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ハマのイナズマ その1

 挿絵(By みてみん)


「筑波が負けたっ!!」


 九州産業大学戦を終えて、控室でクールダウンをしていたところに、マネージャーの岩崎さん達が血相変えてやって来た。


「なんだって!!」


 キャプテンの木本さんはじめ、明和の選手達が次々と立ち上がる。


 大方の予想では、明和の準々決勝の相手は、同じ関東1部リーグで現在も首位争いをしている筑波だと言われていたのだが……


 思いもかけず番狂わせが起きてしまったと、ここにいる大半の人間はそう思っていた。


 そう、俺と司以外は……


「負けたか、筑波は……」司が冷やしたタオルを首に巻きながらポツリとつぶやく。


「やっぱ、あの人かな……」俺が司に言う。


「……だろうな」

 

 司がすくっと立ち上がり、「岩崎さん、スコアは?」


 隣のサクラスタジアムで偵察をしていた岩崎さんが興奮を抑えきれない様子で言う。


「1-2、前半、筑波が三苫のゴールで先制したが、後半神奈川国際がひっくり返した」


「シュートを決めたのは?」司が確信をもって岩崎さんに聞く。


「伊藤……伊藤純弥だ!後半から出てきた伊藤純弥が2得点でひっくり返した」


「誰だ、そいつ?」木本さんが首をかしげる。


「そんな選手知ってるか?」吉村さんも周りの人に確認する。


「多分、それ、ハマのイナズマっすよ」と大場さん。


「ハマのイナズマ!?!?」


「はい、去年、一昨年と関東2部リーグでアシストと得点王になった選手です。右のウイングでめちゃくちゃ足が速くって……」


「あー、なんか、聞いたことあるな、確か、神奈川国際にとんでもないウインガーがいるって……まあ、同じリーグでもないし、代表にも呼ばれたことが無いからあんまり知らんけど……でも、2部とは言え2年連続ダブルって半端ねーなーそいつ」と木本さん。そして、「岩崎さん、動画撮れてますか?」


「もちろん」そう言って自慢げに傍らに持っていたビデオカメラを掲げる。


「よし、宿舎に戻ったら、シャワーを浴びてすぐにミーティングだ」と監督。


「「はいっ!!」」


「えー、ごはんはー」一人、拓郎だけが、不満そうにぼそりとつぶやいた。



 冷房が効いたホテルの会議室。


 明和の選手達は筑波の敗退という衝撃のニュースに、どこかそわそわした様子だ。


 もっとも、一人拓郎だけは司から渡された月化粧のミルクまんじゅうを美味しそうに食べている。


 あんまり「腹減った、腹減った」うるさいから、実家に持ち帰るお土産から一つ渡したのだ。


 まあ、俺もそのうちの一つをご相伴にあがったので文句は言えないのだが……


 すると、今日の反省も早々に、監督はビデオを回し始めた。



 総理大臣杯2回戦、筑波大学vs神奈川国際大学。


 前半早々、筑波は、神奈川国際の守備のほころびをついて三苫君がゴール。


 やはり、三苫君を1対1で止められる選手なんてなかなかいない。


 すると、神奈川国際はすぐマンマークを付けて、二人で対応してきた。


 その分、フォワードを削って攻撃力を落としてきたが、とにかくこれ以上の失点を防ぐことと、この暑さを計算して、三苫君の足が止まるのを待つ作戦だろう。


「したたかだな、神奈川国際は」と司。


 画面では責められっぱなしの神奈川国際。


 現在、関東2部リーグで昇格争いをしているが、全体的な総合力から言うと、1部で優勝争いをしている筑波相手に明らかに苦戦を強いられている。


 しかし、神奈川国際の選手の誰もがこれっぽっちもあきらめてはいない。


 みんな分かってるのだ。このままのスコアでいけば、後半ひっくり返せるという事を……


 とくに神奈川国際の右サイドの選手が、強引に何度も突っかけていく。


 あきらかに三苫君を始めとする筑波の左サイドの選手のスタミナを奪う目的だ。

 

 無謀とも思えるドリブルも、全ては後半出てくる伊藤純弥のためと思えば合点がいく。


 筑波も何度か惜しいチャンスを逃し、結局前半は1-0で折り返した。



「ここで追加点を奪えなかったのが筑波の敗因だな」と司。


「まさか、後半にあんなスペシャルな選手が投入されるだなんて思わなかったんだろう」


「そりゃ、勉強不足ってやつだろう。神奈川国際の1回戦見てればすぐに気が付いたはずだ。右サイドに伊藤さんがいることを」


「分かったとしても、実際に戦ってみないと分からないことだってあるだろ」


「そういうのは、負ける奴の言うセリフなんだよ」


 かつての自分の母校に対し、思わず庇ってしまいたくなる俺と、かつて自分がいたからこそ、しっかりと対策を取れなかったことに対し、歯がゆい気持ちで厳しく当たる司。


 こういう場合は、どっちが正しいのだろう。


 後半が始まっても、まだ伊藤さんを投入しない神奈川国際。


 その代わりに、スタメンで入っている選手が、ガツガツと、三苫君にデュエルを挑む。


 この気温であれだけの動きをするんだから、伊藤さんが出てくる前の神奈川国際の右ウイングも侮れない。


「きっと、毎日のように伊藤さんと1対1をしているのだろう」


 ついに後半15分、三苫君がピッチから去る。


 筑波は是が非でもこの虎の子の1点を守り切るつもりだ。


 と、それと同時に神奈川国際もカードを切る。伊藤さんの投入だ。


「よく、ここまで引っ張れたな、神奈川も」と俺。


「1点取れれば、延長戦になっても勝てると踏んだんだろ」と司。


 すると、最初の1プレイで、筑波の左サイドを一気に置き去りにした。


「やっべーな、伊藤さん」と司。


「トップスピードは明らかに翔太や三笘君よりもはえーなー」


 前の世界では4年後、森ジャパンで翔太や三笘君達と鎬を削る争いをすることになる伊藤さん。


 既にこの頃からそのすごさが滲み出ている。


「えっぐ……」そう言っただけで思わず言葉が止まってしまった拓郎。


 おいおい、ミルクまんじゅうポロポロこぼしてしてんじゃねーよ!!


 後半16分、出て来て最初の1プレイ目で筑波からゴールを奪った伊藤さん。


「ハマのイナズマ」は伊達では無かった。


 すると、すぐに伊藤さんにマンマークを付けてきた筑波。


 たしか名前は磯山さん。いつも三苫君と1対1をしている選手で、確かこの人も卒業時にプロに行ったんだよな。


 やはり、毎日三苫君を相手にしているだけあって、磯山さんの守備力も伊達では無かった。


 伊藤さんは何度か1対1を仕掛けるが、磯山さんは抜かれはするが、左サイドバックの選手と連携をとって、決定的な仕事はさせない。


 やはり、プロに行く選手というのは球際がめっぽう強い。


 ならば、ということで、伊藤さんは今度は徹底的に縦に抜けてクロスを入れ続ける。


 内を切れば縦を抜かれ、縦を切れば内を抜かれる。ここら辺はサイドバックとしてのジレンマだ。


 俺も三苫君や翔太を相手にして散々苦しい思いをした。


 それでも、サイドバックとして、内だけは、死んでも切らなければならないのだ。


 伊藤さんから入れられるクロスを悔しそうな目で見る磯山さん。それでも内だけは決して入れてはならないのだ。


 その一方で、確実にクロスが入ってくると分かっているだけあって、神奈川国際の選手も、死に物狂いでゴール前に飛び込んでくる。


 後半30分になると、神奈川国際は覚悟を決めての2枚替えでフレッシュなフォワードの選手を入れる。


 伊藤さんのクロスで勝ち切る覚悟だ。


 一方の筑波は延長戦も考えての1枚替えで足の止まった左サイドバックを投入した。


 そして、その差がゲームの勢いを決めた。

 


 後半43分、クロスを入れられ続けた磯山さんが、一瞬、縦に意識を向けた瞬間、伊藤さんはワンフェイクして一気に内に切れ込む。


 それでも、磯山さんはギリギリ最後まで粘ったおかげでゴールライン手前まで持ちこたえるが、そこから一気にライン際をスラロームする伊藤さん。


 筑波のセンターバックもクロスを入れてくるものだと思ったのか、一瞬反応が遅れてしまった。そしてそれが命取りになる。


 試合終盤にもかかわらず、後半15分過ぎから投入された伊藤さんはスピードが全く衰えない。


 磯山さんを置き去りにすると、GKと1対1。


 伊藤さんは角度の無い所から、ゴールキーパーの股下を抜いて、ついに神奈川国際が逆転。


 筑波も即座に交代の選手を投入するが、すでに手遅れで、ジ・エンド。


 かつての母校の敗戦を見るのもあまり気持ちがいいものではないが、わずかに垣間見えた、現在2部にいる神奈川国際に対するおごりみたいなものが、この勝敗を決定したのかもしれない。


 こうして、総理大臣杯2回戦、筑波大学対神奈川国際大学の試合は、イナズマ純弥もとい、伊藤純弥選手の2得点のお陰で、神奈川国際大学の勝利となった。

作者の相沢です。「フットボールのギフト」読んで下さりありがとうございます。

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