GO WEST その7
すると、高柳監督から交代の声がかかる。
「えー、せっかく調子が上がって来たところなのに……」
しかし、ベンチを見ると、試合に出たくてうずうずしている選手達がたーっくさん。
そういや、優斗もまだ出てなかったよな。
まっ、しゃーない。親善試合ってのはこういうもんよ。
俺がベンチに戻ると同時に司もベンチに下がった。
そしてそれを出迎えるクラップ監督。なんか、妙に距離が近すぎませんか?
ってか、ドルトムントのベンチあっちっすよ。
クラップ監督からの熱視線を感じながら、俺は高柳監督からのお褒めの言葉をもらう。
「あいかわらず、いい運動量してるな、鳴瀬。明後日も試合だけど大丈夫か?」
「あっ、大丈夫ですよ。できたらフルでお願いできますか?」
すると呆れた顔の高柳監督。
「まぁ、メンバーの都合に合わせてだな」
「はぁ……」
せっかく、こんなに心地のいいドイツの夏。少しでも多くサッカーをしなければもったいない。
俺は監督にさらにアピール。
「よかったら、3本目、俺フォワードで出ても大丈夫ですよ!」
なんてったって、総理大臣杯の得点王だ。今乗りに乗っている俺。点を取るイメージしかない。鳴瀬神児しか勝たん!!
すると高柳監督、「あっ、大丈夫、間に合ってるから」
そういうと俺から目を逸らす。監督にとってもU-20ワールドカップはトラウマだったのかもしれない。
俺はそのまましおしおとベンチの奥に下がって行った。
しかし、そのまま、素直に応援することはできなかった。
なぜならクラップ監督からの質問が矢のように飛んできたからだ。
「ねぇ、神児、君は右利きなの?左利きなの?」
「はい、僕は根っからの左利きです」
「その割には右足でのクロス精度があったね」
「はい、子供の頃からそこにいる司と一緒に特訓しました。これからのサッカー選手は両足でクロスを入れらるようにならないとって」
「そうかー、じゃあ、司と一緒のレフティーなのか」
「いや、司は普通の右利きですよ」
「えっ、あの左足のキックの精度で!?」
「はい、どちらかというと両利きって感じですね」まあ、前の世界では右足ばっか使ってたけれどな。
ほほーうとさらに興味津々のクラップ監督。
「なぜ、君達は利き足の逆サイドでのポジションをやってるの?それは監督の考え?」
つまり、左利きの俺が右のサイドバックをして、右利きの司が左のサイドバックをしていることに関心があるらしい。
通常だとサイドバックの場合は利き足のサイドにポジションを任されるのだ。
左利きなら左サイドバックという事だね。まあ、左利きはあんまりいないから、右利きの左サイドバックは結構いるが、俺みたいな左利きなのに右サイドバックやっているパターンってのは結構稀なんだ。
「いや、ジュニアユースの時から司と話し合って俺が右で司が左と決めました」
「また、なんで?」
「その方が利き足でのシュートコースが広がるからです」
「すばらしい」
クラップ監督の目が光った。
「で、クラップ監督と何話してたんだよ」とわらじのようなシュニッツェルをナイフでキコキコ切りながら健斗。
「プレーについてだよ。左利きなのになんで右サイドなんだとか」そう言いながら、俺もシュニッツェルをナイフでキコキコ。
「ああー、シュート蹴りやすいようにってアレだよな」そういいながらシュニッツェルをモグモグ食べる健斗。
「まあ、フォワードだとその配置にするよな。翔太も右利きで左サイドだし」俺もシュニッツェルをモグモグ。
「メッシとかも左利きで右サイドにいるもんなー」と森田さんもキコキコ。
ってか、このシュニッツェルとかいうドイツ風のとんかつ。まずくはないんだけれど、味付けがレモンだけってちょっと寂しすぎやしませんか?
それに付け合わせがマッシュポテトにザワークラフト。
そんな酢漬けなんかにしないで、普通の千切りキャベツ付け合わせにしてちょーだい。
これは酒のつまみです。
たしかにビールに合うなこりゃ!!
ビール持ってこーい!!
すると、フンフーンと鼻歌を歌いながら何やらバッグをごそごそ探る司。
なにやってんだよ、お前、さっきからシュニッツェル食わねーで。
すると司はなんとバッグからとんかつソースを取り出した。
なんだ、お前、ただの有能かよ!!
「司、よこせ、俺にも、俺にも」とどう見ても携帯用ではないお徳用サイズのとんかつソースがみるみる無くなって行くが司はまるで気にしない。
そして、「これも使うか?」とバッグから和からしも取り出した。
どんだけ有能なんですか上司!?
すると、クライマーさん「ツカサー、ワタシニモクダサーイ」と。
ええっ、ドイツ人のクライマーさんもカツはソースで食べる派ですか?
とどめに司「マヨネーズも持ってきましたよ」とお徳用サイズのマヨネーズをドン!海外旅行に持ってくる大きさじゃねーぞそれ。
でも……上司はやっぱり有能だなー。
俺は司からマヨネーズをありがたく受け取ると、ザワークラフトにたんまり付けた。んまんま。
「ってか、クラップ監督とスマホ突き合わせてなにしてたんだよ、お前ら」
「アドレスの交換」と司。
「ええー、クラップ監督と直でか、いいなー」と健斗。
「メアド?それともLINEの交換か?」と森田さん。
「いや、バイバーっていうこっちで普及しているSNS」とアイコンを見せる司。
「ってことはー、あれかー、やり取りももしかしてドイツ語」と健斗。
「いや、もしかしなくてもドイツ語だよ」と司。
「はいはい、撤収、撤収ー」健斗はそう言うと、明日のオフに観光する話題を切り替えた。
「ってか、デュッセルドルフってなにあんの?」と翔太。
「なんか、市場とかラインタワーとか美術館行くらしいぞ」と森田さん。
「普通の観光じゃないですか。いいんですかねー、楽しんじゃって」と三苫君。
「いいんじゃないの、夏休み潰して合宿に来てるんだから、少しくらい羽伸ばさせてもらっても」と総理大臣杯が終わったばかりの森田さん。
「僕らはプロだからなんか、申し訳ないよねー」と行く気満々の翔太。
すると、選手のみんながシュニッツェルを完食したのを気に良くしてか、なんと二枚目のシュニッツェルがやって来た。
いやいやいやいや、この単調な味の食べ物2枚はキツイって、ソーセージの盛り合わせかなんか持って来て下さいー。
すると、またまた、持ってきたバッグをごそごそとまさぐる司、そして……「これ、使うか?」とお徳用サイズの味ぽんを取り出した。
お前、一体、どれだけ調味料持って来てるんだよ。
後でちょっとそのバッグの中身見せてみろ。
…………翌日、
俺達は朝一番で軽くリカバリーのトレーニングをしてからレッツ観光!!
一発目はデュッセルドルフのライン塔。スカイツリーほど高くはないけど234mは十分な高さ。
昔からよく言うじゃないですか、何とかと煙は高い所が好きって。はい、馬鹿でーっす!!
ってか、ガラスがアールを描いて足元のすぐそばまでガラス張りなので真下までよく見える。
高い所が苦手な弥生と一緒だったらここはパスかな。あれっ、なんか司の顔が引きつってるぞ。お前ってもしかして……
いや、あえて突っ込むのはやめておこう。「俺は馬鹿じゃないからお前らと違って高い所は苦手なんだよ」とか言われたらイラっとするし。
見ないふり見ないふり。しかし面白れーな。おっかなびっくり腰引けながらちょぼちょぼと前に進む仕草。
とりあえず、スマホで撮って後で遥に見せよーっと。
その後は、ちょっと見識を深めようと、K20近代美術館とやらに行く。
なんか、展示物に人が集まってるなーと思ったら普通にピカソが飾ってあった。けっこうすごいのね。
健斗と拓郎は裸婦画の前から動かない。やめましょうよ恥ずかしい。真面目な顔してオッパイの大きさについて議論するってお前らさてはおっぱい星人だな!!
すると、意外や意外、翔太の奴が結構真剣な顔で作品を眺めてる。そして誰よりも速くこの美術館のパンフレットを購入した。ところでお前ドイツ語読めるの?
とりあえず、午前中はそんな感じ、そして午後はレストランで昼食をとってからライン川沿いにあるカールスプラッツ マーケットでお買い物タイム。
いたせり尽くせりじゃないですか。ってか、食料品がいっぱい売っている市場みたいなところなのですね。
ほほーう、お店の人がソーセージの試食なんかを気軽に進めてくれる。
……そして、地ビールの試飲も。
……チャーンス!!ドイツにまで来て、ビールも飲まずに帰ってられるか。
右を見て、左を見て、よしっ、誰もいない。俺はおばちゃんにニッコリと笑顔で、
「Lassen Sie mich mal probieren.(一杯、味見させてー)」とお願いしてみる。
するとニッコリ笑ったおばちゃんから、紙コップでビールをいただいた。
ほほーう、日本のビール程冷えては無いけれど、その分、麦とホップの香りが豊かですね。
悪くない、いや、結構好きかも。俺はそのまま横に平行移動すると、隣のカウンターで、サラミの試食をさせてもらう。
「Schwester, lass mich mal probieren.(お姉さん、味見させてー)」
すると、到底味見とは思えない厚さのサラミを一枚切ると俺に手渡してくれた。んまんま。
やばい、この、味の濃いサラミと、味の濃い地ビールめっちゃ合う。
とりあえず、このサラミ一本買っておこう、弥生にお土産だ。
「Schwester, gib mir eine.(お姉さん、一つ頂戴)」
俺はポケットからユーロ紙幣を取り出した。
すると、今度は隣のお店の親父さんが何やら声を掛けてきた。
「Yo, Bruder, willst du das auch probieren?(よう、兄ちゃん、こっちも試飲してみないか?)」
見ると黒々としたおいしそうな黒ビール。喉の奥がゴクリとなった。
…………一時間後、
俺の背後に目が逆三角形に合った司が居た。
「おう、司、調子はどうだい」
「お前、何飲んでんだよ、バカ野郎」
「いやー、俺はいらないって言ってんのに、次から次から、日本人ちょっと味見していけよってまいっちゃってーテヘ」
「おい、俺達、今、国の代表で来てんだぞ。未成年なのに飲酒してんのばれたら、ペナルティーでこの先の試合出してもらえなくなっちまうぞ!!」
「……あっ」
本来ならここで顔が真っ青にならなければならないのだが、いい感じに回ってしまい、どっからみても幸せそうに頬を赤く染める俺。
「ってか、何買ってんだよ、お前」と俺が両手で持っている紙袋に気が付いた司。
「いやー、ソーセージの試食させてもらったら美味しくってさー、弥生のお土産で買っちゃったー。司もどうよ?」
すると司は、はぁー、と心底がっかりした顔でため息をする。
どうしたんだい、司、せっかくのドイツの街に来たっていうのに、そんなしけた顔しちゃって。
「あほ、神児、さっきの話聞いてなかったのか?肉類は日本に持ち帰れないってさっきガイドの人が言ってたじゃねーか?」
「やー?(Ja?)」俺はそう言って首をかしげる。
「何ドイツ語で返事してんだ。日本語で返せ日本語で!!」
「えっと……なんですって?」
「検疫があるから肉は持って帰れないって言われてただろうが!!」
「……そうだっけ?」
「とりあえず、ホテルに持って帰って食うしかねーだろ」
「……もったいないなー」
「ってか、お前、どんだけ酒飲んだんだよ」
「いやー、紙コップで4~5杯よ、ホントホント」
「何セーフみたいなこと言ってんだよ。見つかったらアウトだよアウト」
「……マジか」
「マジだ」
「Was sollen wir tun?(どうしよう?)」
「なんでお前、さっきからちょくちょくドイツ語で返事してんだよ。むかつくな!!」
「Verzeihung」
「ああ、もう!!!」
司はそう言うと、自分が被っていた帽子を俺に目深にかぶらせて、「お前はとりあえず、そこから動くな。」
そう言って、どっか行ってしまった。
ちぇー、つまんねーな。
とりあえず、俺はベンチの上でサラミを食べる。んまんま。
すると、5分も立たないうちに司がミネラルウォーターを持ってやって来た。
そして、「とりあえず、全部飲め」とミネラルウォーターを渡される俺。
「それから、お前はこの後、誰ともしゃべるな」と言って、どっかに行ってしまいました。
しばらくすると、心配そうな顔でクライマーさんと高柳監督がやって来て、「大丈夫か、鳴瀬、北里から聞いたんだけれど、ジュースだと思って試飲したらワインだったんだって?」と高柳監督。
「オー、シンジー、ドイツのワインハアマイカラ、ジュースダトオモッテ ノムト タイヘンネー」とクライマーさん。
あー、なんかどうもすいません。
「なんか、ちょっと、気持ち悪いみたいで、ちょっと、風に当たらせてきます」
司はそう言うと、俺を風通りのいい休憩所のベンチに座らせた。
何から何までどうもすみません、上司。
ところで、メットヴルスト(生ソーセージ)食べる?
さあ、あとは心を落ち着かせて、スペイン戦を観ようじゃないか。




