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引退試合

 挿絵(By みてみん)


「神児、最後までしっかり走れー!!」


 観客席の最前列で教え子の太田洋平が叫び声をあげる。


 J3第三節、八王子SC対町田SCの西東京ダービー、ここ八王子フットボールパークスタジアム、通称「ハチスタ」では熱戦が繰り広げられていた。


 もっとも、試合経過は前半に2点、そして後半早々に1点取られ、わが八王子SCは苦戦を強いられている。


 俺にお呼びがかかったのは、後半35分から、試合の大勢もほぼ決まってしまった状況での投入だった。


 昨年、J2に上がりそびれてしまった町田SCと、どうにかJFLの降格を免れた我が八王子SCとでは戦力が違い過ぎた。


 序盤から圧倒的にボールを支配され、攻め続けられていた我がチームは、着実に失点を重ねていった。


 チームの実力差は明らかなものがあったのだが、設立当時からライバルチームだった町田と八王子。我がチームのサポーターはそんな状況を受け入れられるはずもなく、声が枯れんばかりの応援が試合序盤から続いている。


「1分で1点づつ取ればまだ逆転できるぞー!!」


 観客席から無茶な応援が聞こえる。


「さすがに無理だよ、洋平」


 我が、八王子SCジュニアユースの最高傑作、太田洋平が最前列の手すりにしがみ付くように叫び続ける。


 いいね、そのメンタル、フットボーラーにはもってこいだ。


 俺は、洋平に向かって親指を立てると、DFラインでボール回しをしている敵に向かって、猛然とプレスをかけ始めた。



 対する、町田SCは試合を締めにかかってきている。


 そりゃ、そうだろう。この後、中二日で次の試合が待ち受けているんだから。


 1シーズンを見越した戦略ってのがプロのフットボーラーには大切なのだ。


 試合の大勢が決まってしまったら、お互いに余計なカードはもらわず、無駄な体力を使わずに試合を締める。



 こんな状況で怪我などしてしまったら目も当てられない。


 応援が過熱し続けている観客席とは裏腹に、フィールドの中では、予定調和の空気が流れ始めている。



 しかし、この試合が現役最後と決まっている俺にはそんな事情は一切関係ない。


 右サイドバックとして試合に投入されたが、ポジションなどお構いなく、俺はDFラインから最前列まで、隙さえあれば逆サイドにまで顔を出して、ボールを追い続けた。


 すると、日本代表でお馴染みのチャント、「Go West」に乗せて、俺のチャントが聞こえてきた。



「♪ 行けー 鳴瀬神児ー、


  行けー 鳴瀬神児ー、


  行けー 鳴瀬神児ー、


  行けー 命の限りー ♪」



 命の限りってのはちょっと大げさ過ぎやしないか。


 でも、せっかく俺のために八王子SCのサポーター達が作ってくれたチャントだ。

 

 涙が出るくらいに嬉しい。

 

 ゴメンな怪我ばっかしてて、もっといっぱい歌ってもらいたかった。

 

 プロ入り最初の年はそこそこ試合に出てて、その度に、この歌を歌ってもらっていたのだが、去年、一昨年と怪我で試合にほとんど出れず、この歌もみんなから忘れられていたと思っていた。



「♪ 走れー 鳴瀬神児ー、


  走れー 鳴瀬神児ー、


  走れー 鳴瀬神児ー、


  走れー 願いを乗せてー ♪」



 こんな俺なんかのために出来過ぎたチャントだ。


 その歌と、サポーターの願いに少しでも報いるために、俺は命の限り走り続ける。

 

 俺のがむしゃらなプレスの掛け方に、我がサポーターだけでなく、相手チームのサポーターからも応援が聞こえてきた。



「おしい、」


「あと、もうちょっとだ」


「がんばれ」



 プロのフットボーラーになってからこんなにも応援されたのは初めてかもしれない。


 プロになってから、いや、その前の学生時代から、常に怪我を気にしながらのプレーに明け暮れていた。


 こんなにも夢中になってボールを追いかけたのは……いったい、いつ以来のことだろう。


 そんな俺のがむしゃらのプレーに味方も発奮し始めてきた。


 それとも、このまま、いいとこなく3-0で負けるのはさすがにプライドが許さなかったのか、アディショナルタイムに入ってから、我がチームは目の色を変えてボールを追い続けた。



 きっとどこかで、フットボールの神様が見ていてくれたのかもしれない。


 後半48分、不用意にクリアしようとした相手DFのキックが俺の伸ばした右足に当たった。


 ボールの転がった先は、相手ゴール前25m、右45度のエリアだった。


 俺のもっとも得意だったゾーンだ。


 そう、得意だった。


 プロ入り1年目に左膝前十字靭帯を断裂するまでは……


 

 プロ入りしてからの3年間、結局俺は怪我とリハビリに明け暮れた選手生活だった。

 

 170センチに満たない小さな体でプロに与えられたタスクをこなすためには、どこかしら無理をしなければならなかった。

 

 そしてその無理が最悪の形で現れた。


 大学時代の後半から慢性的なひざ痛に悩まされていた。


 明日プレーができるために、常にどこかしらセーブしてきた。


 でも、もう、思い残すことは無い。


 これが現役最後の、いや、フットボーラーとして最後のプレイでも構わない。


 俺は渾身の力を込めて、左足を振りぬいた。

作者の相沢と言います。

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