総理大臣杯セミファイナル その7
すると、その直後、森田さんの背後から能面のような顔をした司が見えた。
その二人の顔のコントラストに思わず背筋がゾクっとした。
お前は何を考えてるんだ、司?
司は疲労でへたり込んだままの俺のところまでやって来て、俺の腕を持つと無表情のまま引き立たせてくれた。
なんかおっかねーぞ、お前……そしてそのまま抱きかかえるようにして、俺の耳元でこう囁いた。
「よくがんばったな、神児。後は俺に任せろ」と。
「へっ?」
「いいから、後ろに下がってゴールを守っておけ」
「……はぁ?」
「まあ、まかしとけよ」
司はそう言って、俺の背中をポンポンポンと叩きコーナーアークに向かって行った。
俺は司に言われた通り、釈然としない面持ちで自陣に戻ると、中野さんと一緒にゴールを守る。
すると、「おう、お疲れ、残念だったな神児」と中野さん。
「はい、あともうちょっとだったんですが……」
「やっぱ、スミスさんからそう簡単にはゴール割れないよ」と中野さん。
ちなみに身長の高い拓郎と木本さんは流経のゴール前で司のコーナーキックに備えている。
また随分とコーナーキックに自信持ってたな、司の奴。
流通経営陣を見ると、一人を除いて全員をゴール前に並ばせている。
先ほどのような失態はもう絶対に起こさせない、そんな覚悟が伝わってくる。
そして、その除いた一人は司のマンマーク。
そんなコーナーキックから立て続けに点なんて入るわけないのになー。
正直、さっきの拓郎のゴールだって、三回に一回決まれば御の字のプレーだったし……
その上、流通経営は今回は最大級の警戒をしている。
そんな調子のいい話がいくつも転がっている訳ないじゃないか。
すると、左サイドのコーナーアークに立った司は能面の表情のまま、指を五本上げた。
その途端、ゴール前にいた明和の選手達の空気が変わる。
五本指って……あれ、司の考えたセットプレイって4本指までじゃなかったっけ?
俺が首をかしげていると、「そういや試合前、北里の奴チャンスがあったらちょっと面白いプレイやるからって言ってたな?」
「面白いプレイですか?」
「あれ、お前知らないの?」
「はい」
「なんか、今日、朝早く起きて、変な特訓やってたぞ?」
「……はいっ?」
「あっ、そうか、北里の奴、お前があんまり気持ちよさそうに寝てたから部屋で寝かしておいたって言ってたなー。今日の朝練」
「へっ?朝練なんてあったんですか?」
「いや、なんか、北里の奴が声かけてたぞ、何人かに?」
「俺、聞いてないっすよ」
「あれっ、変だなー」
流通経営のゴール前を見ると、ニアには木本さん、ファーには拓郎が立っている。
それだけで相手のマークを分散させている。
すると、ファー側のペナルティーエリアギリギリのところで優斗が両手を広げた?
……んっ?何やってんだあいつ?
すると左手には川島さん、右手には大場さんが手を握る。
……はい?
さらに川島さんの手を陣内さんが、陣内さんの手を徳重さんが、そして徳重さんの手を大場さんが握った。
流通経営のペナルティーエリアファーサイドで五人が仲良く手を繋いで輪になっている。
……おい、司、何するつもりだ?
すると、手を繋いだ五人はちょっと照れくさそうな顔になると、手を繋ぎながら時計回りでグルグルと回り始めた。
「えっ?」
「何やってんの」
「おゆうぎ?」
「ふざけてんのか」
そんな声がスタンドのあちこちから聞こえてくる。
流通経営の選手達も、そして審判も線審もなんか、ちょっと困った顔になっている。
けれども五人の輪舞はドンドンとスピードが上がってくると……コーナーキックの笛の音が「ピー」っと鳴った。
直後、木本さんが司に向かって走り出す。
それにつられて、流経の選手達も司に向かって駆けだした。
スミスさんからは司が完全にブラインドになっている……と、司は今日、初めて左足のアウトスイングでコーナーキックを蹴った。
一瞬反応が遅れたスミスさん。
直後、グルグルと勢いに乗った五人の輪がバラバラに分かれると、一斉にゴール前に飛び込んでいく。
人に付くべきか、ゾーンで守るべきか、流通経営の選手はゴール前で混乱を起こす。
「うぉぉぉぉぉ」
司達の狙いが分かった観客たちがどよめきを起こす。
直後、五人が五人ともフリーでゴール前に飛び込んだ。
アウトスイングで蹴られたボールはスミスさんも飛び込めない絶妙の位置から鋭く曲がりゴールから離れていく。
そして、そのボールをヘディングで捉えたのは……明和大学の守備のスペシャリスト、徳重さんだった。
ボールの芯をしっかりと捉えた徳重さんのヘディングシュートは、スミスさんが一歩も動けぬまま、流通経営大のゴールに突き刺さった。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉー」
世紀のプレーを間近で見た観客達は、歓声を途切らせることなくいつまで叫び続ける。
両手を掲げで喜びを表す徳重さん。
けれども、すぐに流通経営の選手達は審判に詰め寄っている。
おそらく、今のプレーが、ファールじゃないのか?と聞いているのだろう。
審判も困った顔をしているが、別に反則行為など何もしちゃいない。
まあ、ある意味反則行為なのだが……
スタンドのざわめきが今も尚止まらない。
すると、目をパチクリさせながら中野さんが俺に聞いてきた。
「なんじゃ、今のプレーは……」
「……トルメンタ」と俺。
「はい?なんだって?」
「トルメンタ……スペイン語で『嵐』って意味です」
「はぁー、また、随分としゃれおつな名前だなー」うんうんうんと感心している中野さん。
と、その時、審判がセンターサークルを指し得点を認めた。
「おおおおおおおおおー」とどよめきがさらに大きくなると沸き立つスタンド。
キツネにつままれたようにな顔で首をかしげる流通経営の選手達。
中には納得できないと言った感じで、まだ審判に詰め寄っている選手もいる。
「ってか、どこで知ったんだよ、今のプレー」
「あー……なんか、ユーチューブかなんかで見つけたみたいですよ、司が」
俺もやけくそになって司の嘘の乗っかってしまった。
そんな、「前の世界で2022年の冬の選手権で高川学園の選手が編み出した世紀のトリックプレーです」だなんて口が裂けても言えるわけないじゃないか!!
ってか、年下の高校生が編み出したセットプレーを丸パクリするお前のモラルっていったいどうなのよ?なぁ司!!
今晩、ちょっと、話し合おうじゃないか。
俺たちのこれからの方向性についてって奴をさ!!
すると、何かを察しているのか、ちょっと気まずそうに司がやって来た。
「おい」と俺。
「なんだよ」と司。
「どういうつもりだよ」
「どういうって……」
「トルメンタだよ」
「まあ、ちょっとくらいいいかなーって」そう言いながら頬をポリポリ。
そういやこいつ、こっちに来る直前の冬の選手権見た直後、面白半分でユースの子達に仕込んでたな。トルメンタ。
「ってか、なんで、お前、俺には声かけなかったんだよ」
「だって、お前に言ったら反対しそうじゃん」
「するに決まってんだろ!」
「あー、ほらほら、流経のプレイはじまっちゃうぞー」
そう言ってセンターサークルを指さす司。
見ると、これ以上ないくらいの釈然としない面持ちの森田さんがセンターサークルにボールをセットしている。
振り返ると、司はさっさと自分のポジションに戻っている。
俺も仕方なく自分のポジションに戻って行く。
そして、流通経営のキックオフで試合は再開するが、今のトルメンタですっかりとやる気を削がれてしまった森田さんと流通経営の選手達。
結局試合はそのまま、2-0で終わることとなった。
総理大臣杯準決勝 明和大学vs流通経営大学の試合は2-0で俺達明和の勝利となった。
なんか、本当にすみません。後で司によく言い聞かせておきます。
はい……
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何故、神児や司がこの世界に逆行してきたのか、その秘密がわかりますよ。
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作者より




