スクランブル交差点の真ん中で
毎日追われるようにして生きている。東京へ出てからずっと。
今の時代、仕事があるだけありがたいと言われるけれど。
朝早くシャワーを浴びてコーヒーだけで出社して、帰ってくるのは夜遅く。
晩ご飯は駅前の開いているラーメン屋さんに入るか、コンビニで何か買ってくるか。
次の日も早いので食べたらすぐ寝る。
ときどきは化粧を落とす気力もない。
日曜はとにかく寝ている。ずっと寝ている。
何年もそんな生活を続けていると、心が疲れるのだろうか。
『お正月は帰ってこれそう?』
電話で母さんにきかれて、あたしはつい『帰る』と言ってしまった。
大嫌いな田舎。
なんにもないところ。
東京にいれば、お休みのときはあちこち行けるし、イベントがいっぱいある。
だからいつも「帰らない」と答えていたのに。
あの日はなぜだか帰ると答えてしまった。
こうしてまた何もないここに帰ってくると、窮屈で息が詰まりそうだったあの頃を思い出す。
近所の人と顔を合わせるのが億劫で、あたしはバスと電車を乗り継いで街へ出た。
なぜだか、知らない人の波に混ざると安心する。
スマホを見つめる人、うつむいて歩く人、誰もあたしのことなんて気にしてない。少しさみしくて、すごくホッとする。
駅前のスクランブル交差点に立って。
突然、思い出した。
高校時代、この街で友達とよく遊んでいた。
カラオケに行って、ファーストフードでたむろして、何を買うでもなく何か目当てがあるでもなく、通りやファッションビルをうろついた。
みんな高校を卒業して田舎から出て行った。
最後の日、この街に集まって、夜明けまで話をした。
夜の街は昼間とは違って、あたしたちは嬉しくなってはしゃいでいた。
そう、この交差点。
ここの信号も、車も人もいないのに律儀に赤と黄色と青を繰り返し。それがまるであたしたちだけのためのようで。
青になった途端、1人が走り出した。そしてスクランブル交差点の真ん中で歌い出す。
あたしたちみんな好きだった歌手の歌。
彼女に続いて、みんなで交差点の真ん中で歌を歌った。信号が赤になるまで。
みんなは今、どうしているんだろう。
懐かしく思い出していると、信号の先に手を振る誰かの姿を見つけた。彼女だ。彼女も帰ってきてた!
信号が青になる。あたしは走り出した。スクランブル交差点の真ん中であの子とハグをする。
変わらない笑い声が耳元で聞こえる。
あたし達をよけて過ぎる人波の中に、少女達の楽しげな声が混ざっている気がした。