ツカサ'sブートキャンプ その4
「すげえーぞ、拓郎、こんどスシロー奢ってやんよ」と木本さん。
「だったら、俺は、くら寿司だ」と大場さん。
「だったら俺は、ラーメン大に豚もつけてやる!!」と山本さん。
知りませんよ、こいつ、遠慮ってもん知らないんで、マジで万札飛びますからね。まあ山本さんは大丈夫そうだけど……
するとそこに、無言で拓郎の背後にやってきたゴールキーパーの吉村さんが、ボソッと一言。
「ハットトリック決めたら、焼肉みんみん奢ってやるぞ」と。
その途端、「まーじでー!!!」と目をキラキラさせる拓郎。
「いや、あんまし、こいつ調子に乗らせない方がいいですよ」と小学生から付き合いのある司が吉村さんに警告する。
吉村さんはニヤッと不敵な笑みを浮かべるとそのまま黙ってゴールに戻って行った。
「おい、拓郎、俺達1点差で勝ってるだけだからな、分かってるよな」と、おっかねー目で拓郎に釘を刺す司。
俺も念のため、「おい拓郎、調子乗ってあんまり上がんなよな」と言うと、「えー、」となんだかとっても不服そうな顔。
嫌な予感しかしない。
すると、「明和の選手、早くして」と審判からせっつかれてしまった。みるとこっちでも、おっかねー顔して筑波の選手達が待ち構えている。
すいません、どうも、お待たせしました。
筑波のキックオフで試合が再開する。すると筑波は一気に明和陣内に攻め込んで来た。再び、あちこちでバッチバチのデュエルが繰り広げられる。
まるで、前半開始早々の展開に戻ってしまったかのようだ。
筑波の選手からは絶対に追いついてやるというオーラがビンビンに伝わってくる。
やっぱ、フットボールはこうでなくちゃ。
双方のチームも選手交代のカードを切りながら、是が非でも試合を決める次の一点を狙いに来る。
明和は司と優斗を中心にした旧ビクトリーズホットラインで、筑波は三条さんと三苫君の世代別代表コンビで攻守が目まぐるしく入れ替わるサッカーを展開する。
が、しかし、お互い、決定機までのあと一歩が届かない。
しかも、拓郎の野郎が、焼肉みんみんに気を取られて、ふらふらと前線に顔を出すお陰で攻守のバランスが崩れてきている。
勝っているチームがそんなリスク侵すんじゃありません!!
お前、後で体育館裏までちょっと来いや!!!
そうこうしているうちに、気が付けばあっという間の後半のアディショナルタイム。
もう、多くは望まない。このまま2-1のフィニッシュで大満足です。
すると、司が最後の力を振り絞って左サイドを駆け上がると、最後のチャンスと思ったのか、拓郎まで一緒に付いて行っちまった。
おまえ、ふざけんなよ!!
司は優斗とのワンツーで、筑波のゴールライン際まで深くえぐると、そこからゴール前にクロスを入れる。
と、そこには、焼肉みんみんに目がくらみ、無謀なオーバーラップを敢行した拓郎が、ニアに走り込んでいた。
もう、めんどくさい、決めちまえー!!
すると拓郎はシャチのスプラッシュジャンプよろしく大きな体で大きくジャンプすると、司からのクロスをおでこのど真ん中でジャストミート!!
すわっ、ハットトリックか!!と思った直後、バイーン!!という音と共に、ボールはクロスバーにぶち当たり大きくリフレクション。
やっぱそんなもんだよなー。なんて思ったら、跳ね返ったボールは必死にディフェンスに戻った三苫君の足元にすっぽり収まってしまった。オーマイガー!!
サッカーって決める時に決めてかないと、こういう展開になるよね。ガッテム!!
後半のアディショナルタイム3分過ぎ、三苫エキスプレス最終便が発車した。
待って、待って、待って、待ってー!!
「ちょっと、待ってよ、三苫君!!」
「やだ、待たない」
そんなことを言い合いながら、それでも俺はなんとか三苫君と並走する。
「ディレーーーイ!!」と遠くから司の声が聞こえる。
俺は縦はあきらめて、何とか内にだけは切り込ませぬように三苫君をコーナーに追い詰める。
すると、俺の努力が功を奏したのか、三苫エキスプレスの最終便は、何とか明和のゴールライン手前1メートルの所で停車した。
「ぷっしゅー」と電車が止まるエアブレーキの音が聞こえてきそうだ。
ついでに俺も「ぷっしゅー」と息をついて一休みしたいところなのだが、でも、ここで、気を抜いてはいけない。
こっから三苫君の必殺スラロームがいつ発動するか分からないのだ。
すると、俺が何とか時間を稼いだおかげでうちのディフェンダー陣も次々とゴール前に戻って来た。
「行くよ、神児君」と三苫君。
「やだよ、三苫君」と俺。
直後、稲妻のような三苫君のエラシコがさく裂した。
一瞬、逆を突かれたが、それでも何とか三苫君に食らいつく。
すると、戻って来た木本さんが三苫君のコースを塞ぐ。
しめた、挟めた。と思った瞬間、ならばと、三苫君が角度の無い所から苦し紛れにシュートを打った。
しかしシュートは吉村さんの正面、ヨシッ!!勝った。と思ったその時、「焼肉ー」という声と共に、黒い影が目の前を横切った。
なんと、拓郎が相手のゴール前から必死に戻って来て三苫君のシュートをダイビングヘッドでブロックしたのだ。
しかし、そもそも吉村さんの正面に飛んでいたはずのボールは、拓郎の頭に当たると絶妙にコースを変え、明和のゴールニア上をぶち抜いてしまった。神コースじゃねえか!!
九割九分手に入れていたはずの勝利がスルッと指の合間から零れていった。
審判はゴールを笛を吹き終わると同時に、試合終了の笛も吹いた。
明和の選手全員がその場でガックリと膝をつく。まるで負けたかのような明和。
それとは対照的に筑波の選手達が三苫君の周りに集まって来て起死回生のゴールの祝福をする。まるで勝ったかのような筑波。
一寸先は闇。そんな言葉がよく似合う地獄のような空気の中、針の筵か拓郎は、この雰囲気にいたたまれず「2ゴール、1オウンゴールでハットトリックになりませんかね?」と顔を引きつらせながら吉村さんに軽口を叩く。
直後、「なるわけねーだろー!!このアホタレがー」と両の拳で拓郎のこめかみをゴリゴリする吉村さん。
「痛い、痛い、痛いのねー」と拓郎が悲鳴がピッチにこだまする。
そんな二人のやり取りを見ながら司がぼそりと言った。
「イングランド戦のトゥーリオかよ」




