Jヴィレッジにようこそ!! その3
部屋に戻ると、司がマイラケットを持って素振りしていた。
「えーっと……なにやってんの?」
「見りゃ、わかんだろ、卓球の練習だよ」
「…………………聞いてないんですけど」
「だってお前、卓球下手そうじゃん」
「……………………」
「だぁから、神児!俺が指一本立てたら上回転で、2本立てたら下回転っていってんだろ!!」と司。
「分っかんねー、分っかんねーよ!!」と俺。
「上がドライブ、下がカットだ!!」
「だから、分っかんねーって!!!」
俺はそう言うと、ネットを越えてきたボールをラケットで打ち返す。
すると、無情にもボールはネットに引っかかった。ガッテム!!!
「はい、11-0」
審判をしてくれてたチェザーレ大阪の人が言った。
「だからなんで、下から掬い上げてるのに、ネットに引っかかるの!!」と俺。
「カットが掛かってるからに決まってんだろ!!」と司。
「じゃあ、なんで、ラケットをかぶせてるのに、ボールがオーバーするんだよ!!」
「ドライブが掛かってるからに決まってんだろ!!」
俺と司がやいのやいの言っていると、周りから「だっせー、団子でやんの」とか「ありゃ、ちょっと酷いな」とか「司も可哀そうに」とかが聞こえてくる。
僕は可愛そうじゃないんですか!!!
卓球台の反対側では山下君達がさっきから勝利のダンスを踊っている。
二人で並んで平泳ぎのまね。
神児イラっと来た、とってもイラっと来た。
「ビクトリーズも大したことないねー」と翔馬君。
「基本がなっちゃないよ」と数馬君。
ありがとう二人の違いやっと分かりました。
涙ホクロがあるのが数馬君、無いのが翔馬君。以上!!
すると、「ビクトリーズが大したことないとか聞き捨てならないなー」とマイラケットを持った翔太が。
「おおーっと、中島ー、遅せーよ、待ちくたびれたぞ」と数馬君。
「この前のリベンジ果たさせてもらうぞ」と翔馬君。
ピッチでは見なかったようなバッチバチの火花が飛んでいる。
アレレ、皆さん、本気を出す場所間違ってませんか?
翔太は司とコンビを組んで山下君達とアップを始める。と、カカン、カカンと目にもとまらぬ速さでラリーをし始める。
そしてそれを見ながら素振りをしている何人もの選手。
隣の台では「おっしゃー、見たかー、九州の盟主は俺達のものだー」と雄たけびを上げている人達。
えーっとここって、サッカーのトレセンですよねー……
すると、「おーい、鳴瀬」と俺を呼ぶ声。見ると岩山さんが手招きしている。
そばに行くと、ベンチの上で将棋の駒を並べていた。
「お前、さっき、バスの中で北里と将棋を打ってたな。一局指さねーか?」と岩山さん。
「あら、いいんですか?では、お相手させていただきます」
よかった、俺の居場所めーっけ。
ふと卓球台の方を振り返ると、ビクトリーズとマリナーズが火の出るような打ち合いを演じていた。
周りの喧騒をよそに、岩山さんと将棋を打っていると、「おっ、互いに居飛車棒銀ですね」と背後から声が聞こえてきた。
「よう、アンビシャスの富安じゃねーか」と岩山さん。
「お久しぶりです」
その声で振り返ってみると、でっけー人が立っていた。
「また、でっかくなってねーか、おまえ!!」
「おかげさまで、180cm越えました」と富安君。
「おう、紹介するよ。こいつ、ビクトリーズの鳴瀬っていうんだ。このおれを病院送りにしたとんでもねー奴だよ」そう言ってガハガハ笑う岩山さん。
「病院送りって、どうしたんですか?」と心配そうな富安君。
「シュートブロックしにいったら、金玉でブロックしちまった」
「イタタタタタタ」と顔をしかめる富安君。
「おう、鳴瀬、一応代表ではこの前まで一緒にコンビを組んでいた富安だ。まあ、多分、今回も俺とこいつで組むと思う。お前もDFだろ。挨拶しとけよ」
もちろんです、岩山さん。
「あのー、ビクトリーズの鳴瀬です。今回初めて召集されました。代表に残れるように頑張りますのでよろしくお願いします。」
そして心の中ではガンナーズ移籍おめでとうございます。いきなりプレミアでレギュラーだなんてすごいですね。今のうちサインもらっておこうかな。
とりあえず、現状ではうちらの世代の一番の出世頭。おい翔太、のんきに卓球やってる場合じゃねーぞ。
「あー、いいです、いいです。そんな挨拶なんて。鳴瀬君って中二?俺もそうなんだけれど」
「あっ、そうです。あと、一緒に来た、司と翔太も中二です」
「へーそうなんだー。明日っからゲーム形式の練習が始めるからよろしくね」
「はい、一緒のDFラインになるかもしれませんのでよろしくお願いします」
「こちらこそ……ところで、一局おわったら俺とも打たない?」
「はいよろこんで」
そんな感じで順調にU-15に選ばれたみんなと交友を深めていると、
「どないなもんじゃーい、お前ら吹田のくせして大阪づらしてんじゃねーぞ!!」とチェザーレ大阪のピンクのユニフォーム来ている人が青いフォルツァ大阪の青いユニフォーム着ている子をおもいっきし煽っていた。
大丈夫かなー…………
部屋に戻ると、
「おい司、卓球やるなんて聞いてねーぞ」と俺。
「いやー、お前がいきなりやり始めるんで驚いちゃった」と司。
「どういうことよ?」
「いや、翔太から誘われてたんだけれど、司君トレセンと自由時間よかったら一緒に卓球やらないって」
「…………俺は誘われてないんだけれど」
「だってお前、卓球とか下手そうじゃん」
「………………」
「まあ、これを機に、卓球もやってみたら?メッシもクリロナもファンペルシーも、卓球の腕前プロ並みって聞くし」
「うーん……ちょっと考えてみるわ。あっ、そういや、富安君と挨拶したぞ」
「まっじっか、どうだったどうだった?」
「うーん、良い人そう」
「だよなー。俺にも声かけてくれればよかったのに」
「いや、だって試合中だったし。あっ、一緒に将棋も打ったぞ」
「へー、じゃあ、明日、将棋誘ってみっかなー。ちなみに戦術は?」
「四間飛車の美濃囲い」
「なるほどねー。腕が鳴るわ」
「で、勝ったの、負けたの?」
「…………負けました」
「お前、詰め甘いんだよなー。もっと詰将棋の勉強しとけよ」
「はーい」
と、そんな感じでトレセン1日目の夜は更けていった。
…………翌日、
アップをしてからの、今日は三色のビブスに色分けしてのミニゲームを繰り返す。
色分けを見てみると、明らかに、レギュラーと控えと、当落線上の選手に分かれている。
緑のビブスは翔太や岩山さん富安君など、U-14までのレギュラーだった人達。
そして川崎の4人や大竹さんなんかは黄色のビブス。多分控えだろう。
そして俺や司なんかはピンクのビブス。
どうやらこのビブスを着ている選手は皆、自分が当落線上だと認識があるらしい。
そしてゲームの途中に頻繁にビブスを交換する。全員が全員、三色のビブスを着ているみたいだ。
どうやら、高柳監督は選手の能力もそうだが、自分の戦術にフィットする選手を重用する監督なのかもしれない。
そりゃ、まあ、そうだな。限られた時間内で即席で作ったチームで結果を残すにはある程度割り切った選手起用をしなくてはしようがない。
監督が昨日言った「もし今回落選しても、高柳の見る目が無かったと思ってください」というのはこういう意味かと思った。
午前中の練習も後半になってくると、かなり実践的な練習になって来る。
U-15日本代表の基本システムは4バック。そしてその時の状況に合わせて、4-3-3やら4-2-3-1やら変わって来る。
まあ、1ボランチにすごい選手がいたら、4-3-3、トップ下でどうしても使いたい選手がいたら4-2-3-1。
そこらへんは選手のプレースタイスによっていかようにでも変わるのだが、ただ、DFラインは4バック。
いつもクラブで3バックをしている俺達としてはその点に関しては不利かと思うのだが、この時代から代表でも3バックを色々と試しているのは知っていた。
さて、高柳監督は俺と司を4バックの右左サイドバックと見ているのか、それとももうちょっと前目の3バックのウイングバック、もしくはもっと前目のサイドハーフ?
ともかく、代表での生き残るコツは、その時求められている役割を的確に演じるという事だ。
そこらへんは前の世界からの歳月を重ねている分、ここにいるU-15の選手達よりも分かっているつもりだ。
堅実な守備と勇気を持った攻撃参加。この相反するものをいかようにして判断するのかがサイドバックに求められている資質だと俺は思っている。
司もそこらへんは十分に理解しているものと見えて、クラブのようにいたずらに中に入って中盤のパス回しに参加することは無く、バランスを取りつつ、タイミングを見計らって攻撃参加をしている。
そして時折見せる正確なサイドチェンジと左右の足から出されるクロス。司のプレイに高柳監督は満足そうな顔を見せている。
一方の俺はというと、司や翔太に言われたように、普段からしていることを普段通りにやり続けている。
つまり、振り子のように延々と上下運動を繰り返し、敵方の左サイドの選手を引きずり回している。いやな顔されちゃってるなー。
まあ、しょうがないこれが俺のストロングポイントなんですから。圧倒的なスタミナと走力。これだけは誰にも負けないと自負している。
隙さえ見せればすぐにスライディングをする俺の守備にどうやら監督もコーチもお気に召してくれたようだ。
汗をかく選手ってのはどの監督も重宝するものな。俺は前の世界からこうしてフットボーラーとして生き延びてきたんだ。今更生き方を変えられるわけもない。
最後に敵FWのボールを刈り取ったところで、ピーッと笛が鳴り、午前中の練習が終了した。




