なにわのガウショ その8
弥生の家に行くと、
「いらっしゃーい」とお母さんの元気な声。
「おじゃましまーす」と俺達。
確か弥生が八王子SCに入っていた頃に何度か遥たちと遊びに来たことはあったのだが……俺の今の記憶では約二十年ぶりの再訪だ。
司を見ると、やはり随分と懐かしい顔をしている。
「おー、神児君に司君、随分とおっきくなったなー」と弥生のお母さん。
去年も何回か弥生たちの試合会場で挨拶したことはあったが、こうやって面と向かって挨拶するのは……やはり前の世界との年数を合わせると二十年以上経っている。
お母さんだいぶご無沙汰しています、お変わりが無いようで何よりです。
見るとリビングのテーブルの上にはでっかいホットプレートが1台と、急遽人数が増えたためか、カセットコンロの上に大きなフライパンが乗っかっている。
なんかわざわざすみません。
「いやー、待っとったで、神児君、なんやネギ焼きが食べたいらしいって」
「はい、大阪で食べたネギ焼きが忘れられなくって」とここで優斗が、
「あのー、初めまして、大阪から引っ越してきた稲森優斗と言います」
するとその横で「稲森陽菜といいます」と陽菜ちゃんもペコリ。
「やーん、かわいいなー、陽菜ちゃんっていうのー、いくつなん?」と弥生のお母さんは陽菜ちゃんにデレデレ。
「小学一年生の6歳です」と陽菜ちゃん。
「わー、かしこそうやわー」
「僕は中学2年生の13歳です」と被せ気味の優斗君。やはりここら辺は大阪人だ。ツボか分かっている。
「あー、君が優斗君ねー、なんや、大阪から引っ越してきたんやって、どこらへんにすんでたん?」
「浪速区です。近くの駅は芦原橋で、」
「あー、なんやご近所さんかい、私は大国町」
「電車でお隣ですね」と優斗君。
しばらくの間、優斗君とおばさんのローカルトークに花開く。
すると、「お母さん、みんな座らせちゃってもいいかな」と弥生。
「あー、ゴメンゴメン、おしゃべりに花が咲きすぎてしもた」とおばさん。「じゃあ、適当に座っといてな」
そう言い残すと、パタパタと台所の方に行ってしまった。
「私なんか手伝おうか?」と遥。
「じゃあ、お皿とかコップおねがーい」と弥生。
遥と莉子も台所に行ってしまった。
しばらくすると、テーブルの上にはお皿にコップにジュースにお茶。それにお好み焼きの生地らしきものがおっきなボールに入っている。
「ほな、始めさせてもらうでー」とおばさん。「こっちはネギ焼きで、こっちはブタ玉なー」と二つ同時に焼くみたいだ。
「すごいねー」と莉子。
「おかあさん、お好み焼き焼くの上手なんだー」と弥生。
「こら、いらんプレッシャーかけんな弥生」とおばさんは笑い顔。
ホットプレートの上には豚バラを焼き始めると、素早い手つきで今度はカセットコンロの上にはてんこ盛りの青ネギの乗っかったネギ焼きを焼く。
「うわ、すごいな」と司。
「こんなにネギ入ってたっけ?」と俺。
「ネギ焼きはネギケチったらあかんのや、なぁー」と優斗君に同意を求める。
「それに牛筋もてんこ盛りやで」と明らかに大阪で食べてた時よりも大量の牛筋の煮込みを入れる。
「おいしそー」
「なんか、このままでもいいよね」
「あせるな、あせるな、子豚ちゃんたち、中までちゃんと火ーとおさなあかんよ」と言うなりおばさんはコテを器用に使ってブタ玉をターンオーバー。
「おおおおー」と歓声が沸く。
「あー、そうそう、やよい、台所からうどん持ってきて」とおばさん。
「分かったー」とテキパキと弥生は動き、台所からゆでたてのうどんを持ってきた。
「なんや、神児君のリクエストなんやって?うどん乗っけるの?」とおばさん。
「はい、とっても美味しかったんで」
「なかなか通やなー。ネギ焼きにうどんのっけるやなんて」
するとゆでたてのうどんをネギ焼きの上に乗っけると、今度はこれでもかと鰹節を乗っける。
「これ、ちゃんとひっくり返せるのかな」と心配そうに司。
「おばちゃんの腕、舐めたらあかんでー」そういうなり、フライパンを持つと、フライパン返しを器用に使い、これも見事にターンオーバー。
「おおおおおー」と歓声が上がる。
するとおばさん、今度は器用にブタ玉を切り分けると、その間に卵を3つ落とす。
「うわー、お兄ちゃん、ブタ玉に目玉焼きやー、めっちゃ贅沢やー」と目をキラキラさせながら陽菜ちゃん。
すると返す刀でブタ玉の上にソースとマヨネーズと青のりとかつおぶしを豪快にかける。
途端に、ジュジュジュジュジューとソースの焦げた香ばしいにおいが広がっていく。
「あー、たまらんわ、この匂い」
「きゃー、鰹節さんおどってるー」
「ほな、できたで。熱々やから気を付けー」そういってお皿の上に熱々のお好み焼きを取り分けてくれる。
部活で散々走らさせて、空腹も限界になった俺たちの胃袋に、弥生ん家の特製のブタ玉が入って来る。
ソースとマヨネーズの美しいコントラストの合間に、半熟に火の通った卵の黄身が美しい。
「うっわー、みんなトロトロやー」と陽菜ちゃん。
「ふわっふわやなー、なんじゃこりゃー」と優斗君。
「うっま、なにこれ、これお好み焼き!?!?」と司。
他のメンバーも一心不乱にブタ玉を頬張る。するとあっという間に無くなってしまった。
するとおばさんはキッチンペーパーでホットプレートを器用に拭くと、
「じゃあ、今度はエビイカ玉にしようなー」と大ぶりないかとエビのぶつ切りをホットプレートの上に乗せる。
「すごーい、イカさんだけじゃなくって海老さんもだー」と目をランランに輝かせて春樹。口の周りに付いているソースが年相応を現している。
と、そこで、「弥生、ちょっと小皿にポン酢入れといて」とおばさん。
さあ、いよいよ、夢にまで見たネギ焼きとのご対面だ。
あれほどのブタ玉を食べた後だ。いやがおうにもテンションが盛り上がって来た。
すると今度もおばさんは、ネギ焼きを器用に碁盤の目の模様に切り分けると、必殺のマヨビームをネギ焼きの上に掛ける。
マヨネーズの焦げた香しいにおいが鼻の奥をくすぐると、お皿の上にネギ焼きを取り分けてくれる。
ネギ焼きの表面には網目模様のマヨネーズが、そしてその断面にはむっちりとしたうどんの下に青々としたネギ、そしてその隙間にぎっちりと詰まった牛筋の煮込みがあり、
最下層には卵を一杯に使ったであろうクリーム色したきれいな生地がしいてある。
俺はとりあえずそのまま何もつけずにネギ焼きを一口食べる。
青ネギの香しいにおいがふっと鼻の奥をくすぐったかと思うと、牛筋の煮込みの濃厚な味が押し寄せてきて、もっちりとした讃岐うどんとカリカリに焼かれた鰹節の旨味が追いかけてくる。
このままでも十分に行ける。
すると、「これは、たまらん」と優斗君がネギ焼きを一気に頬張るのを見て、負けてなるものかと、俺もネギ焼きにポン酢を付けて、一気に頬張る。
口の中が宇宙になった。
ぶりっぶりの牛筋の食感とシャキッシャキの青ネギの食感、そこにさっぱりとしたポン酢が全てを包み込んでくれる。もちろんさぬきうどんの存在も忘れ難い。
俺は周りの目を気にせず一気にがっつく。
「いっぱい食べな、あんたら、何枚でもお代わりあるから」とおばさん。
「ありがとうございまーす」と俺達。
すると、ネギの苦手だった春樹からも「ネギ焼きおいしー」との声が……「僕、ネギ苦手なんだけれど、これなら食べれるー」と春樹。
「そうやなー、春樹君、東京の長ネギって私にもちょっとネギ臭くて苦手やねん。でも、この青ネギならそんなにネギ臭くないやろ」
「うん」とほっぺにマヨネーズを付けて春樹。「あと、この中に入っているお肉おいしー」
春樹のその言葉にみんなはうんうんと頷く。
「この牛筋の煮込みおいしいですねー」と司。
「これねー、なじみの肉屋さんから和牛の筋肉だけ集めてもらったんや」とおばさん。
「味濃いわよねー」と遥。
すると、陽菜ちゃんが、「おばちゃんの焼くお好み焼き、ふわっふわや、どうやって作るの、おにいちゃんの作るのいつもぺったんぺったんなんや」
「あー、僕お好み焼き作っても、こんなにふわっふわにならないんです。これ、どうやって作るんですか?」と優斗君。
「んーっとねー、山芋入れてる?」とおばさん。
「あー、入れてません」
「あと、たまごけっこう入ってるのよねー。優斗君卵は?」
「えーっとボール一つに卵一個」
「それじゃあ、ちょっと少なすぎるわねー。卵は3つくらい入れてもだいじょうぶよ」
「はい、そんなにですか!?」
「ええ、それと山芋無かったら、生地にマヨネーズ入れるとふわふわになるわよ」
「最初にマヨネーズ入れるんですか?」
「そう、あとは、かき混ぜる回数をできるだけ少なくするの」
「えっ、生地はあんまかき混ぜたらあかんのですか?」と驚いた顔の優斗君。
「そう、あんましかみまぜると、中の空気が無くなってぺしゃんこになるんよ」
「はぁー、僕、かき混ぜればかき混ぜるほどええかと思っとりました」
「だから、にいちゃんのお好み焼き、いつもぺったんぺったんやったんや」と陽菜ちゃん。
「よくある勘違いやね」おばさんはそう言うと、ニッコリ。
「でも、生地とかだまになりませんか?」
「だから、粉はだまにならないように網でふるいに掛けるんよ」
「はぁー、全然知らんかった」
「100円ショップで粉ふるいの網売ってるからそれ使ったらえーんや」
「100円ショップですか、じゃあ、さっそく買っときますわ」
「あと出汁の素とかいれると味がふかくなるわね」
「えーっとそれって、そばつゆとかでもええんですか」
遥に弥生に莉子の女子陣も興味深く聞いている。
「あー、僕、いっつもうどん粉に水、溶いとりました。で、いっぱいかき混ぜて」
「うーん、それじゃ、ぺったんぺったんになるのもうなずけるわねー」
そんな感じでお好み焼きのレクチャーを受ける優斗君。
それを尻目に俺たちは、おばさんの作った特製シーフード玉に舌鼓を打っていた。
粉ものサイコー!!




