Go Forward その2
「はい、監督なんでしょうか?」と俺。後ろには司と優斗もいる。
「どうだ、調子の方は」
そう聞かれて、いまいちですなんていう選択肢はどこにもない。
俺は、「絶好調です」とニッコリ笑顔で答える。
司も、「調子いいです」、優斗も「いい感じです」と返す。
「そりゃよかった」そういってパイプ椅子に座ったままの西島監督はカラカラと笑う。
明和大学体育会サッカー部の西島監督は、大学サッカー界だけに留まらず、日本サッカー界にも多大なる影響を残したおじいちゃんである。
お年は、たしか今年で68歳と聞いている。
ビクトリーズの大下監督や、年代別代表の高柳さんなんかは直接の教え子なのだ。
サッカーのポリシーは一貫して「前へ!」だ。
このコンセプトで40年以上の長きにわたり、明和大学のサッカー部を率い、大学サッカー界の雄として君臨し続けている。
もっとも、だからと言って、戦術理解度が低いわけでもなく、司と初めて交わした会話が「なあ、北里、お前、5レーンって出来る?」だった。
このおじいちゃん、最新の戦術にもしっかりと精通しているのだ。けれど、そのベースにあるのは、1対1への徹底的なこだわりだ。
監督曰く、「1対1でビビっているような選手は、どんな小賢しい戦術を用いようとも、遅かれ早かれ選手としての化けの皮が剥がれちまう」らしいのだ。
だったらどんな戦術にでも対応できるように、明和にいる間に、徹底的に個の力を高めるべきだというのが西島監督の持論だった。
司も西島監督のポリシーにいたく共感して、今回の人生では明和大の門をくぐったわけだ。
では、なんで、前の人生では筑波に行ったんだよという話になるのだが、まず、大前提として、プレイヤーとして行くのなら明和がファーストチョイスだったのだ。
しかし、前の人生では、司は既にこの年でフットボーラーのユニフォームを脱いでいた。皆さん、お忘れかな?
つまり、指導者としてキャリアを積むのなら、筑波、プレイヤーとして能力を高めるのなら明和という考え方なのだ。
いや、司さんはいつも物事をしっかりとお考えです。
それに筑波だと実家から通うって訳にはいかないしな。
ちなみに俺はというと、その時、声が掛かったのがたまたま筑波だったからだ。
んっ?
なんか文句あんのかよ?
大学サッカーの監督と言っても、この西島監督もしっかりとしたフットボールジャンキーなだけあって、Jや代表や海外の試合をチェックしているのはもちろん、ユース年代の試合までしっかり見ているらしい。
ビクトリーズで面白いサッカーをやっている小僧がいると司の事は明和に来る前から知っていたみたいだ。
そういう訳で、俺や司がビクトリーズでやっていた偽サイドバックのポジショニングについても甚く興味を持っていてくれたらしい。
そのおかげで、最初の挨拶そうそう、司と1時間近くにわたりサッカーの戦術についてひざを突き合わせて話し込んでいた。
もちろん、その時は俺も一緒に話したぞ。
一応、明和のフォーメーションは伝統の4-4-2なのだが、ビクトリーズが採用している3-4-3にも大変興味を持っていた。
代表で監督をしていたオシムさんも言ってたけど、フットボールには終わりが無い。一つの戦術が生まれたら、それに対抗すべき新しい戦術がすぐに生まれる。
そう考えるとつくづく業の深い、もとい、奥の深いスポーツなのだ。
それゆえに、監督の持論は、あらゆるサッカーに対応できるように、育成年代の総仕上げとして、明和のサッカー部では個の能力を高めるべきだという持論に行きついたのだ。
司なんか、まだ、正式に入学してもないのに、しょっちゅうプレハブ小屋の監督室に呼ばれて、監督の気になった試合を一緒に見て、作戦ボードを見ながらあーだこーだ話している。
司も「やっと、ちゃんとサッカーの話が出来る人に出会えた」とホクホク顔。えっ、俺とはサッカーの話ちゃんとしてなかったのかよ!!
この前もチャンピオンズリーズのバイエルンの試合を見て、二人でがっつりとアラバのポジショニングについて話していた。
よかったな、新しいサッカーのお友達が出来て。正直、サッカーの話で司が熱を帯びすぎると、プロである俺ですら何を言ってんのか分からなくなってしまう時がある。
難しすぎるんだよ、お前の考え。サッカーなんて、ボール持ったらガーっと走って、ゴールが見えたらバーンと蹴ればどうにかなるんだよ!!
司のヤレヤレといった顔が浮かんできちまった。
「ところでお前ら、来週から代表の合宿に呼ばれんだろ?」と西島監督。
「はい」と司。
「はい」と俺。
「はい?」と優斗。
「昨日、大下から連絡が入った。なんか協会からの連絡がビクトリーズの方に行ってたみたいだぞ」
「あっ、そうか、所属的には3月末日までビクトリーズでしたもんね」と司。
「ところで、合宿場所はどこよ?」と監督。
「今回も多分、西が丘にあるナショナルトレーニングセンターだと思いますよ」と司。
「ああ、あそこかー、まあ、Jビレッジが使えないからなー、今。狭いだろあそこだと」
「いや、たしかに、Jビレッジに比べたらですけれど、そんな贅沢言っている場合じゃありませんから」
「まあ、そうだよなー、一体何時になったらまた使えるようになるんだろうなー」と西島監督もため息をつく。
俺は心の中で、「あと、四年後ですよ、おじいちゃん」と、呟く。
すると、「あのー、ちょっとええですか?」と優斗。
「おう、なんだよ、稲森」
「あの、神児君や司君が呼ばれるのは分かるんですけど、なんで僕、今、呼ばれたんですか?」
「いや、だから、来週からお前も代表の合宿に呼ばれてるんだって」
「…………ええええええー」と優斗。「ぼ、ぼ、僕が代表ですか!?!?」と自分で自分を指さす。
やっとそこで俺達も優斗に代表からの招集がかかったことを理解した。
「おおー、おめでとう、優斗」と司。
「やったじゃん、優斗」と俺。
まあ、確かにプレミアリーグで優勝したチームのレギュラー張っていたフォワードだもの、いつお呼びがかかったって不思議じゃなかった。
得点だってランクインしてたし。
「えっ、えっ、えっ、僕、代表に選出されたんですか」と目をパチクリしながら優斗。
「あれっ、お前、もしかして代表召集初めて?」と監督。
「は、はい。僕、初めて日本代表に選ばれました」
そういう優斗の目はサプライズの感動でちょっと涙ぐんでいる。
「おおー、そりゃ、そりゃ、おめでとう」そう言って、優斗の手を握る西島監督。そしてその手を重ねるように「おめでとう」と司。「やったな」と俺。
なにわのガウショが遂に、サムライブルーのユニフォームを着る瞬間がやって来たのだ。
作者の相沢です。「フットボールのギフト」読んで下さりありがとうございます。
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