天皇杯3回戦 対チェザーレ大阪戦 その1
「おーい、鳴瀬ー、そこもっと上がっていいぞー」と大竹さん。
「うーっす」と俺。
「北里ー、そこは大竹とワンツーで上がって行けー」と室田さん。
「ハイッ」と司。
「いいね、いいねー、シンジー、ツカサー、ブラーヴォ、ボラーヴォよー」とご満悦のポポリッチ監督。
短い夏休みを終えて明和のサッカー部に戻ってみたら、ボールをひと蹴りもすることなく、いきなり朝一で小平グラウンドに行ってSC東京の練習に参加するよう岩崎さんに言われてしまった。
あまりに突然の事なので、「どういうことですか?」と西島監督に聞いたら、SC東京のポポリッチ監督が俺達のことをいたく気に入ってしまい、ドイツ遠征前から何度も練習参加のオファーをいただいていたそうだ。
まぁ、総理大臣杯やらいろいろあったからなー(遠い目)
そして、ドイツ遠征から帰って来てからも毎日のように「北里はいつ練習に来るのか?」「鳴瀬は日本に戻っているのか?」としつこく電話がかかって来たらしい。というか、練習場にまで押しかけて来たらしい。室田さんの案内付きで。
岩崎さんや監督は「今はドイツ遠征から帰って来て休暇中ですので戻ってきたらそちらに行かせますよ」と言ったのだが、「では、いつ戻って来るのだ」としつこく迫られてしまい、結局、押し切られるような形で、大学に戻ってきたらその日のうちにそっちに行かせるという事でお引き取り願ったみたいだ。
どうやら、大竹さんからポポウィッチ監督に「鳴瀬と北里、クラップさんとグアルディオルさんに唾つけられそうですよー」と教えられて気が気では無かったらしい。
いやー、参った、参った。あちこちからラブコールをいただいてしまって……神児困っちゃう(ハート)
まあ、冗談はさておき、レギュラー陣の皆さんもしょっちゅうSC東京の練習に参加させていただく間柄。
ちょくちょく非公式の練習試合に呼ばれることもある俺達明和。SC東京さんとはここ何年もの間、そんな蜜月関係を築いていたのだ。
大体、日本代表の永友さんを始め、明和からSC東京に行った選手は何人もいるし、その逆にSC東京ユースの選手が毎年何人も明和にやって来ている。
そんな感じのSC東京と明和の関係性。
西島監督にさっき聞いたところ、俺と司がビクトリーズの昇格の話を蹴って明和に入った時から目を付けていたらしいんだってさ。
ところが、天皇杯で戦うことになったり、総理大臣杯の予定が入ったり、ドイツ遠征に行ってしまったりでSC東京の練習に呼ぶ話が随分と延び延びになっていたらしいのだ。
とどめに大竹さんからのリークがポポウィッチ監督の耳に入り、居ても立っても居られなかったらしい。なんかすいませんね。随分と気に掛けていただいて。
そんな感じで午前中の練習は予想外の小平グラウンドで行うことになってしまったのだ。
で、その事を聞かされたのが朝の8時前だった。
「えーっと、SC東京の練習って何時からですか?」
「10時から小平グラウンドだ。行き方分かるよな?」と岩崎さん。
すると司がスマホで路線図を検索する。
「うーん、乗り換えがめんどくさそうだなー」
「どんな感じよ?」
「中央線から西武線で1時間15分」
「えっ?小平行くのに1時間かかるの?新宿出れちゃうじゃん」
「直通ないからなー、小平まで」
「……自転車で行くか?」
「試しにルート検索すると」そう言いながら司はスマホでポチポチポチ。
「うん、55分で着くわ」
「おーっし、決定ー」
俺達はさっさと荷物をまとめて自転車で行くことに決めた。
「気を付けて行ってこいよー」と西島監督。
「帰りにポカリ買ってきてー」と拓郎。
「じゃあ、俺はアクエリやー」と優斗。
「買えたらな」と俺。
そんな感じで明和八王子グランドから小平グランドへGO!!
…………45分後、
「意外と早く着いたな」と司。
「ちょっと早めに着きすぎちゃったな」と俺。
距離が20キロ無かったら、今の司と俺だったら、先頭交代しながら40キロは楽勝でキープできる。
時計を見たらまだ9時前。
「まあ、遅刻するよりはマシだろう。先にグラウンドいっちゃおうぜ」と司。
するとすでにグラウンドには選手が何人か出ていた。そしてその中に室田さんと大竹さんもいた。
「おはようございますー」と挨拶する俺と司。
「えっ、何しに来たの?」と大竹さん。
「おお、急に悪いなー」と室田さん。
そんな感じでドイツから帰って来て一発目の練習はSC東京ですることになった。
さすがは未だ首位戦線に踏みとどまっているSC東京。U-20とはまた一味違ったインテンシティーの高い練習だ。
初っ端の鳥籠からして激しさが違う。……っていうか、この前の天皇杯の事恨んでませんか?
大竹さん、目が怖い、目が怖い。
えっ、何、青赤のユニフォーム着ちゃうと変なスイッチ入っちゃうんですか?
そしてポポウィッチ監督、距離が近い近い。
無理に選手と一緒に鳥籠しなくていいですよ。怪我させちゃいそうでおっかないですから。
そんな感じで、その後、紅白戦を戦って、俺達のSC東京の第一回目の合同練習は終わった。
今度はトンボ帰りで八王子に戻って来た。めんどくさい。
そして改めて皆さんにご挨拶。
「どうも、ドイツから帰ってきました鳴瀬です」「北里です」
「お疲れー、自転車好きだなお前ら」と西島監督。
という訳で、小平のグラウンドから明和のグランドまで40分そこそこで戻ってきた俺達。うん、いいトレーニングだった。
「じゃあ、さっさと紅白戦始めんぞ」と岩崎さん。
「はい」と俺。「了解」と司。
そうそう、お土産のビスケット部室に置いておきましたので後で皆さんで食べてくださいね。
久しぶりに大学の仲間たちとボールを蹴る俺達。この短い期間の間でもお互いの成長を感じられる……なんてこともなく、大体、司と拓郎と優斗は一緒にドイツに行ってたし、実は午前中のSC東京での練習では俺以外にも恒田さんや大場さんもSC東京の練習に呼ばれてたのだ。
もう、何が何だか訳分からん。チームに対する愛着や所属感などどこぞに置き忘れて来そうなくらい目まぐるしく違うチームでサッカーをする俺達。
21世紀のフットボーラーとはこうも忙しないものなのか……
そういや、直近の試合ってリーグ戦でしたっけ?とそんなことを考えながらアップをしていたら、「集合ー」と岩崎さん。
「では、来週に控えた、チェザーレ大阪戦の確認をします」と。
「えっ?なんで、チェザーレと戦うの?」と俺。
「天皇杯」と司。
「大丈夫かお前?」と大場さん。
「ドイツボケか?」と木本さん。
「すいません」
そうだ、来週は天皇杯の3回戦だった。
そういや、ファルランってどうなったんだっけー?
すると俺の考えを見越したように岩崎さん。「残念ながら、ファルラン選手が出て来そうです」と。
「えええー」と俺達。
「移籍するんじゃなかったのかよ」と山本さん。
「トルコ行きの話はどうした?トルコ行きの話は」と中野さん。
「またトーチューの飛ばし記事かよ、しょーがねーなー!!」と木本さん。
「マンUが買い戻すんじゃなかったのかよ!!」と恒田さん。
みなさん、ファルランさんが相手チームにいらっしゃるのをあまり快く思って無いみたいです。
そんな、ワールドカップの得点王とMVPの2冠を取った選手と戦う機会なんざめったにないのだからもっと楽しまなくっちゃ……なんて言ってられないか。
すると、「そういや、鳴瀬、北里。室田さんからチェザーレ大阪の事なんか聞いてなかったか?」と岩崎さん。
「へっ、チェザーレの事ですか!?」と驚いた様子の司。
「おお、先週、カップ戦でSC東京、チェザーレ大阪と戦ったんだけど、その試合に室田さん出てたんだよ」
「あー、すいません、聞いてませんでした」と司。
「えーっと、大場、恒田さん、なんか聞いてないですか?」
「すまん」と恒田さん。
「聞いてなかったです」と大場さん。
「しゃーねーなー」と岩崎さんはブツブツ。
あれ、俺には最初から聞いてくれないんですか?岩崎さん。
「だったら、鳴瀬と北里、俺からポポさんに言っとくから明日も小平行ってこい」と西島監督。
「はあー」と司。「分かりました」と俺。
「自転車乗ったらすぐ行けるんだろ、小平まで」
「まあ、」と司。「そうなんですけど」と俺。
そんな感じで、日本に帰って来てから、俺達のサッカー生活はさらに忙しくなってきた。
えーっと、そういや、後期のリーグ戦って何時から始まるんでしたっけ?




