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ハマのイナズマ その8

 ペナルティーエリアを飛び出していたキーパーが必死に戻る。


 司は残された体力を振り絞るかのように、ゴールに向かってドリブルを続ける。


「止めろー!!」

 神奈川国際の選手達の声が響く。


「行けー!!」

 明和のみんなの声が聞こえる。


 俺たちみんなの願いがこもったボールを司が懸命に運び続ける。


 悲鳴とも歓声ともつかない声が住吉スタジアムのピッチの上に交差した。


 するとその時、1枚だけ残っていた神奈川国際のセンターバックが矢のようなスピードで司に襲い掛かる。


「司ー、来たぞー」


 俺もあらん限りの声で司に伝える。


 するとペナルティーエリアの手前で相手のセンターバックに追いつかれたと思ったその時、司の体がふわりと宙を飛んだ。

 

 一瞬の静寂の後、「ピピピーーッ」とピッチをつんざくような主審の笛が鳴る。と、同時にレッドカードが……


挿絵(By みてみん)


「……ドグソだ」


 俺は思わずつぶやく。


「なんじゃ、どぐそってのは?」


 俺の横にいた木本さんが聞き返してきた。


 あっ、木本さん、いたんですね。


「ドグソってのは、(Denying an Obvious Goal Scoring Opportunity)の略で決定的な得点機会の阻止っていう意味です」


「な、な、なんて?」


「だから、(Denying an Obvious Goal Scoring Opportunity)の略で決定的な得点機会の阻止っていう意味ですよ」


「えっ、えっ、もう一回」


「だーかーらー、でないいんぐ あん おびあす ごーる すこありんぐ おぽちゅにてぃーの頭文字をとってドグソ。決定的な得点機会の阻止って意味です」


「おまえ、それ、どこで知った?」


「あっ、いや、たまたまサッカー雑誌読んで知ったんです」


 ヤバイヤバイ、ドグソって言葉が選手間で一般化したのはまだ数年先だった。


「単に知ったから言いたかっただけじゃねーの」


「あっ、分かりましたか?」と、ごまかす俺。ともかく、派手にすっころんだ司のところに急がねば。

 

 相変わらず、神奈川国際の選手達は何やら主審と言い争っている。


 そりゃこんなところで、赤もらっちまったら、ゲーム終わっちゃうもんなー。


 見ると、司はすっころんでからピッチの上でうつぶせになったままピクリとも動かず。


 オイオイオイ、大丈夫か、お前。


 佐藤さんや恒田さんが心配そうに司の様子を伺っている中に割って入る。


「はい、どもどもー、大丈夫です。大丈夫です」


 そう言って、司の周りから人をどかせると……「おい、いつまで倒れてるんだよ」と、司の耳元でささやく。


 すると、「どうだ、赤、確定したか?」と囁くように司。


「ああ、一発レッドだよ」俺も司の耳元で囁く。


 俺の言葉を聞いた司は、「あいたたたたたー」と言いながらゆっくりと立ち上がる。


 俺は周りに人がいないのを確認してから司に聞いてみる。


「お前、アレ、わざとか……」と。


「んなわきゃ、ねーだろ」と腰に手を当てながら司。


「その割には、お前、ペナルティーエリア手前でわざと失速してたよな?」


 矢のようなスピードに見えた相手のセンターバックだったが、何のことは無い、単に司のスピードが落ちただけだった。


「いや、そんなことは無い、単に足がもつれただけだ」


「もういい、何も言うな」


 司は千載一遇のチャンスを阻止されて、心から悔しそうな表情を浮かべながら、ヨタヨタとボールをセットする。


 相変わらず下手くそな演技だ。


 こういう所は前の世界から何一つ変わってない。


 納得いかないという表情で、仲間に宥められながらピッチを後にするセンターバック。


 あの選手にもう少しだけ、したたかさや腹黒さを持ち合わせていたならば、こんなことにはならなかったのだろう。


 とにかくここに来て、一人選手がいなくなってしまうという、下手をしたら失点よりも大きなダメージを受けてしまった神奈川国際。


 この後の選手の交代にも大きな影響を及ぼすだろう。


 すると、司は我関せずといった感じで、ボールをセットする。


 オイ、オイ!オイ!!


 もう少し痛そうな素振りをしろよ。今さっきだぞ。ファールもらったのは!!


 壁に立っている神奈川国際の選手達があきらかに疑いの眼差しでこちらを見てる。


 一方司は全く気にすることなくボールとゴールの距離を何度も確認しながら、トコトコトコと俺たちのところまでゆっくりと後ろ向きで歩いてくると、「神児、お前が蹴ろ」と声を潜めて言った。


「えっ?俺?えっ?」


「馬鹿、声に出すな」


「すまん」声を顰めて言う。


「あちらさん、完全に俺が蹴って来ると思っている。向こうのキーパー、さっきから俺の事ずーっと睨んでるし……」


 司はそう言うとスパイクの先っぽで、コンコンとピッチの上をノックしながら、俺の方を全く見ない。


 壁の選手も、相手のキーパーも、司の一挙手一投足をこれでもかと凝視する。


 司が明和のプレースキッカーだという事以外にも、おそらくいろんな思いを抱いているに違いない。


 司はこれ以上ないというくらいに真剣な眼差しで、ボールを睨みつける。今にも穴が開くんじゃないかといった感じだ。


 だーかーらー、そういう所がわざとらしいんだって。


 俺はそそくさと司から距離を取る。


 位置的には司の左斜め前3mくらい。


 いい感じにゴール右隅が空いてるなー。


 距離的には25m切るくらいか......入れ頃だな。


「ピーっ」と審判が笛を鳴らす。

 

 神奈川国際の選手達みんながグッと力を入れるのが分かる。


 ……が、俺は気にすることなく、スススって感じで走り込むと、横から搔っ攫うように渾身の力でボールを蹴った。スカッド発射です。


挿絵(By みてみん)

 

 すると、敵味方の選手が、あっ……と思う間もなく、俺の蹴ったボールはいい塩梅にアウトに掛かって神奈川国際ゴールにズドーン!


 ドッペルパックの達成です!!


 後半18分、俺のフリーキックによって明和対神奈川国際のスコアは4-2となった。


 その場で膝から崩れ落ちる相手ゴールキーパ。


 今、明らかに神奈川国際の選手達の心がポキッと折れた音が聞こえた。


 人数がひとり減った上でのこの失点。


 つくづく取り返しのつかない1プレイ。その代償は余りにも大きかった。


 そして、それを引き起こさせた司のクレバーさ。おそらく本人は否定するだろうが……


 司の相手の二手三手先を読むしたたかさに親友の俺ですら舌を巻く。


 おみそれしました。


 すると、神奈川国際の監督は苦肉の策でフォワードを1枚削って代わりのセンターバックを入れてきた。


 これ以上点を取られたらゲームが壊れると思ったのだろう。


 そして伊藤さんを1トップにする。


 だが、神奈川国際の抵抗もそこまでだった。


 すぐさま、俺と徳重さんの2枚を伊藤さんに付けると、サイドアタックの恐れが無くなった神奈川国際に対し、4-4のブロックを敷いてゴール前に鍵をかける。


 それでも神奈川国際は必死にボールを繋ぎ縦パス一本に願いを掛けたが、伊藤さんに全くボールが入らなくなると、ボールを保持することは出来るが、効果的な攻撃ができなくなってしまった。


 淡々と時間だけが過ぎてゆく。


 その後、ゲームは落ち着いてしまうと、双方とも決定的なチャンスを生み出すことなく、司の思惑通りにゲームをクローズドさせた


 総理大臣杯準々決勝、明和大学vs神川国際大学の試合結果は4-2で明和大学の勝利となった。


挿絵(By みてみん)



ちょっと遅くなってしまいましたが、総理大臣杯準々決勝書き終わりました。


作者の相沢です。「フットボールのギフト」読んで下さりありがとうございます。

気に入ってくださった方は、ブックマークと評価の方をして頂けたら幸いです。

あと、感想も書いてくれたら嬉しいなー♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神児のペナルティーキックが決まったこと!! もし外したら司からどんなお仕置きがあるかと心配していたので本当に良かったです。 [一言] ハマのイナズマ編ドキドキハラハラしながら読みました。 …
[一言] 作者さん、司君に【ガ◯スの仮面】読ませないと。
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