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ツカサ'sブートキャンプ その3

挿絵(By みてみん)


「すげえな」とマークに付いてた相手のフォワードの選手が思わず賞賛してしまう程の拓郎のヘディングシュート。


 手を伸ばしたGKよりもさらに高い打点からの打ち下ろしに、一体あいつどんだけジャンプしたんだよと感心してしまう。


 こと、フィジカルに関しては俺の周りでは圧倒的にナンバーワン。デカイ、ハヤイ、ツヨイとどこかの牛丼屋のようなキャッチフレーズの似合うフットボーラへと変貌を遂げた。


「エライ、拓郎、帰りにファミチキおごってやる」とコンビを組んでいる木本さん。


「じゃあ、俺は肉まんだ」とビクトリーズからの先輩の大場さん。


「だったら、俺は今度二郎奢ってやるぞ!!」とラーメン大好き山本さん。


「マジすか」と二郎というパワーワードに目をキラキラさせる拓郎。いや、お前、点決めたこともうちょっと喜べよ。


 

 すると、今度は筑波からのキックオフ。さすが明和と並ぶ今シーズンの優勝候補なだけあって、すぐに反撃の狼煙を上げる。


 筑波の主将でU-23代表の三条さんを中心としたパスワークでボール支配率を高めてゆくと、三苫君とのワンツーから一気にペナルティーエリアに侵入してくる。


 三条さんがシュートを打つと、体を投げ出してコースを防ぐ拓郎。

「ナイスクリア、拓郎!!」木本さんの声が聞こえた直後、リフレクションしたボールに飛び込む一人の影が……三苫君だ!!


 三条さんの打ったシュートのこぼれ球を誰よりも速く反応した三苫君は、ペナルティーアークからジャンプ一番、空飛ぶオランダ人のようなそれは見事なジャンピングボレーをゴール右隅に突き刺した。


 あまりの美しさに、敵味方に関わらず思わず見とれてしまうゴラッソ!!まいりました。


「こいつ、クライフかよ」思わずそんな憎まれ口が木本さんから飛び出す。

 

 前半21分、関東大学リーグ戦1部 第3節 明和大学対筑波大学のスコアは1-1となった。



 そうなってくると、うちの司も黙ってはいない。


 巧みなドリブルとボール回しで筑波のアタッキングサードに侵入すると、左サイドバックというポジションが嘘のようにいたるところで神出鬼没に顔を出す。


 まるでうちのチームが筑波に比べて一人多い人数で試合をしているかのようだ。


 しかも司は得点を狙うだけではなく、したたかにファールやコーナーキックも狙ってくる。二段構えだ。


 拓郎という絶対的な高さを持つ明和のストロングポイントをしっかりと活用してくる。


 そうなると、筑波も球際を強くいけない。それほどまでに拓郎の先取点が筑波の選手の脳裏に焼き付いているのだ。


 次第に三苫君や三条さんが前線で孤立し始めると、前半38分、司からのスルーパスに抜け出した恒田さんがキーパーとの1対1を制して、ゴール左隅にシュートを決めた!!


 勝ち越しかと沸き立つ明和のベンチ、しかし無情にも線審のフラッグが上がる。オフサイドだ!!


 やはり、明和と並ぶ優勝候補の筑波、一筋縄ではいかない。最後の最後でオフサイドトラップを仕掛けてきた。


 しかし、ゲームの主導権は明らかにうちが握ったまま、ハーフタイムに入った。



「いいぞ、拓郎、お前今日当たってんな」と大場さん。


 確かに、クロスもコーナーキックも不思議と拓郎の頭に集まり、守備の要の電信柱としてその存在感をこのゲームで遺憾なく発揮している。


 しかも先取点も取って、筑波の動きを止めているのは拓郎のお陰と言っても過言ではない。


「伊達に北里にしごかれてたわけじゃないな」とおじいちゃんもご満悦。


 すると、「後半は渡辺に代わって稲森が入れ、あとはメンバーこのまんま、お前ら勝ち点3しっかり取ってこいよな」とどこまでもシンプルなおじいちゃんからの指示。


 後半戦が始まる。


 うちからのキックオフで試合が再開すると、今度は前半と打って変わって、静かな立ち上がり。


 筑波さんもいたずらに1対1を仕掛けてくることなく、ボールをポセッションしたいのならどうぞと言った感じでブロックを敷いて明和の攻撃を待ち構える。


 もちろん、前線には三苫君と三条さんを張り付けたまんまだ。これはこれでやりづらい。一歩でも間違えれば極上のカウンターが襲い掛かって来る。


 うちは拓郎の高さを潜在的な脅威として筑波に攻撃を仕掛けているのだが、あちらさんは、三苫君と三条さんの速さを脅威として仕掛けてきた。


 互いに一撃必殺の威力があるために、おいそれとリスクを背負って迂闊な攻撃を仕掛けることは出来なくなってしまった。


 じりじりとした消耗戦でお互いの体力を削り合う。相手の息の根を一撃で仕留めるために。


 よく巷では、「何かを手に入れるためにはリスクを背負わなければならない」と言ったセリフをよく聞くが、そのリスクが、喉元にナイフを突きつけられた状態、もしくはこめかみに銃口をあてられた状態だったらどうだろう。その人達はそんなリスクを背負えるのだろうか。


 一歩間違えれば確実に自らの命を失いかねないリスクの前には、人はあらゆる可能性を模索しなくてはならないのだ。


 無謀と勇気は違う。ここでのリスクは一瞬でゲームを終わらせるだけの危険性がある。


 俺達はお互いに真綿で首を締めるが如く、徐々に、徐々にと、リスクの深淵に足を踏み入れていく。


 すると、後半25分、ラインのほんの僅かなズレを見つけた優斗が、母指球トラップからのターンで一気に縦に抜けると、ディフェンスラインを突破した。


 直後、あせった敵の右サイドバックが優斗の足を引っかけてしまった。


 もんどりうって派手にすっこける優斗。しかもその後打ち所が悪かったのか痛そうに腰を押さえてゴロゴロと転げ回っている。


 直後に「ピーッ」と笛が鳴る。


 すわっ、PKか!!と思ったところで、優斗が転んだペナルティーエリアの外を差す審判。


 うーん、残念!!


「おーい、大丈夫か、優斗」


「腰打った、腰ー」そう言いながら痛そうに腰を押さえる。


「慣れないことするから、受け身失敗するんだよ。まあ、でもグッジョブ」俺はそう言って親指を突き出す。


「あっ、分かった、神児君」


「まあな」俺はそう言うと、優斗の腰をさすりながら、「もうちょいダイブの仕方、研究した方がいいかもな」と耳元でささやいた。


 そんなやり取りをしていたら、最終ラインから、本日大当たりの拓郎がとっとことっとこやって来た。


 途端、辺りの空気が張り詰めていく。もっとも当の本人はあいかわらずのほほんとどこぞの田舎の郵便配達員のようなのどかな表情だ。


 優斗がフリーキックを得た場所は、ペナルティーエリアの左、ちょい外側。


 得点の匂いがプンプンしてくる場所だ。位置的に司だったら直接でも狙えるが、それよりも拓郎の頭に合わせた方が確実な感じ。


 まあ、でも、俺でも角度的には行けなくは無いかな。最近フリーキック決めてなかったから、ここの角度からだったら、キーパーのニアにドスーンって……


 そんなことを思っていたら、「おい、お前、なにそんなところで突っ立ってるんだよ」と司からの冷たい一言。


「えっ、いや、角度的に狙えなくもないかなーって……」


 すると司、「お前の仕事は三苫のマークだろ。さっさと付いてこい」そういって手をシッシと払う。


 上司、もうちょっと言いようってのがありませんか?まったくもう。


「何だって」と地獄耳の司はギロリと睨む。


「いや、何でもありませーん」俺はそう言って三苫君のマークに付く。


「相変わらず、慎重だね神児君」


「いや、マーク外すとうちのボスが怒るんすよ」


 そう言って、ちょんちょんと司のことを親指で刺す。


「あー、確かに、守備さぼったら怖そうだもんなー北里の奴」


 ってか、司も三苫君も代表では結構長い間一緒のチームになってるんだけれど、二人で話し合ってるところ見たことないなー。

 後で聞いてみよーっと。


 そんなことを思っていたら、審判の笛が鳴った。


 司は右足のインスイングでゴールに向かうような絶妙のキックを蹴る。


 もちろん、狙うのは拓郎の頭だ。


 筑波のディフェンス陣も最大級の警戒心で拓郎に貼り付くと、ボール目掛けて一斉に飛び掛かる。


 が、しかし、痩せても枯れても190cm。しかもうらやましい程の恵体。


 グイっと垂直跳びでジャンプすると明らかに他の選手に比べて頭一つ抜け出す拓郎。


 まるでシャチのスプラッシュジャンプを見てるかのようだ。


 だが拓郎がヘディングをしようとしたその瞬間、筑波のキーパーが決死の覚悟で飛び込むと、パンチングではまだ足りないと、指先を伸ばしてボールをはたきに来た。


 少しでもボールの軌道を変えられればという執念からだろう。


 果たして、その執念はキーパーの指先に宿ると、かすかに触れたその指先がボールの軌道をわずかに反らし、拓郎の頭にジャストミートをさせなかった。


 芯を外れたボールはゴール前に転がり落ちると、両軍が入り乱れての必死の蹴り合いになる。


 すると、筑波の執念が僅かに勝ったのだろう。ボランチの足元に入ると、三苫君目掛け一気に前に蹴りだした。


 ヤバイ、三苫君がボールを収めたら一気にカウンターが発動する。


 俺と三苫君は、体を押し合いへし合いながら、ボールの落下地点に走り込むと、今度は僅かに俺の執念が勝ったのか、つま先一つ分だけボールに先に触れ、大きくクリアー。


 すると適当に蹴ったボールはラッキーなことに、再び司の足元に収まった。


 直後、司はもう一回、拓郎の頭目掛けてのピンポイントクロス。


 筑波のディフェンス陣は司のキックの合わせて、一気にラインを上げるが、同じディフェンダーの拓郎はラインを揃えるのはお手の物。


 今度はマークは誰一人付くことなく、再び先取点のリプレイを見せるがごとく、拓郎は大上段からのヘディングを筑波のゴールにぶちかました。


「うわぁぁー」と悲鳴にも似た声を上げ、その場で膝から崩れ落ちる筑波のディフェンス陣。


 いやー、同じディフェンダーとしてその気持ちは痛い程よく分かります。


 センターバックの前残りっておっかないですよね。


 そんなわけで、まさかまさかの拓郎のドッペルバック。


 後半27分、関東大学リーグ戦 明和大学対筑波大学のスコアは2-1となった。

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