サッカー小僧がやってきた
「トーテルカンプ(チャチャチャ) エースンクラム(チャチャチャ) ソームラジェーブラウグラーナー」
ピッチの向こう側から、サッカー小僧が鼻歌交じりにやってきた。
奏でる鼻歌はバルセロナのイムノ、「エル カント デル バルサ」子供の頃からの奴のお気に入りだ。
今日も怪しげなカタルーニャ語を口ずさみながら、リフティングをして歩いてくる。いつ見ても器用なやつだ。
ここは東京稲城市の多摩っ子ランド天然芝サッカー場。サッカー小僧の聖地。ここら辺に住むフットボーラーが一度はここで試合をしてみたいとあこがれるグラウンドだ。
現にうちのチームのメンバーの中にも、今日の試合、土のグラウンドから天然芝に変わったとあって、浮足立っている奴もいる。そんな気持ちでいたら、軸足ごと刈り取られちまうぞ。ビクトリーズの連中に。
「バルサ バルサ バールサ」
人目も気にせず、翔太が大声で叫ぶ。言っとくけれど、ここはカンプノウじゃないからな。
すると、俺と司の姿に気が付いたのか、お気に入りのおもちゃを見つけたワンコのような表情で駆け寄ってきた。
「久しぶりー、司君、神児君、元気ー」
なんでかわからんが、なぜか俺と司は去年の夏のビクトリーズとの合同練習以来、中島翔太に気に入られている。
まぁ、ぶっちゃけ近所に住んでるし、なじみのブックオフで何度も顔を合わせている。
「今日ねー、僕ねー、司君達と一緒に試合できるって、ちょー楽しみにしてたんだー」そういうと、目をランランと輝かせながら司に近づいてきた。
「ああ、わりい、翔太。俺、今日の試合、出ねーから」司がそっけなく返す。
「えーなんでー」心底がっかりした様子でいう翔太。
「膝やった」そういって、さっき遥と一緒に湿布を付けた膝を見せる。
「うわー、司君、大丈夫ー」本当に心配しているみたいだ。
敵チームのエースが怪我したんだ。少しくらいホッとした表情を見せろ。
「あーあー、司君と試合すんの楽しみにしてたのにー」がっかりした顔で言う翔太。
でも、俺は、その態度の正体を知っているぜ。お前、今日の試合、微塵も負けるなんて思ってないからだろ。
前回戦って、お前らに勝った時、誰よりもその結果を受け入れられなかったの、お前だもんな。
「僕達が負けるだなんて、そんなの絶対間違ってるー」って言ってギャン泣きした時、ほんと実感したよ。お前は自分が負けることなんかこれっぽっちも想像してないんだろう。
だから、何時だって、自由にプレーできるんだな。
これだから天才って奴は、始末に負えない。
でも、だからってウルグアイ戦であんな場所でリフティングドリブルはするな。ウルグアイのディフェンダー、お前を壊しに来ていたぞ。
まあ、もっとも、こっちの天才も別の意味で始末に負えないんだけどな。
「おーい、翔太ー、ミーティング始まるぞー」
向こうの方で翔太のチームメイトが声を掛けてきた。
「じゃあねー、司君、神児君、またあとでねー」
そう言って翔太はチームメイトのいる元に帰っていった。
「相変わらず、天然だなー」
「ほーんと、幸せそうだ」
こんな奴が10年後、50億の価値が付くなんて世の中いろいろ間違っている。
まあ、金払った方がちゃんと調べなかったのが悪いんだけれど…………
「じゃあ、私たちのチームもミーティング始めますよー」
クライマーコーチが声を掛けてきた。
いったんクラブハウスの中のロッカールームに集まると、「よーっし、みんな集まれー」と監督が言った。
うちのチーム、八王子SCジュニアの監督は横森監督。以前は高校サッカーの監督をしてたのが、八王子SCの親会社が、Jリーグ参入を目指して引っ張ってきたスタッフの一人だ。
トップチームの目標としては、10年以内にJ1参入を果たすというと言ってるが、残念ながら未だにJ2の厚い壁に阻まれている。
まあ、俺にも責任の一端はあるのであまり偉そうなことは言えないのだが……面目も無くも言い訳をさせてもらえれば、時期と場所が悪すぎた。
ちょっと見渡すと、町の南東には町田SC、南側には相模エンペラーズに挟まれ、その一つ先の町には東京ビクトリーズ、東にはJ1常連のSC東京、そして県境を跨ぐと直近の5年間で4度のJ1制覇、現在二連覇中の王者川崎フリッパーズ、その隣にはエレベータークラブの横浜SCとオリジナル10の超名門横浜マリナーズ。ちょっと埼玉方面に足を延ばせば、アジア最大のメガクラブ赤い悪魔と強い方の埼玉と言われている黄色いリスまでいる。これらすべて八王子から電車で1時間圏内にあるJのクラブだ。
群雄割拠の一極集中。だいたいSC東京U-23とかいう反則的なチームもある。金持っているところはいいなーおい。おまけにちょっと気を抜くと、千葉のクラブもこちら出張ってきているんだ。
Jのクラブだけでこれだけある。JFLまで広げると、正直俺にもどのくらいあるか分からない。
Jリーグが発足してから今年で30年。よくもまあ、これだけ発展したもんだ。
そろそろここら辺の何チームかは破産するんではないのか、俺は最近ちょっと心配でしょうがない。




