さんとミキッチッチさんはフォワードになるわけやな」と優斗。
「ご名答」と司。
「んで、守備時になると榊さんとミキチッチさんが下がって」そういいながら、司はマグネットをまた素早く移動させ、
「5-4-1に変形する」
「おー」と拓郎。
「こりゃまた……複雑やな」
「ってか、そんなに上手く行くの?これ絵に描いた餅の典型じゃなくて?」と遥。
「それが上手く行ってるからサンアローズは2012、2013とJを連覇してるんだよ」
「……あら、そうだったわよね。なんかいつの間にか優勝してたわよね広島って」
「そうだよね。広島と言ったら、Jの歴代最多得点第二位に付けている斎藤寿人選手が有名だけど……」と弥生。
「まあ、斎藤選手も有名だけれど、広島の生命線は背番号8番の木崎和幸選手なんだ」と司。
「そんなにすごい選手なんか?」と優斗。
「ああ、天才だ。前監督のミシャさんからは『ドクトルカズ』と呼ばれてたくらいだからな」
「どくとる?」と陽菜ちゃん。
「ああ、お医者さんとか博士って意味だよ。プロフェッサーって方が日本人にはピンと来るかな。このドクトルカズがいなかったら、このミシャ式自体生まれてなかったかもしれない」
えっ!司が『天才』っていうくらい評価高かったのか、この木崎和幸って選手。
「そんなにすげーのか?」と俺。
「ああ、生粋の広島生まれ広島育ちのフットボーラーだ。高校生からJデビューして15年、双子の弟の浩司選手と同じくサンアローズ広島のバンデイラ(旗手)だ」
「……すげーな」
前の世界では大学を卒業してどうにかJ3のサッカー選手になった俺に比べて、高校在学中にJ1デビュー。そして、広島一筋で15年。それも兄弟同時で……雲の上の世界の話だ。ちょっとマリナーズのあの二人を彷彿とさせる。
「その割には代表ではあんまり聞いたことないけれど……」と遥。
確かに木崎選手は代表のイメージがないな、この時期このポジションでは……
「アテネオリンピックのアジア予選までは召集されてたけれど、代表ではそれ以降呼ばれてはないな。弟の浩司選手はアテネには出てたが……」
「確かそのポジションって代表だと円堂さんとか長谷川さんとか阿部さんとか小野さん中村さんとか……そうそうたるメンバーだわね」と遥。
「まあ、時期が悪かったというか……」と俺。
「ただ、それ以上に病気がなー」と言いずらそうに司。
「へっ、なんか病気だったのか?」
「ああ、オーバーワークトレーニング症候群だ。兄の和幸選手も、弟の浩司選手も」
「あああー、あれはキッツいなー」あの病気は完治してもいつ再発するか分からんからなー。
「だけど、それと付き合いながらJ1で300試合以上出場してるんだ。並大抵の努力ではない」
「たしかにすっごいわ」と優斗。
そんなすごい選手のいるチームと戦わなければならないのか。
いや、天皇杯ラウンド16、ここに残っているチームはどこもこのくらいの強豪が当たり前なのだ。
つくづく俺達はとんでもない舞台に上がってしまったのだ。
「ところでなんでミシャ式って言うんや?」と優斗。
「前監督のミハイロビッチさんが考えたからミシャ式と言われているが、それを実際にやったのが木崎選手なんだよ」
「はへー、そりゃまたすごいんやなー」
「ああ、名将ミハイロビッチさんの理論と、ドクトルカズこと木崎和幸選手と双子の弟の浩司選手の二人の阿吽の呼吸。このどれか一つでも欠けたらミシャ式は確立しなかったと思う」と司。
「マリナーズの山下君達とか思い出すわ」と俺
「ああ多分、二人は、この木崎選手達のプレーをよくチェックしてると思うぞ」と司。
すると、「うおおおおおー」とスタジアムの歓声でピッチに目を向ける。
司の話に夢中になって試合を見るのがおろそかになっていた。
みると大竹さんがボールを持ってサンアローズ広島陣地に攻め込んでく。
「行けー、大竹さーん!!」
作者の相沢です。「フットボールのギフト」読んで下さりありがとうございます。
気に入ってくださった方は、ブックマークと評価の方をして頂けたら幸いです。
あと、感想も書いてくれたら嬉しいなー♪




