夏空の陽炎 その3
俺は意気揚々とビクトリーズゴール前に行く。
だってそうじゃないか、昨日はシュートを打った後、足のしびれが収まらなかったのに、今日打ってみたらなんともないのだ。
こんなに体の調子がいいのは、もしかして司と一緒にサッカーをして以来かもしれない。
すると、司が背後から、「相変わらず、詰めが甘めーな」と言ってきた。
「あ……ごめん」
「せっかく人がスペース作ってやったんだから、決めれる時にちゃんと決めろよ」
「すいません」司上司のお説教が始まる。
「そんなんだから、代表からもお呼びがかからなかったんだぜ、神児」と、耳の痛いことこの上ない。
もっとも、そう言えるだけあって、司はU-15の時、日本代表に召集されている。
「じゃあ、俺がこれからお手本を見せてやるよ」
司はそう言ってウインクする。わかってるよな!!と念押しの声が聞こえてきた。
司がボールを持ってコーナーアークに向かって行く。
すると、司が健斗に向かって言った。
「ご苦労だな、おまえ」
「なっ……何がだよ」さすがにムッとする健斗。
「俺、今からコーナーキック蹴るんだけれど、わざわざ、ピッチの外まで付いてきてくれるんだな」
見ると、健斗は司についていくことに頭がいっぱいで、自身がピッチの外にまで出てしまったことに気が付いてなかったみたいだ。
クスクスと笑い声があちこちから聞こえる。
顔を赤くした、健斗は、そのままゴール前に来て、今度は俺のマークに付いた。
ふと、その時、司の声が聞こえたような気がした。
「あーあ、健斗。そういうところが真面目すぎるからお前、ロシアに行きそびれちまったんだぞ。もっと人を疑えよ」と。
俺はコーナーアークにボールを置いた司を見る。
俺の蹴ったボールは俺たちから見て、ゴールラインの左側に行ってしまったため、コーナーキックは左コーナーからとなった。
つまり右利きの司が蹴ると、インスイングということになる。まあ、ボールを蹴ると、ゴールに向かって曲がってくるってわけだ。
いつもなら、右コーナーは司が、左コーナーは俺が、おのおのアウトスイングになるようにボールを蹴っている。しかし、今回は、司が左のコーナーキックを蹴る。
俺は、ファー側、つまりゴールから遠いサイドにいる。
その時、「ピーッ」とコーナーキックの笛が鳴った。直後、全速力で司に向かって猛ダッシュをする。
サインプレイだと見抜いたビクトリーズの選手たちは必死に俺についてくる。
俺はそのまま、健斗を含めたビクトリーズを数名引きつれゴールニア側を通り過ぎる。
さすがにこれはおかしいと思い、足を止める選手も出た。しかし、三岳健斗は最後まで付いてくる。
司は十分それを見越したうえで、俺に向かって、チョンと短いパスを出してきた。
これは俺と司がビクトリーズにいた時にデザインしたコーナーキックからのセットプレイだ。
11年ぶりで、司と息が合うかは分からないが、ドキドキが止まらない。
俺は健斗を引き連れながら、司の出したボールをそのまま、左アウトサイドでフリックする。
ボールの行方はペナルティーエリア内側左斜め45度。通称デル・ピエーロゾーンと言われる場所に転がっていく。
そこで、司はフリーでボールを受け取ると、右のアウトサイドでワンフェイク、そしてインフロントに引っ掛けてシュートを放った。
美しい弧を描いたボールは、向かい風に煽られて急激に変化する。
司の放ったシュートは、GKの手の届かない高さから急激に落下すると、ビクトリーズの左ゴールポストの内側に直撃した。
バーン!!と激しい音を立てると、ボールはそのままゴール反対側のサイドネット吸い込まれていった。
ピッチ上の敵味方の誰もが足を止めてボールの行方だけをただ見つめていた。
その場でガックリと跪くビクトリーズの選手達。
直後、「うおぉぉぉぉぉーー」と今日一番の歓声が客席から沸き起こる。
茫然自失のビクトリーズはまるで悪夢でも見ているような表情だ。
その場にへたり込んだまま誰ひとり動かない。
翔太にいたってはまだ勝っているというのに既に涙目だ。
その昔、俺たちがビクトリーズにいた頃、今日と全く同じ角度からシュートを決めた司が言ったんだ。
「なぁ神児。必ず仕留めるから、必殺技っていうんだぜ、知ってたか」……と。
後半10分、北里司の必殺技。左斜め45度からのシュートが決まった。
八王子SCと東京ビクトリーズのスコアは3-4となった。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663818734740
「今日のピッチが雨上がりなら、僕が虹をかけてみせるよ」
そう言って、ジャン・ルイジ・ブッフォンからFK2発を決めたのは、左足の魔術師、アルバロ・レコバだったが、我らが北里司は雨など降ってなくてもいつだってピッチに虹を掛けられる。
見たか、ビクトリーズ、これが北里司だ!!
ビクトリーズの選手たちはまだ誰も動けない。
近くで翔太がへたり込み「もうヤダー、こんなの無理だよ、絶対負けちゃうよー」とついにべそをかき始めた。
おい司、試合中に泣かしてどうする。
まあ、俺もビクトリーズの選手だったら、こんなん絶対泣きたくなるわな。
その場その場で、常にベストの対応をしているはずなのに、ことごとく破られてしまう。
まるで棋士と小学生の指導碁でも見ているかのようだ。
まぁ、実際、俺はプロなんだけれどな、記憶だけは……
俺はそんなことを思いながら、司に声を掛ける。
司はというと、他の選手と同じ様に、シュートを打った後、身動きもしない。
よっぽど自分のシュートに見惚れてしまったのだなと勝手に納得する。
無理もない、こんなシュート、10年以上打ってないんだから 今は少しでもその余韻に浸ればいい………………………………………………………………
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…………………………………………………って、アレ?
さすがに司さん、ちょっと長すぎませんか、残り時間10分切ってますよ?
遥や武ちゃんも不思議がって近づいてきた。
すると、司が……「ゴメン」と。
「えっ、なにが?」
司は、その場で頭の上にバッテンをした。
直後背中に怖気が走る。
すると司は顔をひきつらせながらヨタヨタと振り返り、
そして、「ゴメン、また、やっちゃった」と………………
「ノオォォォォォォォォォォ!!!!!」
その時、今日一番の俺の悲鳴がピッチにこだました。
作者の相沢です。「フットボールのギフト」読んで下さりありがとうございます。
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