WELCOME TO THE FOOTBALL その2
途端に気まずい空気がリビングに張り詰める。
前の世界では、俺たちが全国を制覇した。そして一番苦しんだのは東京ビクトリーズだ。
俺と司は、また顔を見合わせる。
てっきり俺たちに勝ったビクトリーズがそのまますんなりと全国制覇したものだと思っていた。
って、そういや、翔太の奴、ちょくちょく会ったのに、優勝したとは一言も言ってなかったな。
てっきりあんな感じだから、優勝したことすら忘れていたと思ってたのに……
「そのー、すいませんが、どこと闘って負けたのですか?」と司
「どこだと思う」と逆に質問を投げかけてくる橋田さん。
「えーっと、フォルツァ大阪?」
西の横綱、フォルツァ大阪、圧倒的な資金力を背景に、何度もリーグ制覇しているオリジナル10の一つ。
近年ではJ初の三冠制覇が有名だ。
「ちがうね」と橋田さん。
「じゃあ、チェザーレ大阪ですか?」
育成に関しては、東のビクトリーズ、西のチェザーレと言われている関西のビッククラブ。
近年ではフォルツァより、こちらの方が成績がいい。
「ぶっぶー」と橋田さん。なんだか楽しそうだな。
「じゃあ、レッドデビル」
埼玉の赤い人達、言わずと知れた日本一のビッククラブです。
「ぶー」
「大宮ミーヤ」
一部の人が言っている、強い方の埼玉のチーム。
「そこには勝ったよ」
「ドサンコーレ札幌」
「今回は出てないねー」
「ベガタイル仙台」
「2回戦負けだったかな?」
「じゃあ、横浜マリナーズ」
ビクトリーズとは日本リーグ時代からのライバル同士。もっとも、近年ビクトリーズがJ2に落っこちてしまい伝統の一戦は何年もできてない。
「そこには準決で勝ちました」と、ドヤ顔の橋田さん。
思いっきし楽しんでんな、このおっさん。
「えーっ、じゃあ、どこですか?」
完全に答えが詰まった司、橋田さんにヒントを求める。
「横浜の近所近所」
その一言でピーンときた。
「もしかして、フリッパーズですか!?」
「ピンポーン」と嬉しそうな橋田さん。えっ、そこ、喜んでる場合なの?
なんと、全国の決勝で負けたのはお隣のチーム。川崎フリッパーズジュニア。
ぶっちゃけ、ビクトリーズから歩いていける距離。
確か、前の世界では、アップがてら、走って川崎まで行って練習試合やったこともあったなー。
そして、それ以上に驚いている司。
「えーっ、だって、川崎ってU-12立ち上がったの、去年ですよね」
「そうなんだよねー」と橋田さんは腕を組んで浮かない顔。
そう、これまで川崎フリッパーズってのはユースはあったのだが、ジュニアとジュニアユースは去年立ち上がったばっかりだったんだ。
でも、前の世界では、フリッパーズとこの大会で闘った記憶が無いんだけれどなー。
「ってか、詳しいねー、司君」と橋田さんも感心している。
俺は司と顔を見合わす。やはり、前の世界とは、少しずつだがいろいろと違う。
そうだ、前の世界で、フリッパーズが有名になるのは俺達がジュニアユースに上がった後、俺も司もケガで苦しんでいた頃だった。
正直、その頃の記憶と言ったら、自分の怪我のことで精一杯で、チームの試合のことなど頭になかったのだ。
それでも、あの頃のフリッパーズのことは知っている。
「じゃあ、例の4人にやられたんですか?」と司。
「おやおや、そこまで知ってるんだ。もしかして、司君、試合見に来てたんじゃないの?」と橋田さん。
例の4人……この当時の川崎フリッパーズは、今後、日本のサッカー史に残るくらいのとんでもないチームだったんだ。
司の言う、川崎フリッパーズU-12の例の4人。
一人目はキャプテンの三芳登児だ、MFで前線のどこにでも顔を出す運動量豊富な選手。
U-19、U-23と年代別代表でもキャプテンを任されていた。日本代表。
二人目は、板谷晃CB。俺達がいた前の世界でのW杯アジア最終予選のオーストラリア戦で、けがで欠場した富安、真矢の穴を十二分に埋めた選手と言えば、ピンとくるだろう。
たったの1試合で、現代表のCBの序列を変えてしまったと言っても過言ではない。もちろん日本代表。
そして三人目は、田中蒼。
日本代表の今や不動のスタメンだ。中盤のリンクマンとして守備から攻撃まで、今や森ジャパンには欠くことのできない選手。
特にU-19の時、ブラジル相手にアウェイでミドル2発の衝撃は、これまでブラジルに好き勝手されていた日本サッカー関係者の溜飲を下げたと言われている。日本も立派になったもんだ。文句なしの日本代表。
そしてラストは、三苫郁、日本のラストピースであり、必殺のジョーカー。先日のオールトラリア戦。たったの10分で、一気に世界デビューを果たした川崎のネイマール。
もっとも、個人的には全盛期のカカの方が俺はピンとくるのだが……どっから見ても日本代表。アクエリアス万歳。
ジュニアチームの4人が日本代表。しかも圧倒的なインパクトを残した選手ばっか。その上、田中君と三苫君は同じ小学校というおまけつき。
川崎に入る前から、なんか二人でしょっちゅう練習してたんだってさ。
前の世界ではよく司が言ってたんだよ。
一つ間違えたら、俺達も、あんな感じになったのかもなって。
すみません、圧倒的な俺の力不足で。迷惑かけます北里上司。
ってかさ、確率論からいっていろいろ変だろう。
稲城と川崎のこのわずかなエリアの中で日本代表がボコボコ生まれるだなんて……
ってか、翔太、大丈夫か、お前、ポジション取られちゃってるじゃねーか、こいつらに。
なんだか、マンガのような設定の川崎フリッパーズジュニア。
でも、これ、ホントの話なんですよ。
と、話が脱線しちゃいましたね。
まあ、前の世界では戦う事の無かった川崎フリッパーズジュニアと闘う羽目になってしまったビクトリーズ。
もし、前の世界でこのチームと闘っていたら……うーん、ちょっと自信が無いなー。
すると橋田さん、「で、まあ、正直、言おう。来年のジュニアユースももちろんなんだが、出来たら、この冬のU-12選手権に間に合わせたいというのが私の本音だ」ここで、自らのカードを切ってきた。
と、そこで「あのー」と俺。
「なんだい、鳴瀬君」
「橋田さんって、この夏の大会で、全国の才能のある選手見たんですよね」
「ああ、もちろんだよ。鳴瀬君」
「それで、いろいろ見て、僕たち以上に才能のありそうな選手、いなかったんですよね」
「うん、ぼく、さっき、そう言ったよね」そう言ってお茶をずずずーっと飲む。
「あのですね、僕達ビクトリーズに負けましたけれど、勝った川崎の4人よりもインパクトがあったんですか?」
正直、それが今、俺が一番に聞きたかったことだ。あの、4人と比較して俺のフットボーラーとしての才能はどうなんだ?
やっぱ、気になるっしょ。
「……君んちのお茶、美味しいよねー」そう言って、お茶を飲み続ける橋田さん。
ああ、もう、大丈夫です。ほんとなんかすみませんでした。
気まずい空気が流れる我が家のリビング。
すると、司が「大体、川崎のあの4人がビクトリーズに来るわけねーだろ」と大正論をぶちかます。
なあ、司、もうちょっとさ、オブラートに包んでもいいんじゃないかな?
ほら、橋田さんも中田さんもだまっちゃったよ。
誰一人として幸せにならなかった今のやり取り。
鳴瀬家のリビングがさらに重苦しい雰囲気に包み込まれていく。
皆静かにお茶請けを食べ始めた。
あっ、母さん、文明堂の三笠山美味しいねー……
サッカーにちょっと詳しい人なら知っている例の話。
東京ビクトリーズと川崎フリッパーズとの因縁。大体、東京ビクトリーズの前の名称が川崎ビクトリーズ。もうこれでなんとなくわかってくれるかな。
普通、日本のサッカーシーンってダービーマッチになると、運営もサポーターも盛り上がるってんで、大げさに煽り立てるんですよ。
SC東京vs東京ビクトリーズの『東京ダービー』しかり、SC東京vs川崎フリッパーズとの『多摩川クラシコ』しかり。
ところが、東京ビクトリーズvs川崎フリッパーズなんて、クラブ同士の距離間が5キロも無いってのに、そんな話はぜんぜん持ち上がらない。
確かに過去、川崎ダービーというものがあったらしいねとネットの記事には乗っているのだが、両方のサポーターも知らぬ存ぜぬ。
本当に仲が悪くなるとこうなるんだなーと言うことが分かる格好の例。
そんな感じの両チームなのです。
ちなみに、この2チームのこれまでの経緯を話したらそれだけでもう小説1本できちゃうくらい。
まあ、一言で言うと、平家と源氏のような2チーム。
ちなみに、平家はビクトリーズの方ね。




