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フットボールのギフト ~底辺Jリーガーの俺がフットボールの神様からもらったご褒美とは~  作者: 相沢孝
第二章(再開)あすなろジュニアユース編

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なにわのガウショ その9

 弥生の家の帰り道、


「今日はいろいろありがとうなー」と陽菜ちゃんをおんぶしながら優斗君。


 弥生の家でお好み焼きをお腹一杯食べて眠くなってしまったらしい。


 それに今日は転校初日だ、きっと精神的にもいろいろ疲れたのだろう。


「ぜんぜん、ぜんぜん、俺なんか、一緒にネギ焼き食べただけだから」そういってお土産のネギ焼きを見せる俺。


 何と帰るときに、弥生のおばさんがお土産どうぞといって、ネギ焼きのお持ち帰りをくれたのだ。


「別に、そんなの気にすんなよ」と司も。


「俺、ほんとは、めっちゃ緊張しててん、今日」そういうと、よいしょと陽菜ちゃんを背負い直す。


「そうは見えなかったぞ」と俺。


「だから、めっちゃ虚勢はって、自己紹介したんよ。いじめられたらどないしょとか思いながら」


「顔に似合わずデリケートだな、お前」と司。


「ああ、俺、めっちゃ、デリケートなんや」とへらへら笑う優斗君。


「それに、別に隠すつもりないから、最初に行っとくけど、俺も陽菜もこの前まで苗字ちがってんねん」


「へっ?っていうと」


「東京に引っ越すときに、離婚したんや。俺んち」


「あ、あー、そうなんだ……」いきなり、突っ込んだ話をされてちょと動揺する俺。


「この前まで俺、稲森やのうて上田って名前やったんや。上田優斗」


「へー、じゃあ、お父さんと別れてお母さんと一緒にくらしてるんだ」俺は当たり障りのない返事をする。


「うん、ばあちゃんち、こっちにあるんやけれど、ばあちゃん、今、ちょっと具合悪くって入院してるんや」


「な、なんか、大変だねー」


「まあ、ええって、ええって。大阪にいた時には、ばあちゃん入院したかて、ろくにお見舞いにもこなかったんやし」そういうと、おぶっている陽菜ちゃんの様子を確認する。


 陽菜ちゃんは安心できるお兄ちゃんの背中でぐっすり眠っている。


 遥と莉子は弥生んちで後片付けをしてて、あとでおばさんに車で送ってもらうことになっている。


 そして、翔太は家が遠いんで、先に自転車で帰っていった。


 つまり、ここには、俺と司と優斗君と陽菜ちゃん、そして春樹しかいない。


「あんなー、うちの家、離婚したんは、もしかしたら俺のせいかもしれないんや」と優斗君。


 俺は優斗君に気付かれないように司を見る。司は静かにうなずくと、優斗君に言わせてやれって目をしていた。


「そっかー」と俺。


「俺のとーちゃん、ずいぶん前から仕事しなくなって、お酒飲むと、かーちゃん殴るんや」と優斗君。


「うん」


「でもな、酒飲まなかったら、いい父ちゃんなんや。サッカー教えてくれたのも父ちゃんやし、俺や陽菜を動物園やUSJにも連れてってくれたんよ」


「そうか」と司。


「父ちゃんも、学生の頃サッカーやってて、エラシコも、ルーレットも、みんな父ちゃんに教えてもらったんや」


「そっかー」


「でも、酒飲むとなー、目ーがギョロってなって、陽菜にも平気で怒鳴りつけるんや。酒は入って無かったら、めっちゃ優しいんや。陽菜もあんな飲んだくれなんやけれど、父ちゃんのことめっちゃ好きでなー」


「そうか」


「でも、3月のある日、お父ちゃん、めっちゃ機嫌悪くってなー。再就職の面接、ええとこまでいってたんやけれど、最後の最後で落とされてしもうたんや」


「うん」


「お父ちゃん、ベロベロに酔っぱらってなー、わしが仕事見つからへんのは、お前らがいるからやって。そういってかーちゃんの事バンバン殴るんよ」


「うん」


「かーちゃん、顔から血ー出てしもうて、で、俺が、父ちゃんやめてや、堪忍してやって言っても、うるさいんじゃーって俺の事突き飛ばすんよ」


「うん」


「そしたら、陽菜がなー、お母ちゃん、いじめたらアカーンって言って、父ちゃんの足にしがみ付いたんや」


「そうか」


「そしたら、うっさいわーボケーっていって、陽菜の事も足で突き飛ばしたんや。陽菜なー、壁にどすーんってぶっかって、痛すぎてケホケホせき込んで、泣くことも出来へんかったんよ」


「そうか」


「そしたらなー、頭の奥でなんかブチッて切れてもーて、お前なに晒すんじゃーって言って、気が付いたら父ちゃんの事、馬乗りになってボコボコに殴ってもうたんや。いくら酔っても父ちゃん俺たちの事殴ったことなんてなかったのに……」


「うん」


「そしたら、父ちゃん、俺に殴られて鼻血出しながら、かんにんなー、かんにんなー、優斗って言って、大人のくせしてわんわん泣きよるんや」


「そうか」


「俺、なんか、たまらんなくなってもーて、母ちゃんも、陽菜も、家に置いてって、友達ん家に行ってもーたんや」


「うん」


「そしたら、父ちゃん、翌朝になったら居なくなってもーた。台所のテーブルの上に離婚届書いて、通帳とハンコも置いてって、スマンって一言だけ手紙残しておいて」


「そうか」


「俺、いつも、思うんや。あの時ガマンしとったら、もしかして、まだ大阪のあの家で、家族四人で仲よー暮らしてたんやないかって」


「うん」


「俺が陽菜から父ちゃん、取ってもーた」


「うん」


「陽菜があんなに大好きやったとーちゃん、俺が奪ってもーた」


「うん」


「だから、俺が陽菜の父ちゃんにならなきゃあかんねん」


「うん」


「母ちゃんや陽菜の事、俺が父ちゃんの代わりに幸せにせなあかんねん」


「うん」


「ハハハ、今日初めてあった人に、俺、何言ってんやろーな、おかしいなー」


「そうか」


「そんでな、これ、お願いなんやけれど、ちょっと聞いてくれへんかな?」


「うん」


「あんなー、俺、一日でも早く、金を稼ぎたいねん」


「うん」


「でも、俺、アホやから、サッカーの事以外、よーわからんのや」


「うん」


「だからな、神児君、司君……僕にサッカー教えてくれへんか?」


「俺たちが……か?」


「うん、神児君も司君も、僕なんかよりサッカーめっちゃ上手やん」


「そんなことないぞ」


「いや、僕、最初に神児君と向き合った時、あ、あかん、これダメやって一瞬で分かったんや」


「でも、引き分けだったろ」


「でも、一度みられたら、もー通用せーへんやんか」


 そう言うとへらへらと優斗君は笑う。


「だからな、なんでもするさかい、僕に一からサッカー教えてくれへんかな?」


「そんな、一からだなんて」


「だって、神児君も司君も僕がどーしても行けへんかった地域トレセン飛び越して、ナショナルトレセンの選手やん」


「…………」


「僕、ホントは、小六の時、フォルツァのセレクション受けたんやけど、落っこちてしもうて、恥ずかしかったん。前の学校では誰にも言えへんかった」


「そうか」


「でも、神児君も司君も、セレクションなんて受けんくて、スカウトでビクトリーズに入った選手やろ」


「うん」


「僕、どーしても、プロの選手になりたいんや」


「うん」


「そんでな、一日も早く金稼いで、早く母ちゃんと陽菜を楽させたいんや」


「うん」


「だからな、僕にサッカー教えてほしいんや」


「そうか」


「ええんか?司君、神児君」


「うん、いいよ」


「ありがとうな……司君、神児君」


 すると、優斗君におぶされていた陽菜ちゃんが、「にーちゃん、しっこ」と……


「ああ、陽菜、起きたんか、ほら、もうすぐ家や、もうちょいしんぼーな」


「うん」


「ああ、そこ、僕んちなんや、ボロいやろ」

 見るとそこには築50年近くたっている、古ぼけた都営住宅があった。


「ばーちゃんが住んでたんやけれど、ばーちゃん、入院してもうて、いま俺とかーちゃんと、陽菜しか住んでへんのや」


「そうか」


「ありがとうな神児君」


「うん」


「ありがとうな司君」


「ああ」


 優斗君はそう言ってお礼を言うと、薄暗い都営住宅の中に入っていった。



「ねえ、にいちゃん、陽菜ちゃんちのお父さん、もういないの?」


 あまりに深刻な話に、空気を読んでずーっと黙っていた春樹が俺に質問する。


「さあなー。にーちゃんにもよくわかんないや」


「そっかー」と寂しそうに春樹。


 俺の前の世界の記憶では、稲森優斗という名の人間がプロのサッカー選手になったという話は聞いたことが無い。


 もちろん、上田優斗という名前でもだ。


 そして、家族を幸せにするためにプロのサッカー選手を目指すなんて話は、世界中、どこの国でもよく聞くありふれた話なのだ。


 それでも俺は、そして司は、優斗のために何かしてやりたいと思ったんだ。

 

 たとえ、この未来が決められていたとしても、それでも何かしてやりたいと思ったんだ。


 きっと司も同じことを考えてると思う。

 

 俺は優斗が入っていった四階建ての都営住宅を見上げる。


 その時、窓の一つに明かりがぽっと灯った。


   挿絵(By みてみん)

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[一言] ええ奴やん。
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