天皇杯二回戦 対SC東京戦 その6
控室を後にして、ピッチに出てくると、スタンドの観客が明らかに増えているのが分かる。
「おい、なんか人数増えてねーか」と、あたりをキョロキョロと見回しながら大場さん。
「なんか、SNSで拡散されているみたいですよ。東京スタジアムでとんでもないことが起きてるって」と今日は控えキーパーの順平。
見ると、明和のゴール裏もSC東京のゴール裏もすっかり観客で覆い尽くされている。
「そりゃ、まあ、そうだろう、J1のチームが大学生相手に前半で3失点、大事件にちがいなねーや」そういって木本さんが笑う。
あらためて自分たちが成し遂げた事の大きさを実感する。
「まあ、これでひっくり返されたら、それこそ大ニュースだな」と吉村さん。
「縁起でも無いこと言うなよ、お前」と木本さん。
「そうならないように、後半しっかりと守り切りましょう」と司。
「「「もっちろん!!!」」」
SC東京の選手達がピッチに出てくると、すぐさま異変に気が付いた。
「おい、マジかよ」と武ちゃん。
「今日、ベンチにいたのかよ」と垣田さん。
ざわめきが、ピッチだけでなくスタジアム全体に広がっていく。
分かっていたことだが、ハーフタイムの間にSC東京が交代のカードを切って来た。
すでにピッチ上には例のゲーゲンプレスの起点にさせてもらった26番と35番の選手が消えていた。
そしてその代わりに入った選手は……石山尚宏、SC東京の旗手、日本最高のサイドアタッカー。
元日本代表。何度か代表に定着しかけたがそのたびに怪我に見舞われてしまった悲運のエース。
今シーズンは怪我から復帰して好調を維持し、2009年の自身のキャリアハイに迫る勢いだ。
現在首位争いをしているSC東京の原動力にもなっている。
そして、それ以上に驚きだったのは、最前列にいる平川相太だ。
未完の大器と言われて久しい、190cmオーバーの超大型フォワードの選手。
高校選手権で得点王になると数多のJのクラブからの誘いを断り、名門筑波大学に進学した、前の世界での俺たちの先輩。
しかも、その筑波ではU-19とU-23の代表の掛け持ちという前代未聞の招集をされたかと思ったら、オーバートレーニングを発症し、どちらからも代表落ち。
そうかと思えば、2度目のワールドユース後はJを飛び越しいきなりオランダの1部リーグで主力フォワードとして活躍したかと思ったら、翌年いきなりの帰国。
筑波に復学したと思ったらそのままSC東京に入り、珍しくもオーバーエイジ枠ではない2度目の五輪に出場。代表に呼ばれたと思ったらハットトリックをしたにもかかわらず、なぜか定着せぬまま既に30を越してしまった謎の多い選手。
一時はこれで代表のフォワードは10年は安泰だと言われていたのだが、度重なる?(ハテナ)の付くような運の悪い怪我を重ねこのところSC東京でもレギュラーに定着していなかったのだが……
縦ポンとポストプレイをさせたら、この人より上手い日本人選手はいないと言われているのだか、生来の器用さが仇となったのか、トリッキーな足技やオシャレなプレーに固執してしまい自ら自分の居場所を無くしてしまった不遇という文字を体現化させたフットボーラー。それが平川壮太だ。
おそらくイングランドあたりに行ったら絶対に日本よりも成功してたんだろうなー。
当たりの日ならば手が付けられず、外れの日ならば空気よりも見えなくなる、さまよえる東京の巨人。フライング・ビックマン・イン・ザ・トーキョーが飛田給に舞い降りた。
出来たら今日は外れの日でありますように。
俺は心の底からフットボールの神様に祈った。
後半のキックオフは明和から、運命の笛は鳴った。
パスをカットされ、SC東京のスローイングになると、俺達はさっさと5-4のブロックを敷く。
途端にSC東京のゴール裏からブーイングの嵐。
まあ、そりゃそうだろう。だが、勝利のためにはリアリストにならざる得ないのだよ。イケイケ(トーキョーサポーター)の諸君。
直後、石山選手のサイドアタックがさく裂する。一瞬でぶち抜かれる司。オイッ!!
珍しく司が取り乱しながら石山選手を追いかける。
「ナーナーナナナナー、イシヤマナーオー ドンドンドンドン ナーナーナナナナー、ナーオーゴール」
石山選手の応援チャントがスタジアムで鳴り響く。
気が付けば1万人くらい入ってるんじゃないのか?お客さん。
すると、石山選手は5バックの一番左にいる河本さんが詰めるよりも前にゴール前にセンターリング。
ゴール正面には巨体を揺らしながら走り込んできた平川選手が、怪鳥プテラノドンのように両手を広げ大きくジャンプすると、ドッスーン!!
明和のゴールにヘディングシュートを突き刺した。
天皇杯全日本サッカー選手権大会 2回戦 明和大学対SC東京は後半0分、平川相太選手のゴールにより、3-1となった。




